第22話

 

 商店通りを抜けてシス門前の噴水を通り過ぎる。

 通りに入ると雰囲気がガラッと変わって、大規模な商会がこぞって店を出す通称【鏡通り】に着く。

 

 何故ココが鏡通りなどと呼ばれているのかといえば、ここの通りに出店している店は、全てガラス張りで店の中が見えるようになっているからだ。

 

 婦人服や化粧品などの展示が多く、平民貴族問わず、若い男女が多い通りとして知られている。

 

 その為、誘拐や強姦などの犯罪が起こりやすい場所ではあるが、今日は警備の騎士が多めに配置されているので心配は無用だろう。

  

 ウィンドウショッピングしながら、オレ達はガラス通りを進んでいき、少し外れへと逸れた。

 綺麗に舗装され、左右に花壇のある美しい道を経由した後、目的の肉屋に到着する。

 

 どうやら今日は厨房関係の買い出しのようだ。

 いつもは配達で届いているのだが、今日に限って発注ミスがあったので配達が間に合わなかったそうで、ヨルへ取りに行ってこいと白羽の矢が立ったらしい。


 こじんまりとした店の扉を開いて中へ入る。

 一切の抵抗なく開いた上質のドアを開けて、一瞬呆気に取られた。

 腸詰めなどが綺麗にぶら下がっていたり、肉の切り身が綺麗にケースに入れられているなど、想像していた肉屋とは思えないキラキラした内装だった。

 

 外観を見た印象は、皇城へ肉を下ろしている割に小さな店構えだ。というものだったが、中に入ったら自然と納得できてしまう。

 

 清潔感があり、奥で肉を切っている店主は職人という感じ。

 どちらかといえば衣服などを扱っている店に近い雰囲気を感じた。

 

「いらっしゃいませ、お客様。本日は何をお探しでしょうか?」

 

 メイドを伴って現れたこともあって金持ちだと思われたのか、貼り付けたような営業スマイルで受付の男に話しかけられる。

 

「おうこら兄ちゃん。この店で一番美味いものだせや」

 

 ポケットに手を突っ込んでガンを飛ばしながらオレは受付の男を睨みつける。

 その威圧に、受付の男は「ひぃっ!?」と怯えていた。

 

 威圧し続けるオレだったが、急にヨルが膝カックンを仕掛けてきて体勢を崩しかける。

 そのまま頭をスパーンと叩かれた。

 

「リド、落としもの」

 

「何も持ってきてないぞ」

 

「礼儀、落としてる」

 

 ジト目で睨んでくるヨルの圧に気圧され、オレは態度を改める。

 威圧から解放された受付の男は、優雅さを残しながらも額の汗をハンカチで拭う。

 再度営業スマイルを浮かべていたが、頬は若干引き攣っていた。

 

「悪い。何かおすすめはあるか?」

 

「リド、まだ見落としてる」

 

 今回は優しめにちょいちょいと肩を叩かれる。

 

「今度はなんだ」

 

「此処に来た目的と品性」

 

「……イタダケます、かしら?」

 

「きもっ」

 

 ひどくない?

 

 オレには任せておけないと判断したのか、ヨルは引っ込んでろとばかりにオレの前に歩み出て店主と話を始めた。

 

「いつもお世話になっております。皇城の者です。事前にご連絡頂きました通り、お肉を受け取りに参りました」


 仕事できるメイドちゃんモードに切り替えたヨルは、目を伏せながらスカートの端をつまみながら頭を下げる。


 先ほどまでの間抜けそうな顔はなかった。


 オレの前でもそれで居てくれれば、少しは女として認識出来るのだが、難しいだろう。

 

「伺っております。少々お待ちください」

 

 口下手なオレに変わって、ヨルが交渉してくれたことで話がポンポン進んでいく。

 

 そしてポンポン渡される荷物をポンポン担がされるオレ。

 

 どうやら今回オレは荷物持ちとして呼ばれたようだ。

 お菓子だけでホイホイ釣られて来たが、これはかなりの重労働だ。

 若干後悔し始める。

 

 考えてみれば皇城に仕える全員が食べるモノなのだから、相当な量になるのは自明の理だった。

 

 重さにして約40キロの荷物を背負って店を出る。

 

「オマエさ、オレが断ってたらどうしてたんだ? この荷物」

 

「……何回も往復して運べばいいだけ」

 

 同僚から買い出しを頼まれたと言っていたが、その同僚はこの量を知らなかったのだろうか。

 いや、知っていながらあえてヨルに頼んだ可能性もある。

 

 今まで色々引っかかってきたが、ちょうど良い機会だから聞いてみようと決めた。


 近くに安くて美味しいクッキーがあるとヨルに引っ張られたオレは商店に入る。

 そのままそこでバニラとチョコのクッキーを購入。

 そのまま近くの噴水がある広場でクッキーを貪っていた。

 

「うっま! なんだこれ! 口の中で消えたぞ? もう一個」

 

「今は1個まで。この後ご飯だからダメ」

 

