Chapter3 皇城に巣食う悪意

第19話

 ロベルトとの死闘から1週間が経過し、皇城での生活にも随分と慣れてきた。

 

 あれから何度か打ち合わせを行い、学園に編入するのは春からということになった。

 アバラ骨の骨折などを治療しないといけないこともそうだが、春になれば新入生の入学や在校生の進級などの時期が控えているらしく、学園にとっても区切りが良いそうだ。

 

 正直“オレ“にとってはどっちでも良い話だった。


 アバラの骨折もこのまま折れたままだと不自由だと思うが、患部に意識を集中させることで治癒速度を早められることを幼い頃からの経験で知っている。

 この1週間の間に、その手段を用いて骨折の治療を終えていた。


 子供の頃から怪我の治りは異様に早い方だったが、まさか魔力のお陰だったとは驚きだ。

 

 皇城での生活は天国のようだった。

 頼んでもいないのに毎日3食オヤツ付きで用意されているし、暖房も使い放題。薪がなくなればメイドが勝手に補充してくれる。

 

 真っ暗だと寝られない体質だが、ランタンを付けっぱなしにして寝るという贅沢をすることで夜だろうと熟睡出来る日々を過ごしていた。

 

 さらにメイドに頼めば本まで借してくれるということで、ひたすら部屋に篭って本を読み続ける日々を過ごしていた。


 引き篭もって寒い冬が明けるのを待ち続けるだけの日々。

 


 そんなある日のこと。

 

 昨日一昨日と休息日で皇城へと帰省していたエマとアリシアは、今日から学園がまた始まるということで朝食をとってから学園へ登校するらしい。

 

 5日間勉強し、2日間休息日というのが学園の授業サイクルらしく、休息日以外は学園の寮で暮らしているという。

 

 この2日間はアリシアが公務の隙間に甲斐甲斐しく世話をして来たり、演習場でエマの訓練の的になったりと、正直落ち着いて本を読む時間はなかった。

 

 不快ではなかったが、今は本が読みたい気分だった。

 

 今はまだ皇城の客人として扱われるオレにとっては、今日から5日間はアリシア達の急な呼び出しが来ることのない自由時間が始まったことになる。


「ではリド様、行って参ります。皇城の留守をお願いしますね」

 

「あまり本ばかり読んでないで、たまには運動するんだぞ」

 

 少しばかり名残惜しそうな様子の二人に「おう」とやる気のなさそうに返したオレは、馬車が走り出してすぐに皇城へと引き返した。

 

 自室に戻ったオレは、部屋の中で黙々とカーラから借りた本を読んでいる。

 するとしばらくして自室の扉が音もなく開いたことに気がついた。

 

 視線を向けると、その隙間からヌルッとメイド服を着ている女の尻だけが顔を出す。

 

 尻の持ち主は周りを警戒したようにキョロキョロと辺りを見渡しているのか、ユラユラとスカートが揺れている。

 

 まるでオレの部屋に入るのを他の人に見られないように警戒しているかのような様子だった。

 

 問題がなかったのか、これまた音も気配もなく部屋の中に入った後、扉を後手に閉める。

 暗殺者のような雰囲気だ。

 

「うわ、起きてた。リド暇してる?」

 

「忙しい」

 

 今はメイド長のカーラから暇つぶし用の本を借りており、それを読んでいたオレは視線すら向けずに答えていた。

 

「無職なのに?」

 

「無職だからって暇だと思ったら大間違いだぜ。人は生きている以上、予定に追われるもんだ。飯を食うというのも予定の一つ。他にも友人と遊んだり、知識を得たり、惰眠を貪ったりな」

 

 最もらしいことを適当に口にしながら、オレは本のページを一枚捲る。

 先ほどのオレの話を聞いて、メイドの少女は固まっていた。

 

「え……」

 

「……え?」


 なぜか口を抑えて、わなわなと震えているメイド。

 何に対してそんなにびっくりしたのか分からず、オレも思わず本から視線を上げてメイドを見ていた。

 

「リドって友達いるの……?」


「そっちかい」

 

 ほっとけや。

 

 せめて気を遣って「今日は暇そうですやーん」くらいにして欲しかった。

 しかし、コイツに友達いないやつだと思われているのは悔しいので、ここは少し強がることにした。


「友達くらい居るには居るぜ。最も、オレがそう思っているだけで、向こうがオレを友達と思っているかは別の話だがな」


「大丈夫。多分向こうはリドのことを独りぼっちの可哀想な人って思ってる。自信持って」

 

 ニヤニヤ顔でそんな毒を吐いてきやがるメイド女。

 一回どこかのタイミングでけちょんけちょんにイワしてやろう。


「オマエは居るのかよ? 友達」


「そんなの、今の私を見たらわかる」


 そう言って、初めてオレに優しげな視線を向けてくるメイドの女。

 

 流石にその視線の意味に気がつかないオレではない。


  まさか、こんなに身近にいたとはな。近くにあるものほど気が付かないと言うが、我ながら恥ずかしい。

 

 思わず鼻を擦りながら、照れくさそうな笑みを浮かべる。

 メイドの女も照れたように人差し指で頬を掻いていた。

 

 ふっ……仕方ない。もう少しだけ相手してやるか。


「やれやれ。仕方ねぇから、オマエの友人であるこのオレが、トランプくらいなら付き合ってやるよ」


「何を勘違いしてるか。私とリドは友達じゃなくてあくまでメイドと下僕という仕事上だけで繋がっている薄っぺらい関係。友達と思われるのは迷惑。生理的に無理」


「いい加減泣くぜ?」


 両手と肩を上げて間抜けな顔を浮かべているヨルにイラっとするが、害があるわけでもないので放置する。


 

