第41話

 実力がバレるとこういう面倒が起きるという完璧な見本だった。


「――断る。オレはオマエの下に付く気はない」

 

 シルビアの発言に、間髪入れずオレは拒絶した。

 

「……え?」

 

 断られるとは思っても居なかったであろうシルビアは、意味が理解できなかったのか間抜けな声を出して固まった。

 

 このあたくしが直々に指名してあげるという最大の名誉なのに何を言っているのかしらこの男は? という視線を向けてくる。

 

「で、でしょうね! そう言うと思ったわ! ……ではこうしましょう、一週間以内にAクラス入りを果たし、我が国の騎士団長と戦い、もしあなたが勝てたのなら、あたくしは諦める。出来なければあなたはあたくしの忠実なる奴隷。どう?」

 

 その動揺を隠すように、顔を赤くしながら口早にそう口にするシルビア。

 何を勘違いしているのかわからないが、なぜオレが行くことを前提としているのだろうか。

 ただ無礼な発言をしたから、という理由だけであったら正直この場で消したほうが早い気がしてくる。

 

 

「全くどいつもこいつも……オレに利が無い。断る」

 

 シルビアの提案を、依然としてオレは拒否する。

 

「……横から失礼いたしますシルビア様。リドはエルセレム帝国所属。アンリ・シャパーニ様の側近騎士ですので、流石にそれは……」

 

 エマが援護するように、下を向いたままシルビアに異を挟む。

 

「知っているわ。でもあたくしは欲しいと思ったものは何でも手に入れないと気が済まないの。この条件でダメなら、父にエルセレム帝国との同盟を考え直すように話すわ」

 

「なっ!?」

 

 目を見開き、エマはシルビアを見上げる。

 アリシアも信じられないとばかりにシルビアを見て呆然としている。

 隣国との同盟関係の破棄。

 つまりは両国騎士団による国境線での交戦が始まることを意味する。

 

「シルビア様。少々話を大きくし過ぎでは……? なにより、それは事実上の宣戦布告となります……」

 

「戦争が起きても、欲しいものは手に入れる。それがあたくし。シルビア・リリィ・アミットよ!」

 

 ドーン!

 

 無駄に格好いいポーズを決めるシルビア何某。

 

「とんだ独裁者だ……」

 

 エマは苦虫を噛みしめたような表情でオレにしか聞こえないような小さな声音で呟く。

 

「それで? 賭けに乗る? それとも戦争を始める?」

 

「はぁ……」

 

 どんな二択だよ。つかあたくしあたくしうるさい。

 オレは思わずため息を吐いていた。

 

「そ、それは……」

 

 助けを求めるように、エマはアンリを見る。

 

「……わかりました。リド様がAクラスに編入し、アミリット国騎士団長様に勝利すればいい。ということですね?」

 

「そういうことよ。それで、どうするの? 受ける? 受けるわよね?」

 

「それはリド様次第です。リド様はどうお思いに……?」

 

 アリシアは少し懇願するような目でオレを見てくる。

 強引にオレをこの世界に引きずり出した張本人として、少なからず責任を感じでいるのかもしれない。

 

「さっきも言っただろ。もちろん断る」

 

「はぁ!? 貴方、騎士よね? あたくしに付き従うのがどれほどの名誉か知らないの!?」

 

 鼻で笑ったオレに、シルビアはとうとう我慢の限界が来たように激昂する。

 

「知るかよ。第一オマエの名前も、顔すら初めて見る。そんなヤツの言うことを聞く義理はないし、何より――」

 

 エマの腕を強引に剥がし、立ち上がってシルビアを指しながら、

 

「オマエの態度が気に食わない」

 

「なっ!?」

 

 温室育ちのシルビアにとって、その言葉は何より心に響いた。

 社交界では欲にまみれた大人が権力目当てに話しかけて、口々に褒めたたえる。

 気に食わないなどと言われたのはこの場が初である。


「……アンリ・シャパーニ。この騎士はあなたの側近騎士だったかしら?」

 

「そうです。私の大切な……とても大事な騎士様です」


 アリシアは、その言葉を噛み締めるように口にする。

 ただ命を救われたことがある男に向ける感情としては大きすぎるように感じる声音だった。

 オレが視線をアリシアに向けると、少しだけ恥ずかしそうに下を向いた。

 

「ならそれも今日で終わりね。不敬罪で首切りとします」

 

「なっ!?」

 

 シルビアが放った言葉にエマは驚きの声を上げる。

 

「元老院の言いなり、『仮初の女王』らしく素直に引き渡せばいいものを。自分の手元に居る騎士の躾すらなっていない始末。『愚王の血筋』らしい無能ぶりね」

 

「……っ!」

 

 シルビアの言う『仮初の女王』『愚王の血筋』という単語に目を見開いたアリシアは……しかし、そのまま沈黙する。顔を悲し気に歪めて俯いた。

 

 アリシアのスカートに水滴が一つ、また一つと落ちていく。

 

「………」


 ブチッ。

 

 アシリアの酷く辛そうなを見たオレは、己の頭の中にある導火線が弾けたような音を感じた。

 

 エマが落ち込むアリシアの様子を見て、顔も真っ赤に眉を吊り上げて立ち上がった。

 その目は瞳孔が開いているように見える。

 

