第25話

 メイドの部屋の前には、ご丁寧にもネームタグが貼られていた。急な呼び出しなどもあるメイドという立場の使用人は、宿舎の場所が分かりやすいように書かれているようだ。

 

 これは探す手間が省けたとばかりに暗闇の中ほくそ笑む。

 

 まず最初に辿りついたのはモニカ・トスカーニの部屋だった。

 廊下に人の気配がないことを確認して、オレはモニカの扉を開こうとする。

 ……カチッ。

 流石に鍵がかかっていたようで、オレはゆっくりとドアノブを戻す。

 ポケットからヨルの部屋のロック解除に使った針金を取り出すし、鍵を解除する。

 今度こそドアノブを音を立てず回して部屋に侵入した。


 モニカはベッドの上でぐっすり眠っている。

 寝息は小さく、皇城に仕えるだけあってそれなりの美女だ。

 

 ゆっくりと近寄っていき、黒髪を確認する。

 長さ的にも完全に一致している。

 恐らく間違いはないだろう。

 

 さてどうやって聞き出すかと考えて、ソファーの上に折り畳まれたタオルがあることを確認する。

 気配を消して移動したオレは、それを手に取った。

 

 安らかな寝息を立てるモニカの上に座ったオレは、びっくりして目を見開いたモニカの口の中にタオルを詰めて鼻を塞ぐ。

 暴れる手を足で封じてもがく事もできない環境を作る。

 

 部屋はカーテンも締め切られておりランタンも付いていない。

 完全な暗闇のため、オレの顔はバレないだろう。

 涙を目元に浮かべながら、苦しそうにもがこうとするモニカの口元と鼻を抑えながら、オレは耳元に口を寄せる。

 

「苦しいか? だが肉体的な苦しさは今だけだ。オマエが与えたヨルに与えてきた精神的な苦しみは一生付いて回る」

 

 口に詰められたタオルによって、呼吸と言葉を封じられたモニカは、言葉が理解できないというように、まだもがこうとしている。

 

「意味がわからないか? それともとぼけているのか? 本当に心当たりがないのであれば、このまま口を塞がれたまま考えろ。最も、この状態が10分も続いたら、オマエの命はないと思うが」

 

 首を左右にカクカクと振りながら、モニカは涙を流し出す。どうやらまだ頭は回るようだ。

 次にはベッドが若干水っぽくなる。足に伝わる生ぬるい感触から、失禁したことが分かった。

 

 少なくともこの女の精神は弱い。

 恐らくヨルのイジメも他の二人に唆されでもしたのだろう。

 一時の愉悦の為にやった事が、ここまで自分を追い込むとはとても思っていなかったのか、モニカはタオル越しに『ごめんなさい、ごめんなさい』と口にしているように聞こえる。

 

「オマエを今後オレは監視し続ける。いつどんな時でもオレの目はオマエを捉え続ける。正しく生きろ。生きたければ」


 オレの言葉にモニカは縦に首を振った。

 それを確認してタオルを外す。

 

 いまだに「ごめんなさいっごめんなさいっ」と口にし続けるモニカを背に、オレは部屋から出た。

 

 このくらいしておけば、コイツは大丈夫だろう。

 もしまた異変を感じた時は、階段からの転落事故にでも遭わせてあげればいい。


 次だ。



 レダ・ロンバルディの部屋の前に辿り着いたオレは、ドアノブを少し捻って鍵が掛かっているか確認する。

 どうやらレダは危機感をあまり持っていないようで、ドアノブは抵抗なく回った。

 

 影に紛れるようにして室内に侵入する。

 

 ひと目見てわかった。間抜けそうな顔をしている。

 いつも化粧の厚い女という印象を持っていたが、コイツがいじめをやっているとわかって腑に落ちた。

 

 次は何を使おうかと思って周りを見ると、机の上に手紙のような物を発見した。

 

 それを月明かりで照らして読んだオレはほくそ笑む。

 少なくとも根っからの悪人というわけではなく、親へ宛てた手紙には体に気を遣うように書いていた。

 

 なるほど、いい娘さんじゃないか。

 

 机の上にはビワで出来たジャムが置いてあった。

 

(今回はこれを使おう)

 

 オレはビワのジャムを手に取って、枕を抱いて眠っているレダを蹴って起こした。

 

「うっ! ……え、誰っ? 誰なのっ!?」

 

 壁に頭をぶつけて、意識が朦朧としているのか、フラフラとしながらも頭を上げるレダ。

 その首を膝で踏むようにして、オレはレダに話しかけた。

 