 コイツと出会ったのはそれこそロベルトとの闘いの次の日だった。

 アリシアに看病されている時のこと。

 

『使用人を一人リド様につけますね。わたくしとエマは学園がありますので、雑事はそちらへお伝えください』


 綺麗にカットされているリンゴをオレの口に押し当てながらそう言ったアリシア。

 

 口の前に食べ物を出せばなんでも喰らい付くオレをペットか何かだと思っているのか、楽しそうに世話を焼いてくれていた。

 

 その時はリンゴを噛み砕く音であまりよく聞いていなかったのだが、皇帝の執務に戻ったアリシアと護衛のエマが退出した後、入れ替わるようにしてカーラと共にヨルが現れた。


 ヨルをひと目見て、途轍もないほど違和感を覚えた。

 

 そしてヨルもそれは同じだったようで、二人でしばし見つめ合う。

 

 向こうが何を考えていたのかはわからないが、あまり感情の読めない表情のまま頭を下げたヨルを見て、オレのそんなわけがないと違和感の正体を振り払った。

 

 何故なら、もし感じた違和感の正体が正しければ、今まで出会った中で最も気配が希薄な人間だということになる。

 

 城勤めするようなマトモな人間が、スラムの連中よりも気配を消すのに長けているわけがない。


 そして、最初こそ真面目なメイドかに思えたが、カーラが退出した後から段々態度を崩し始め、今に至る。

 懐いた猫のように暇な時はオレの自室に来てグータラして帰って行く。


「私の友達はヒルダちゃんって言って、今リドの横にいる人」


 そう言われて横を見るが誰もいない。こっわ。


「一体オマエには何が見えてんだ……」


 良い空気になりかけてたのに、とんでもない電波女だった。

 ソファーに深く座り直し、紅茶を一口飲んでから読書に戻る。

 

 遅れたが、この女の名前は『ヨル』と言う。家名はあるのかないのか知らない。

 なんならヨルという名前が本名なのか偽名なのかもわからない謎のメイドだ。

 

 一応、皇城内でリドの身の回りをお世話する専属メイドという立ち位置の少女。

 

 茶髪で猫っぽい小柄な少女だが、同い年だという。

 スラム出身なのは知らないようだが、明らかにマトモな出自ではなさそうなオレを完全に舐め切っていた。

 

 アリシアやエマ、カーラ曰く可愛らしい顔立ちをしているらしいが、オレにとっては間抜けそうな、憎たらしい小娘と言った印象しか抱けない。


「ふぅ〜きゅうけいきゅうけい」


 言いながら主人に無断でベッドへ移動したヨルは、そのままいそいそと布団の中に入り込んでいった。


「くんくん……ちょっと獣臭いけど、我慢してあげる」

 

 失礼なことを口にして横になったかと思ったら、すぐに寝息を上げ始める。

 布団の交換はオマエの仕事だろうに。自由な奴め。


 そんな彼女を放置して、読書に戻った。

 

「……ふぅ」

 

 感動的な物語だった。

 

 借りた本はまだ読み手が少なかったからか、下手な折り目などもなく、本の香ばしい木の匂いが香ってきた。

 非常にリラックスできたこともあり、物語の余韻に浸っている。

 

 朝から読み始めたが、既に日がてっぺんに登っていた。恐らく昼前くらいだろう。

 腹時計で察するに、今食堂に行けば昼食が用意されている頃だ。

 

「……いつまで寝てるんだコイツは」

 

 かれこれ3刻ほどの間、すよすよとベッドで寝息を立てているヨルを見て、どうしたもんかと頭を掻く。

 

「ちょっとイタズラしてやるか」


 朝チュンドッキリをしようと、上着を脱いでベッドに入り込む。

 安らかに眠るヨルの背中の方に体を向け、いかにも良い男と言った表情とポーズを作った。

 

 何か決め台詞でも言ったほうがいいかと考えていた頃、ヨルの肩が僅かに跳ねた。


「……ん? あ、ねすぎた」


 目元を擦りながら起き上がろうと態勢を変えたヨルと目が合う。

 それはもうバッチリと。


「フッ……オマエ、寝起きの顔ブッサイクだな」


 煽るように出来るだけウザさを感じるような口調で囁いた。

 

 寝起き頭を覚醒させて状況を理解したヨルは、目にも止まらぬ早さで布団をオレに巻き付けた。布の圧でガッチリと拘束される。

 

「とうとう本性を出しやがりましたね! 性欲の化身めっ! ふっふっふっ、どうせアンリ様もそうやって籠絡したんだなこのこの」


「誤解だ。苦しいからやめろ」


 顔だけ出ているオレの顔をツンツンと指先で刺してくるヨル。

 力が弱いからか、ただくすぐったいだけだった。

 

「アンリ陛下はチョロかったかもしれないけど、このヨルちゃんはちがう! くびり殺してやる」


「物騒だな。ちょっとした悪戯だろ。そもそもオレの部屋のベッドで勝手に寝るやつが悪い」


「リドが来るまでここは私のお昼寝部屋だった。私のお昼寝部屋にリドが勝手に寝泊まりしてるだけ」

 

「やれやれ……」

 

 10分近く布団に拘束されていたオレで遊んでいたヨルだったが、

 

「私は仕事が出来て多忙で大人気のメイドさんなので、そろそろ戻ります。リドの相手をしてあげたことを感謝してほしい」

 

 などと意味の分からないことを口にして去っていった。

 

 本当に何しにきたんだアイツは。


 いい加減暑苦しい布団を脱いで、上着を身につけ直したオレは腹を満たすために食堂へと向かった。

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