「シルビア……貴様。今吐いた言葉を今すぐ撤回し……」

 

「――いいぜ、受けてやるよ」

 

 据わった目で、隣国の王女であるシルビアを斬り殺さんばかりに詰め寄ろうとしたエマを、その手を引くことで制した。


 オレだけならともかく、エマまで余計な火種を作ることはない。

 

「……今更言っても遅いわ。この取引は失敗。戦争の後貴方を迎えに行くわ」

 

「オレが騎士団全員相手にして勝ったら、でどうだ?」

 

「ハァ!?」

 

 あまりの言葉にシルビアは呆れ交じりの驚愕の声を上げ、エマとアリシアも絶句しながらオレを見る。

 

「どうせもう力隠すなんて無理な話だ。騎士団全員。10か? 100か? 1000か? それとも一万か? 全員オレが相手してやる。生憎手加減は出来ないから真剣でな。負けたらオレの首でも、所有権でもなんでもくれてやる」

 

「待てリド! アミリット王国の騎士団は精鋭ぞろいだ! 英雄であろうとたった一人ではまず勝てない!」

 

「そうです! どうか考え直してくださいリド様!」

 

 不敵な笑みを浮かべるオレに、エマとアリシアが止めにかかるが、発した言葉は戻らない。

 

「……なら模擬戦という形で戦うのはどう? こっちは精鋭30人を出すわ。あなたも30人までなら選出を許可します。あたくし、流石に弱い者いじめをするほど性格は歪んでないわ。まあ、勝つことなんて不可能でしょうけれど」

 

 クスクス、と嫌味ったらしく笑うシルビア。

 

「オレ一人で充分だ」

 

「黙っていろリド! アンリ様。後28人はどのように……?」

 

 完全に頭にきているオレを必死に羽交い絞めで抑えながら、エマはアリシアに問う。

 当然エマは出る気だ。

 真剣を使った戦いだろうと、オレを一人で行かせるのは危険すぎるとでも思ったのだろう。

 

「……わかりました。リド様が了承したのであれば、私は止めません。その勝負をお受けします」

 

 アリシアはゆっくりと頷いた。

 

「あらかじめ言っておくけれど、そっちの騎士団の参加は認めないわ」

 

「なっ!? そちらは騎士団の精鋭なのにですか?」

 

 とんでもないことを口にするシルビアに、エマが驚愕を露わにする。

 

 アミリット王国騎士団は、英雄騎士こそいないが、練度が高いことで有名だ。

 ロベルトやクリードが参加できない、というのはほぼ勝機が無いと言ってもいい。

 

「いいぜ。元々引退間近のロベール達に頼る気はねぇ。オマエと違ってガキの喧嘩に大人を連れてくるなんてダサすぎるしな」

 

「おまえは黙っていろリド!」

 

 エマが止めに入るが、何度も言うように出た言葉は取り消せない。

 

「……取引成立ね。その前にリド・エディッサがAクラスに上がらないといけないけれど」

 

 オレが言う『ダサい』という言葉に眉を吊り上げるシルビアだが、自身の優位に傾いた取引を破るほど愚かではない。

 

 なにより、負けるなどと微塵も考えてもいない。


「それだが、一週間でAクラスに上がるのは当然として、戦いは二週間後にしてくれ」

 

 シルビアに異論をはさむリド。

 人選、信用、技術。

 オレ一人で戦うのならともかく、エマたちが混ざるのなら、足を引っ張るのは確定だ。

 

 最低限背中を任せられるとは言えなくても、死なない程度には鍛え上げる必要がある。

 

 そのための時間が欲しい。

 

「それでいいわ。あらかじめ忠告しておいてあげるけど、あたくしの国の騎士団は付け焼刃で相手をできるほど柔じゃないわよ?」

 

「そいつはどうかな? それよりオマエが負けた場合どうするんだ?」

 

「ふっ、何でもしてあげるわよ! 命を捨てろでも、性奴隷になれでもね!」

 

「その言葉、忘れんなよ……?」

 

 完全に勝利を確信しているシルビアに、冷酷な視線を向ける。

 発した言葉は戻らない。

 そんな当たり前のことをその身体に教える必要があるようだ。

 

「ええ……その顔が恐怖に歪むのを楽しみにしているわ」

 

 そう言って、シルビアはオレ達に背を向け、食堂から姿を消した。


 入学初日でクラスメイトを半殺しにして、国を動かすような試合を作ってしまった。

 ヨルが聞いたらなんと言うだろうか。


 ……今から楽しみだ。

 

「大変なことになったな……」

 

 そう呟くエマに視線を向ける。

 

「安心しろ。時間はある」

 

「なにが安心しろ、だ! ほとんど貴様のせいではないか!」

 

 大変なことをしでかした自覚のないオレの首を絞め上げようと、エマが半泣きで詰めかかってくるが、その手を掴み首を守る。

 

「だがまぁ、よくやった。リドが止めなければ私が斬りかかっていた」

 

「なんのことだ?」

 

 とぼけたように首を触るオレを見て、エマは口元を緩める。

 

「……アリシアもこれで良いな?」

 

「はい。アリシアは、リド様を信じております」

 

 涙の止まったアリシアは、胸の前で手を組んで微笑む。

 

 そんな主人の顔を見たエマとオレは、二人で顔を見合わせて、軽く笑みを浮かべあった。

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