「落ち着け。騒ぐ度にオマエの首への圧を上げていく。クビの骨を折られたくなかったら大人しく話を聞くことを提案する」

 

「グッ……なに……だれ……?」

 

「オマエのお母さん、ビワが好きらしいな? もっと言うならビワで作ったジャムが」

 

「な、なんで……? 知ってんの……?」

 

「まぁゆっくり聞けよ。オレはタメになる話をしてやりに来たんだ」

 

 レダが声を出すたびに、オレは少しずつ首への圧を増していく。

 今では声を出すこともできないほど、喉が潰されている頃だろう。

 

「知ってるか? ビワって実は猛毒を持ってんだ。果肉と一緒に種子をすりおろして作ったジャムを食べたら、猛毒が回って健康なやつだろうと量によっては死ぬこともある」

 

「え……う……うそ……」

 

 レダは驚いたようにそう声を出したが、ビワの種は非常に大きい為、ジャム作り中に間違ってすり潰すようなことは滅多にない。

 

 だが、もし意図的にビワの種を割って中身を食べてしまったらどうなるか。

 猛毒が回って、正常な人間なら、頭痛や吐き気に悩まされることになる。

 意識障害も珍しいことではない。

 

「オマエのお袋さん、腎臓を悪くしているが、そんな人が猛毒を煽ってしまったらどうなると思う?」

 

「や、やめ……いや……やだ……」

 

「意志を持って生きる以上、自分の命は自分のものだ。貴族も平民も下民も王様も、それだけは変わらない。オマエの行いはオマエにしか責任が取れない。だが、オマエの軽はずみな行動で、大事な人が呆気なく殺されることもある。親だけじゃない。オマエの弟も、気になっている幼馴染も。みんなだ」

 

 そこでオレは初めてビワのジャムの缶を開いて、レダの顔にジャムをかける。

 

 暗闇の中、ドロドロしたものを顔に落とされたと思ったら、それが口に入ってビワのジャムだと気がつく。

 先ほどまでビワのジャムに含まれる毒の話をしていた為か、不快感を示すようにもがき出すレダ。

 

「これに毒が入ってるか、入ってないかは、これからのオマエ次第だ。ヨルへのいじめを止めて、今後は同僚に優しくしたほうがいい。オレ以外の誰かが、オマエの為に種子をすり潰す前に」

 

 ある程度飲ませたところで、オレはジャムの瓶を床に投げ捨てる。

 もう十分だろう。

 もし今度何か変な動きをするようなら、レダの名前でレダの実家にオレが作ったジャムでも送りつけてやればいい。

 きっと目が覚めるだろう。


 レダは今回の件で懲りたと信じたい。

 窒息寸前から解放されたと思ったら、口の中にジャムをぶち込まれる。

 気管にジャムが入ってずっと苦しそうに反吐を吐き続けていた。

 

 もう二度と経験したくないほどの辛さを今味わっているのだ。少しくらい脳があるなら、もう下手なことはしないだろう。


 苦しそうに胃の中のものを全部吐き出しながら、酸素が足りないように喉を抑えているレダ。

 

 恐らくこれが虐めている側の気分なのかもしれないが、何が面白いのかさっぱりだ。


 虐めるほど気に食わないのなら、事故などで殺してしまったほうが早いだろうに。

 

 恐らく考え方の違いなのか、オレには全く理解できなかった。


 疲れたのか息も絶え絶えで床に転がり落ちたレダを一度見て、オレは最後の標的に向けて外に出た。




 


 ミレーナ・モモ。今回の標的の最後の一人だ。

 

 オレはミレーナの部屋に辿り着いて、手早く鍵を解除したのち侵入した。

 

 メイドの朝は早い。

 痕跡探しと二人の始末に時間がかかったのもあり、場合によってはもう起きているかと思ったが、ミレーナはまだ寝ているようだった。

 

 どうやら寝相が悪いようで、ミレーナを覆っていたはずの布団はベッドからずり落ちていた。

 

「ちょうどいい」

 

 布団を手に取って、それをミレーナの顔に優しく被せてやる。

 人に強い恐怖心を植え付けるには、視界を塞ぐのが最も効率がいいからだ。

 

「……んっ?」

 

 違和感を感じたのか、意識を僅かに覚醒させた様子のミレーナをベッドの上から見下ろす。

 

「そのまま動くな」

 

「え、なに、誰あんた」


 布団を取ろうと手を動かす。

 

「――動くなって」

 

 問答無用でミレーナの足を強く踏みつける。

 それによって骨が砕けるような音が部屋に響いた。

 ミレーナはあまりの激痛に悲鳴を上げて足を触ろうとするが、

 

