第21話
明日はアリシア達が戻ってくる休息日がやってくる。
つまりはオレの自由時間の終了だ。
「リド、仕方ないから買い出しに付き合ってあげる」
「買うものなど特にない。金もない」
部屋に入ってくるなりそんなことを言い出したヨルに、世界で一番だるそうな表情を作ったオレは本を机に置いた。
「逆に何なら持ってるの?」
「この鍛え抜かれた肉体と、端正な顔立ち。そして何より気高き魂だけは尽きることはないな」
どやっとカッコよく見えるポーズを決めて言うオレを見て、ヨルはポケットからハンカチを取り出して目元に当てていた。
「お金もプライドも品性もないのに、知能と審美眼までないのは可哀想」
そこまで言うことないだろう、あんまり言うとリドくん思わず涙ちょちょ切れるよ。
逆にそこまで失ったらオレには何が残るんだ。
「可哀想だから、お菓子くらいなら買ってあげる」
「――すぐに行くぞ」
お菓子が貰えるのであれば話は別だ。
シュタッとソファーから飛ぶようにして立ち上がるオレ。
そんなわけで、買い出しを頼まれたらしきヨルと二人で、久しぶりの帝都へ繰り出すことになった。
皇城から出るのは実に2週間ぶりだった。
スラムにいた時と比べると、身を刺すような寒さは若干和らいでいるように感じた。
日中ということもあり、降り注ぐ日差しが眩しく思える。
今のオレは高そうなスーツ姿にこれまた高そうなコートとマフラーを羽織っており、傍から見たら成金ヤロウのような服装になっていた。
一人で歩いていれば視線を集めるだろうが、メイド服姿のヨルを伴っている為、あまり不快な視線を感じることはなかった。
服なんて適当なTシャツと適当なズボンがあればなんでも良いのだが、ヨルが「そんなボロ布きた人と隣を歩くの恥ずかしい」と言って聞かなかった。
そこで、この前、学園の教科書を持ってきたロベルトが、ついでとばかりにお古の洋服をくれたので、それを使ってヨルがコーディネートをしてくれた。
オレが金を払って買ったモノでもないため、別に服装などなんでも良いが。
そんなヨルもメイド服の上から外行き用のカーディガンを羽織っており、寒波への対策はバッチリのようだった。
「おやつ目的でついてきたが、ヨル、オマエ金持ってんのか?」
「ふっふっふ。お城に仕えているメイドさんの財布はすごい」
「ほう? 期待していいんだな?」
「銅貨3まい」
「アリシアの学園はどこだ? 今すぐ貰いに行くぞ」
「大丈夫。買い出し用のお金がある。最悪そこから出す」
「だったら全部使っちまおう。家買おうぜ」
「……流石に嘘。犯罪になる。あんまりないけど、お菓子くらいなら買える」
任せなさい! と言うように胸を叩いたヨルの横を歩きながら、大通りを進んだ。
随分と久しぶりにアリシアとぶつかった【商店通り】へと訪れていた。
人を避けるようにしてヨルと並んで歩く。
昼間ということもあり、客呼びの声で賑わう街並みは今日も活気付いていた。
此処を通る時はいつも人と視線を合わさないよう、屋台もジロジロ見ないように歩いていたが、今は周囲からの不快な視線を感じないので随分とゆっくり観察することが出来た。
あそこのリンゴ屋の店主はあんなにガタイが良かったのか、とか。他の従業員を雇ってたのかとか。
串焼き屋は豚肉だけかと思っていたが、鳥や土モグラの肉まで扱っていたのかとか。
無理やり、スラムから引き摺り出されるように外へ出たオレだったが、こうして街中の景色が見られるようになったことは嬉しく思えた。
堂々と街中に立っていても、誰が視線を向けてくるわけでもない。
それだけで、十分に有難いことだった。
しばらく活気溢れる商店通りを進み、肉の焼ける匂いやキラキラ輝くように置かれている果物を見ながら、ヨルと進んでいく。
そんな中、ふと黒髪で眼鏡をつけた知的そうな男がコートを羽織って呼び込みをしているところが目に入った。
その小さな露天には見覚えがある。
以前とは違って随分繁盛しているようだった。
