第31話


 人形の様な少女を連れたオレは、夕日が眩しい中、グラウンドに来ていた。

 グラウンドには的がまだ残っており、目算で20mほど離れたオレ達は銃の準備を始める。

 

「……弾をこうやって……棒で入れて……構えて……引き金を引く」

 

「ほうほう、こうやって? これで? こうな?」

 

「ん、そう」

 

 オレがなんとなく装填の仕方を手でやってみたら人形少女は頷く。

 そしてリドへ2メートルはある銃を渡す。

 

「おっ、結構重いな」

 

 受け取った手に、見た目より遥かにずっしりとした重さが伝わってくる。

 

「気を……付けて……」

 

 心配そうにオレを見る少女は今にも消えてしまいそうな声で言う。

 

「弾はもう入れたか? あ~えっと、人形女」

 

「……ココ……ファーベル……」

 

「ココ・ファーベル? それがオマエの名前か?」

 

「ん」

 

 ココはゆっくりと頷く。

 

「そうか、ならココ、これもう撃っていいか?」

 

「ん」

 

「ん」としか言わないやつだな、と思いながらも、目標に向けて見よう見まねで構える。

 先と手前の凹凸で狙って引き金を引く。

 爆音とともにものすごい反動が来るが、オレの目には丸く黒い球が飛んで行くのが見えた。

 

「ふぅ~ん、外れたか……」

 

「見える……の……?」

 

「弾がって意味か? ああ、まあ見えるな」

 

 ココが能面のような顔を少し驚いたようにしてオレに尋ねるが、もう一度チャレンジするために装填をし始める。

 

「あなたは……目が……良い……?」

 

「ああ。ある程度なら目で追えるぞ」

 

 そう言って装填を済ませた銃の引き金を引いた。

 

「ちっ……また外れた。全く当たらねぇじゃねぇかこれ」

 

「リド……」

 

 的を外して、少しだけ悔しがっているオレを見て、初めてココから声をかけてきた。

 

「あ? なんだ?」


 視線を向けると、ココはオレを通して他の誰かの姿を見ているかの様な虚な目を向けてきていた。

 

「……私に銃を教えてくれた人が言っていた……マスケット銃は命中率が低い。だから、まだ剣の時代……」

 

「ああ」

 

 装填する手を止め、ココを見る。

 ココはもう暗くなってきた空の下、沈みゆくオレンジ色の夕日を見ながら、

 

「でも……銃の命中率が上がったら……剣の時代は終わる……」

 

 ココの目は夕日に反射され、オレンジに染まっている。

 遠い未来を見ているのか、ココの目がリドにはどこか寂しそうに見えた。

 

「剣の時代の終わり、か……」

 

 装填し終えた銃をココに渡して撃たせる。

 

「もし、戦争が位置取りだけが重要になったら……それは、酷く恐ろしい世界……」

 

 いい終わるや否や立ったままココは引き金を引いた。

 その弾は吸い込まれるように的の真ん中に穴を開ける。


「おっ! 当たった! すげーなココ!」

 

「ん」

 

 褒められて、少し嬉しそうに鼻から息を出すココに、オレは子供のように無邪気にほほ笑んだ。


 その後何回やっても当たらず、日も暮れて真っ暗になった。

 どうやらオレに銃の才能はないみたいだ。


 上手に扱うことが出来れば強い武器だと思うが、打つたびに弾が別の挙動を描く様では参考にならない。


 それでも、ココは弾の軌道がわかるかの様に的に吸い当てるので、もうお手上げだ。


 オレはそれでも気になっていたものを体験できて満足したので、ココと寮に戻ってきた。

 

「あっ! もう、どこに行ってたの? リドくん! ココちゃん!」

 

 寮母のベティーがフライパンと木の棒を持って寮の前に立っていた。

 

「悪い。好奇心には勝てなかった」

 

「……ごめん……なさい……」

 

「夜は危ないのよ!」と語るベティーにココと2人で頭を下げて謝る。

 

「もう、急にいなくなるから心配したじゃない」

 