「口の中に入れた瞬間に消えたからまだ食べてない。もう一個くれ」

 

「子供」

 

 言いながらもヨルはクッキーをもう一つ渡してきた。

 残りは10枚ほどだが、皇城での茶菓子やおやつとしてオレの部屋で食べる目的のようだった。

 

 もう一つを食べ終えたオレは、今にも雪が降りそうな空を見上げていた。


 切り出すには良いタイミングだろう。

 

「オマエさ、同僚と仲悪いの?」

 

「……」

 

 何気ない質問のように切り出した。

 その時、一瞬ではあったが初めてヨルが悲しそうな顔をしているように見えた。

 

「別に、普通」

 

 そして次にはいつもの何を考えているかわからないような顔を浮かべていた。

 

「やってんのは誰だ?」

 

「誰もやってない。普通」

 

 何も答える気はないようで、相手の名前を答えない。

 誰かに頼ったら負けだとでも思っているのだろうか。

 

「じゃあ聞き方を変える。原因はなんだ?」

 

「それは……」

 

 多分誰にも今まで話したことはなかったのだろう。

 

 コイツは隠すのがうますぎて、周りも気が付きにくい。

 

 だからこそいじめの標的になり易くはあるが、皇城という場所の中で起こるには原因というモノが必ずあるはずだ。

 

 普通の人間の思考であれば、城仕えという栄誉に包まれた職業についているのに、イジメの実行犯などというしょうもないリスクを背負う必要はないだろう。

 

 ヨルは少しだけ気まずそうにしながらも、小さい声で答えてくれた。

 

「私が、戸籍のない下民出身だから」

 

「ふーん」

 

 どうやらこんな身近にも似たような境遇のヤツが居たようだ。

 オレもロイが出生届を出していたことを知ったのはつい最近だ。戸籍がないモノだと思い込んでいたが、まさか城に仕える奴の中に同じような奴がいるとは思ってなかった。

 

「ヨルはどうやって城に勤めたんだ?」

 

 興味本位で聞いてみたその質問だったが、ヨルは少しずつだが心を開いて答えてくれる。

 

「まだ幼い頃、娼婦をやってたお母さんがスラムで殺された。スラムから逃げ出した私と妹は、ちょうどこの噴水の前で行き倒れた。そこをたまたま帝都を視察に来ていた先代の皇帝陛下……アンリ陛下のお父様が助けて拾ってくれた」

 

「ほう、幸運なこともあったもんだ。妹は何してんだ?」

 

「今は学校に通ってる」

 

「学費は?」

 

「私がお城で稼いだお金で払ってる」

 

 なるほどな。

 

 クッキーを買う時に、なんとなくヨルの財布の中を見た。失礼だが皇城に使えるメイドの財布とは思えない程、中身が入ってはいなかった。

 

 安月給ではないはずだが、学費に使っていると知ったら納得だ。

 学校というモノの学費は安くない。

 教会の青空教室であれば、さした金は掛からないが、普通の教養を学ぶ学校はかなり金がかかると聞く。

 

 オレの学費はアリシアが負担してくれるらしいので、あまりその辺を考えてはいないが、普通の人にとっては身内を学校に通わせるのは大変なことだろう。

 

「ご飯は賄いで出してもらえるし、部屋も貸してもらってるから大丈夫」

 

 見かけによらず強い女だ。

 まさかいつもふざけ倒してる女が、ここまで苦労して生きているなんて考えてもいなかった。

 

「妹が学校を出るまでは、私が耐えればいいだけ。だから、変なことしないで」

 

「まるでオレがいつも変なことばっかしてるみたいに言うな」

 

「確かに、本読んでるだけ。リドは噂で聞くよりは優しい」

 

「どんな噂かわかんねぇし、否定もしねぇが、信じる噂は自分で選べ」

 

「そうする」


 我ながら変な女に懐かれたなと思うが、まぁ良しとしよう。

 ヨルは特別だと言って、クッキーを美味しそうにもう一つ口に含んだ。


「あ、もう日が暮れる」


 懐中時計を取り出して時間を確認したヨルがそんなことを呟いた。

 確かに言われてみればガラス通りを行き交う人も少なくなってきており、遠くの空からはまだ青い冬の夜が迫ってきていた。

 

 夜が近づいたことで気温が下がったからか、はらはらと雪が降り始める。

 飲食店が密集している通りの方からは、既に酒盛りを始めている人達がいて、楽しげな笑い声が聞こえてくる。

 

「寒い夜が来るな、ヨルだけに」

 

「さむっ」

 

「夜が寒いってことだよな?」

 

「それもさむっ」

 

 荷物を背負い直したオレは、クッキーを大切そうに鞄に仕舞ったヨルを連れて皇城へと帰宅した。

 

 俺らがゆっくりしすぎて仕込みが間に合っていなかったのか、慌てながら肉を受け取った料理長がテキパキと適切な大きさに肉を切って焼いていくのを確認して、オレは自室へと、ヨルは仕事へ戻って行った。

 

 夕飯が待ち遠しかった。

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