薬のようなモノを売っている露天商に、ヨルの腕を引っ張りながら近づいていく。ハグれたら面倒だからだ。
薬を買うために出来ていた列の最後尾で順番待ちをする為に並んだ。
「リド、まだ怪我治ってない?」
「もう治ってるぞ」
「じゃあなんでお薬? 危ないお薬?」
「もしそんなのが売ってたらヨルに使ってやるよ」
「最低、変態、非人道主義者、すけべ、進路希望独房の中」
ゲシゲシと膝を蹴ってくるヨルへ「ふははは効かんわっ!」と煽り散らしていたらオレ達の順番がやってくる。
「おい。腫れ、痛み、痣に効く薬がここで買えると聞いたが、まだ売ってるか?」
「え? え、えぇ。その三つに効くモノであれば塗り薬がありますぞ」
「ふーん、ならそれを一つくれ」
「ありがとうございます! 軟膏が一つで、銀貨2枚になりますぞっ!」
どうやら繁盛していても、お買い得な値段設定は変えていないようだった。以前はそれでも買うだけの手持ちがなかったけどな。
学園へ向かう前、エマから何かあった時用のお駄賃として貰った銀貨5枚をポケットから取り出した。
手を差し出したコート姿の男の手に小銭を全て落とす。
城に住んでれば他に使い道もないので、問題はない。
落とさないようにあたふたしながら銀貨を受け取ったコート姿の男は、会計より銀貨が3枚多いことに気がついた様子で首を傾げていた。
「じゃあな」
オレが買った軟膏を使ったアリシアが、塗り薬の効き目が良く、1日で歩けるようになったと喜んでいた。
同時に、帝国医学界に革命が起きるかもしれないこの一品を、どこで買ったか教えて欲しいとも聞かれていた。
たまたま目に入ったので、今回も買っておこうと思ったのが理由の一つ。
もう一つの理由は、前に無理やり薬を奪ったことへの罪滅ぼしだった。
「あ、お、お待ちを!」
ずっと黙って様子を見ていたヨルを連れて、リドは人波に消えようとしたが、コート姿の男がオレの背中に声をかけてきた。
買い出しを手伝うくらいで急ぐ用事もない為、足を止めたオレは振り返る。
「なんだ?」
「勘違いでしたら申し訳ないのですが、以前貴方様とどちらかでお会いしたことはございますかな?」
「……さぁな。オマエみたいな真面目そうなやつは覚えがない。だが少なくともこの薬で救われたやつはいた」
救われたのはアリシアか、それとも。
言葉を濁したオレは、ヨルを伴って街を歩く。
薬屋との距離が少しだけ開いた時、オレは薬屋を振り返ってニヤリと笑う。
「やっぱオマエ、あの仮面付けてない方がいいぜ」
その言葉で全てを思い出した様子の薬屋は、一度目を見開いた後、清々しいほどの笑みを浮かべていた。
「やはり貴方は……なるほど、良き道を得たようですな。またいつでも、ご来店をお待ちしておりますぞ!」
快活な声が背中に当たり、オレは軽く手を上げて答えた。
「カッコつけリド。その塗り薬どうするか?」
「うーん……オマエにやるよ。効果はアリシアが保証する。股が痒くなったら使えば良い」
「アンリ陛下のお墨付き。ふむふむ、では水荒れしたヨルちゃんの可愛いおててもこれでスベスベに? お高いんでしょー?」
「銅貨1枚くらいの価値はある」
「やっす!」
軟膏を持っていても使う予定もないので、たまたま居合わせたヨルにあげたのだが、思いの外喜んでいるようだった。
メイドという職業柄仕方のないことではあるが、日々の業務で荒れた手は年頃の娘にとって少しだけ気になることではあるだろう。
意味のわからない奇声を小さな声であげながら、「たまにはリドもやる。ヨルちゃん評価があがりました」などとルンルンしていた。
そんなメイドの後を追って、オレも懐かしく感じる街中を歩いた。
後にこの【鳥仮面@仮面修理中】の薬学者は、アリシアに腕を買われて宮廷研究医に召し上げられることになる。
それによって世界で不治の病と言われるモノの治療法を次々確立していくことになるのだが、それはまた別の話。
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