 そう言ってベティーはフライパンに木の棒を叩きつけて甲高い音を出す。

 思わず耳を塞ぐオレとココ。

 

「敵か!?」

 

「みんながリドくんたちを探しに行ってるから、見つかったっていう合図よ」

 

「……なるほど」

 

「さ、早く入って! 今夜はご馳走よ?」

 

 チカラこぶを作るように腕を上げたベティーは、ニコニコと笑いながらオレとココの後ろに回り込んで背中を軽く押してきた。

 急かされるようにして玄関で靴を脱ぎ、オレ達はリビングに案内される。


「おぉ……」

 

 机の上に並べられている料理の山を見て思わず感嘆の声を上げる。

 

 色とりどりの見たこともない料理ばかりで、魅惑的ないい匂いがする。思わずオレとココの腹が鳴った。

 

 ココの方を見ると、少し恥ずかしそうに赤い顔を逸らした。

 

「なんだ、リド。ココと一緒だったのか?」

 

 ちょうど席に座ったタイミングで、少し疲れた様子のエマが廊下側から入ってきた。

 

「今部屋の片づけ終わったのか?」

 

「そんなわけがあるか。終わったと言いに来ようとしたらおまえが居なくなったと寮母さんが騒いでいたのでな。寮内を探していたのだ」

 

 相当必死に探し回ったのか、エマの頭にはクモの巣が付いている。

 

「……頭にクモの巣付いてるぞ」

 

「なっ!?」

 

 エマは慌ててそれを取り、洗い場で手を洗いに行く。

 

「変な奴だな」

 

「ん……変……」

 

 すっかり意思疎通の取れるようになったココと一度顔を見合わせて、エマの後を追い手を洗って食卓の席に着く。

 

 みんなが戻ってくるまで今しばらくかかりそうだ。

 どうするか……と周囲を見ていたところであるものが目につく。

 

「なあ、あれ……」

 

 横に座ったエマの視線を促すように、オレが指さした先には帝国の歴史という名前の本がある。

 リビングの窓に飾られるように置いてあるため、すぐに目についた。

 

「ああ、あれは名前の通りエルセレム帝国建国からの歴史が書いてある本だな」

 

 エマが「自由に読んでもいい本だ。まあ、内容はほとんど授業で習うため読む者は中々居ないがな」と言っている。

 

 まだ時間はある。

 なんとなく気になったオレはその本を手に取り読み始めた。

 

 本は好きだ。

 

 スラム生活時代に街中に本が落ちていることがよくあった。

 それを拾い、家で時間つぶしに読んでいた。

 

 最初に手に入ったのが、児童向けの文字読み書きだったため、それを必死で読み込み、店頭の文字が読めるようになった時は嬉しかった。


 その経験があるからか、本を読んでいると知識を蓄えられるような気がする。

 かなり年季が入っているが、丁寧に扱われてきたのか、文字が消えてるなどの不具合はなさそうで、内容に目を通した。


『かの初代皇帝カメルは何もない草原に帝国を築いた。

 最初は小さな村ではあったが、やがて人が集まり、鍛冶師が集まり、門を作った。


 帝国歴36年。

 国としての体裁が保てるほど、エルセレム村は繁栄の一途を辿っていた。

 カメルは己が寿命を知ると、息子のザザではなく、娘のアリナに皇帝の座を譲ると明言する。

 それに腹を立てたザザはカメルを刺殺。

 それによって投獄される。


 帝国歴52年

 カメルの死から16年が過ぎた頃、アリナの統治の才能により、村は帝国となり、更なる繁栄を極めていた。

 だが、囚われていたザザは牢獄から脱走し、ドラゴンの住む洞窟へ逃げ込んだ。

 ザザは大きく赤いドラゴンにこう頼んだ。

 

「俺の命をやるから帝国を滅ぼしてくれ」と。

 

 だがドラゴンは断る。

 

「貴様一人の肉体で我が動くものか」と。

 