「だから動くなって言ってんだろ」

 

 足を確認しようと動かした腕を踏みつけて骨を折れたような音を響かせる。

 今度は逆の腕で触ろうとするのを確認して、その腕も踏み潰す。

 一瞬のうちに四肢のうち3つを潰されて呻き声を上げるミレーネ。

 

 正確には骨を折ったわけではなく、関節を外しただけなのだが、ミレーネにとっては視界を塞がれて見えない手足がどうなっているかわからない状態だろう。

 

 今すぐ確認したいだろうが、動くたびにオレに骨を折られるのだから、大人しくするしかない。

 

 ミレーネは根性があるのか、それとも多少なり頭がキレるのか、月明かりに照らされたオレの姿を見上げて歯を食いしばった。

 

「ほう、立派なもんだ。拷問慣れしてるヤツくらいの根性はあるようだ」

 

「あんた、リド・エディッサでしょ。ヨルの男の。何これ、仕返しってわけ?」

 

 痛みを耐えながら、強がったように鼻で笑うミレーネ。

 

「仮にそうだとしてなんだ?」

 

「どうせアンタ、あの女とヤッて唆されただけでしょ。ベッドで助けてとでも言われたの? いいわよね下民の女は、簡単に体売って男味方にできるんだから」

 

「簡単に体売るっていうがよ、命かかったら売るしかねぇんだ。わかるか? その辛さが」


 スラムという場所では、女が生きる為には体を売って生計を立てるのが手っ取り早い。

 

 スラムで女が立っていたら、その大概は売女だ。

 女として生きるなら、女という武器を使うしかない。

 体を使って生きるのはかなり勇気がいることだが、命には変えられない。

 

 少なくとも簡単に行えることではないと思っている。

 

「私なら絶対に無理ね、気持ち悪い」

 

「そうか」

 

 ミレーネの腹に問答無用で拳を落とす。

 衝撃で胃液を吐き出しながら、ベッドの上でもがいている。

 

「うっ!? おえっ! あ、あんた、こんなことしてタダで済むと思ってんの!?」


 腹を抑えながら喚き散らすミレーネの布団を剥がしてやる。

 目があって、案の定オレだと分かったミレーネは馬鹿にしたように口元を緩めたが、その顔の前にオレは指を差し出した。

 

「口開けろ。喉開けるようにしてやるよ」

 

「はぁ? 何言ってんの、バカじゃない?」


 もう一度、先ほどよりも少し強めに腹へ拳を落とす。

 拳は鳩尾に当たって、ミレーネの体はくの字に曲がった。

 何度も咳き込みながら蹲って胃液を吐き出すミレーネの前に、再度指を出す。

 

「口を開けろ」

 

「い、いや」

 

 顔を背けさせて嫌がるミレーネ。

 オレは再度拳を振りかぶる。

 すると、ミレーネは顔を大きく歪めて「もうやめて!」と叫んだ。

 

「わかった。もうあんたの好きにしなさいよ。でも私このこと上に報告するから」

 

「そうか。それは困るな。何も喋れなくさせる必要まで出てきた」


「え……? 何言って……っ!?」

 

 ミレーネの顎を掴んだオレは、そのまま指を口の中にぶち込む。

 喉が急に開かれて、ゴボッとというくぐもった音を上げたミレーネは苦しそうにもがくが、構わず喉を掻き回す。


 抵抗を見せる度に腹部へ一撃入れていく。

 

 そんなことを10分近く続けた頃、血の混じった唾液を吐きながら抵抗をやめたミレーネを確認してオレは指を引き抜いた。

 

「で、命がかかった状況の今、オマエはどうすればオレを納得させることができると思う?」

 

 全力で威圧してミレーネを見下ろす。

 とっくにミレーネの瞳からは光が消えていた。

 その場で地に手をついて頭を下げた。

 

「も……もう許してください……」


「先ほどの答えになっていないな。今度はどこを潰そうか」

 

「まっまって! なんでもします……お願いします!」


 怯えた様子のミレーネは、慌ててオレの前に跪く。

 関節が外れている腕を頑張って動かし、なんとかオレのズボンを下ろそうと必死だった。

 全く指が動かないからか、ミレーネ自分の歯でズボンを咥えて下ろした。

 

「オマエはその行為をバカにしていたようだが?」

 

「申し訳ありませんでした……なんでも致しますので、命だけは……」

 

 上着を脱いだオレは、部屋のランタンの光を消した。

 先ほどまでとは違う悲鳴が、部屋の中に響いた。

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