 それにザザは激怒する。

 憎しみで身体は七つに裂け、化け物になったザザはドラゴンをその身に取り込み、世界の七か所にダンジョンを作り、数多の魔物を従え、帝国への復讐を誓った。


 帝国歴153年

 代替わりを繰り返し、安寧と繁栄を確約の物にした帝国はある噂を耳にすることになる。

 『嫉妬のザザ』が周辺の村を口から火炎を吐き、焼き滅ぼしていると。

 それを聞いた元老院はある騎士を送り込む。

 その騎士の名前はバラン。

 貧民街出身ながら、帝国随一の剣術の腕と魔法の才覚を持つ騎士であった。

 バランは仲間を四人連れ、街を焼き滅ぼそうとするザザと三日三晩戦い続け、最後には自爆魔法でザザと共に散った。

 英雄バランの血縁が現在の帝国の領主、アンリエッタ皇帝陛下である。


 バランの自爆魔法で四散したザザの血液が街に降り注ぎ、それが魔物となり、今なお街道には魔物が存在する。

 その魔物や戦から民を守るために作られたのが騎士である。


 ~~~


 帝国歴525年

 バランを讃え、ザザと共に去った場所には銅像が建てられた。

 アンリエッタ皇帝陛下は黙祷を捧げ、そのご子息であるアリシア殿下もアンリエッタ皇帝陛下を見て黙祷を捧げた』


 

 一通り読見終わったオレは「ふ~ん」と声を上げた。

 どうやら成り立ちから最近のことまで記載されているようだったが、オレにとっては「ふ〜ん」以上の感想が出てこなかった。


 怒りで体が7つに裂けるなど、神話と言われたらそれまでの空想のように思える。

 

「なあエマ、このバランってやつの血縁がアリシアなのか?」

 

「もう読んだのか? いや、正確にはかのバラン公の妹君がアンリ様のご先祖様、先代の皇帝だ」

 

「……バラン自体の血縁は?」

 

「居ないと言われている」

 

 エマは出入り口から外を見てアリシアの帰りを忠犬のように、今か今かと待っている。

 

「……ザザとか言うやつは七つに分かれたんだろ? アホみたいな話だが、その内の一体をバランが殺しただけで、他の六つはどうなったんだ?」

 

「さぁな、バラン公が倒したのではないか?」

 

「適当だなおい……」

 

 エマは「そんな質問をされたのは初めてだからな」などと言っている。

 

 帝国で生まれ育ったものにとってはバランは尊敬すべき騎士の姿で、ザザはどうでもいい脇役なのだろう。

 詳細に興味を持つ方が少ない御伽噺というやつだ。

 

「今は帝国歴何年だ?」

 

 リドはエマに問う。

 

「今は538年だ」

 

 ということはこの本に書かれているアリシアとは、オレの知っているアリシアということか。

 13年前に書かれている本ということだ。

 

「……ダンジョンねぇ」

 

 オレの脳内にはかつてスラムにあった廃下水道が思い浮かぶ。

 ダンジョンなんて話を寡聞にして聞いたことはないが、薄暗いバケモノの住処と言われて想像できるのがそこくらいだった。

 あれ以上の大冒険が待っているのなら……もし本当にダンジョンなんてものが存在するのなら、少しだけ行ってみたいと思った。

 

「なあ、魔物って存在すんのか?」

 

「? ああ、そうか、リドは門の外に出たことが無いのか。存在するぞ、常識だ」

 

 常識と来たか。

 確かに外にしかいないのなら、知らなくても無理はない。

 

「強いのか?」

 

「街道に出るような弱い魔物は騎士が処理する。森の奥地などには強い魔物が存在すると言われているが、よほど街に攻めることはない」

 

「ほう……」

 

 オレは思わず口元を緩めていた。

 強敵との戦いに長らく飢えていたが、強い魔物がいるというのなら、少しだけ外は楽しそうだ。

 

「あ、アンリ様! おかえりなさいませ!」

 

 どうやら帰ってきたようだと、リドは出入り口に視線を向ける。

 

「あらエマ、待っていてくれたの? リド様はいらっしゃる?」

 

「リドならもう居ますよ。ふてぶてしくも食卓に座っています」

 

「ふてぶてしいって、エマオマエな」

 

「本当のことだろう。散々迷惑かけておきながら一番に食卓に着くなど恥を知れ」

 

「はいはい、悪かったな……で? もう食っていいのか? いい加減腹が限界だ」

 

「もう少し待て、皆が揃うまでお預けだ」

 

「…………」(ぐぅぅぅぅ~)

 

 オレの腹の音が室内に響くが、まあ仕方ないかと別の本を見つけて読んで待つことに決めた。



 全員が食卓に揃い、ベティーが音頭を取る。

 

「新しく入った寮生のリドくんを歓迎して、かんぱ~い」

 

「「「かんぱーい」」」

 

 グラスがぶつかる音が聞こえる。

 歓迎されている当の本人と言えば。

 

「がつがつもぐもぐぬぐっ!? ……んっんっんっ……プハー!!」

 

 食われる前に食うを絶賛進行中だった。

 

「おいリド、もう少しゆっくり食べろ。食事は逃げない」

 

 すっかり女房気取りのエマが苦笑いで嗜めてくるが、

 

「ああ……確かに逃げない、飯は逃げないが……取られるもんだ!」

 

 オレはエマの皿にあったローストビーフをフォークで突き刺し口に運んだ。

 

「ぬあああああ! リド貴様許さん!! 返せ!!」

 

「嫌だねバーカ! 弱肉強食? 早いもん勝ち? だっ! バカめ!」

 

「さっき本で覚えたばかりの言葉を使うな愚か者!」

 

 エマと二人でギャーギャーと騒ぐ。

 その光景をアリシアは楽し気に見つめていた。

 ジェシカは小さいくせに食べる方に夢中で、ココは無表情で俺たちを見ながら食事を取っている。

 

「まあまあ二人とも、お代わりはたくさんあるから。はい、エマちゃん。ローストビーフのお代わり」

 

「あ、す、すいませんいただきまあああああ!! リド貴様!!」

 

 再度エマの肉を奪う。

 

「……油断したものから淘汰されていく……それが戦場だ……」

 

「だから本からの引用はやめろ! おまえはまだ戦場に出たことないだろう!」

 

「エマ、うるさいぞ、大体肉の一つや二つで――」

 

「隙あり!」

 

 今度はエマがリドに反撃するが、

 

「――ッ!?」

 

 オレは魔力を全身に這わせることで身体能力を強化して部屋の端に逃げた。

 人にやるのはいいが、自分がされるのは我慢ならん。

 

「そこまでするか!?」

 

「コォオオオオオ!!!」

 

 荒ぶる鶏のように、毛を逆立てる。

 完全に戦闘モードに入って威嚇する。

 

「……はぁ、もういい」

 

 エマはそんなオレから視線を外し食卓に向き合うが、

 

「「「…………」」」

 

 アンリ以外の人間が全員オレを見ていることで『しまった』と思った。

 本来、魔力を体に纏わせることは不可能だ。

 長い時間、詠唱をすることで、身体強化を行うことはできるが、オレのように一人で行えるものではない。

 

「……あ、その、リドはかなりレアなんだ。気にしないでくれ」

 

「ああ、確かにレアだ。ろーすとびーふ、恐るべし……」

 

 焦ったエマが苦笑いを浮かべてそう口にしたが、オレは視線を無視して咀嚼している。

 

「そういう意味のレアではない。大体育ちが悪いのにどこでそんな知識を仕入れてくる」

 

「昔拾った『調理の基本』という本に書いてあった。ステーキはレアが一番美味いってな」

 

「それは著者の好みだろう……」

 

 エマは頭を抑えため息を吐く。

 

「……リドは魔力の扱いに才能があってな、見ての通り『身体強化』程度なら発動できる」

 

 エマの言葉に、寮生たちは一応納得する様子を見せて食事を再開させた。

 アンリが側近騎士に指名する男が弱いわけもないと納得したらしい。


 つい癖でやってしまったが、今後は注意をした方が良いだろう。


 どこで何がバレるかわからない。


 ここで生活していくのなら、スラム出身だとバレることだけは避けなくては。


 そう心に決め、オレも食事を再開した。

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