第16話
自室に用意されていたスーツに着替えたリドはアリシア、エマと共に謁見の間に来ていた。
謁見の間は白を基調とした広い場所だった。
階段の上には玉座があり、そこには背筋を伸ばしたアリシアが座っている。
リドとエマは階段の下で他の騎士と並んでいた。
正装に身を包む騎士達の中に混じって、スーツ姿のリドはかなり浮いていたが、女帝であるアリシアが同伴して連れてきた手前、不快な顔をしている者は多いが咎める声を出す者はいない。
「英雄騎士ロベルト・ストレイフ様がご到着なさいました!」
扉の前で門番が大声で叫ぶ。
「通しなさい」
アリシアは普段のおっとりとした表情ではなく、凛とした女帝。この国の王の顔をしている。
ギィイイ、と音を立てでかい扉が開く。
その奥からロベルトという英雄騎士、騎士の中でも最も偉い騎士がゆっくりと姿を現す。
40は超えているだろうその人物は、しかし歳など感じさせない強者の風格を伴っていた。
筋力があり、眼光は鋭くも力強く、確かに英雄だと言われたら納得できるその異様……って。
「さっきのおっさんじゃねぇか!」
入ってきたのはロベールだった。
また後で、ってそういう意味だったのか、とリドは思っていると。
「おいリド、おっさんとは失礼だぞ」
一人で騒いでいたら隣のエマに注意された。
「しらねぇよ。大体なんでオレはココで騎士っぽい連中と並んでるんだ? オレは騎士じゃないぞ」
なんか流れでこんなところまで来ているが、アンリの話は既に何度も断っている。
ロイが実の父親だったということに対してはびっくりしたが、だからと言って今は姿を消した男が元々騎士だったと言われて、息子のオレが「はいそうですか」と騎士になると思ったら大間違いだ。
まだロイが城に仕えているのなら話は別だが、そうじゃないのなら騎士になる理由がない。
「アンリ様と話して騎士に叙任されたのではないのか?」
「誰がなるかよ」
「――表をあげなさい。ロベルト」
リドが悪態を吐いたところでアリシアがロベルトに話しかけた。
一様に場が静まる。
「……私語は禁止だ」
エマは真剣な顔で口の前に人差し指を立てて合図する。
「……はぁ」
リドはそんなエマを見て不愉快そうに腕を組んで目を閉じた。
ロベルトは王座に続く階段の下で膝を落とし、視線を床に向けていた。
堂に入ったその姿は、まさしく王の直属という風格を纏っており、熱に浮かされたように見つめる夫人が複数確認できた。
「お久しぶりですね。3ヶ月ぶりかしら」
アンリの言葉を受けてから一拍置いて、ロベルトは顔を上げる。
「本当にお久しぶりです、アリシア殿下。いえ、アンリ皇帝陛下でしたな。急な当方の願いで拝謁を許していただき、心より感謝致します。お元気そうでこのロベルト、安心いたしました」
ロベルトは浴室で会った時とは別人のようにキリッとした雰囲気でアリシアに話しかける。
「父と母の友人であるロベルトの頼みですもの、無下にしたら天に居られるお二人に怒られます。貴方も相変わらずですね」
「えぇ、まだまだ若い騎士には負けられませんので」
ロベルトは軽く笑いながらアリシアと会話する。
その目には実の娘を見るような優しい笑みが浮かんでいた。
「それで、今回の謁見はどのような理由で?」
謁見の内容については聞いているだろうが、他の貴族や騎士への説明の意味も込めてアリシアは用件を聞く。
「はっ。アンリ様の盾。側近騎士となるリド・エディッサと会わせていただきたく馳せ参じました!」
ロベルトは大きな声でそう言った。
各方面から「リド・エディッサ? なにものだ?」などと声が上がっている。
「そうですか……では、リド。こちらに」
アリシアはリドを見て言う。
「…………」
だがリドは我関せずぼーっとしていた。
あれがシャンデリアかー綺麗だなーと上を見上げている。
「……リ、リド様?」
アリシアが少し困ったような顔で再度リドの名を呼ぶ。動揺しているのか、素のアリシアが顔を出
「…………」
だが、やはりリドは退屈そうにあくびをかみ殺しているだけだった。
「……おい、リドっ! 呼ばれているぞ!」
エマにわき腹を突かれ、リドはやっと自分が呼ばれていることに気が付き玉座を見上げた。
アリシアは困ったような顔を浮かべて気まずそうにしている。
「……ではもう一度、リド。こちらに」
そして仕切り直していた。
幼年校の卒業式のリハーサルぐらいグダグダだった。
「……あ? ああ」
リドは言われたとおりアリシアの元に歩んでいく。
――階段を上って。
「なっ!?」
エマが背後で息を呑むような声を上げる。
「なんだよ?」
「あ、あのすいませんリド様。言い方が悪かったですね。騎士の方々の前に出ていただくだけで良かったのですが……」
コソコソとリドに耳打ちするアリシア。今にも泣きそうな必死さが伝わってくる。
その様子を見た貴族、宰相、騎士達はざわざわとしている。
それはもうざわっざわっと。
(え? なにこの空気)
リドは何事だ? と周囲に視線を向けた。
エマとロベルトは「やらかしたー」と頭を抑えていた。
リドは今、アリシアの玉座の右側らへんに立っているが、その反対側に立つ少しだけエマに似ている知的そうな男は、口元を抑えて笑い声を必死に抑えていた。
「……こ、ここにいるリド・エディッサをわたくしの側近騎士にしたいと思っております!」
アリシアは何とか事を運ばせようとグダグダながらも話を先に持っていこうとするが、
「は? なに言ってんだよ。だから騎士になんてならないって言っただろ」
リドの言葉に周囲のざわつきが更に増す。
「……リ、リド様? その、空気を読んでもらえると……今は形だけ、形だけでいいので――」
「皇帝陛下! 発言よろしいですか?」
アリシアのコソコソ声を遮って、一人の中年が前に出た。
おっさんの癖にキノコみたいなボブカットのような髪型をしている。
「は、はい。オーガネス、発言を許可します」
「先ほどからお聞きしていると、そこのリド・エディッサは気品、素行に問題があるかと思われます。そんな男を側近騎士に召し上げると、皇帝陛下のみならず、国全体の品位が疑われるかと思われますが、如何でしょう?」
見てわかるくらいに偏屈そうなその人物は、リドに噛み付くというよりも、アリシアに難癖を付けたいかのような態度で意見を物申す。
(随分な言われようだな……)
人に馬鹿にされるのは慣れているが、アリシアは別だ。
皇帝という立場が軽はずみな意見を口に出来なくさせている。
「そ、それは、その」
言葉を選んでいる途中のアリシアはオーガネスの言葉に詰まって視線を彷徨わせていた。
「噂によればそこのリド・エディッサは下民だと聞きます。力量というものは、正しい学習環境、正しい食生活、正しい訓練。この三つが揃っていなければ才能すらも育めません。どれほど才能があろうと下民に大した力などない。よって私は此度の側近騎士への叙任を反対したく思います」
オーガネスの言葉に何人かの貴族が「そうだそうだ」と乗ってくる。恐らく事前に口合わせをしていたかのように息が合っていた。
謁見の間に余所者を追い出そうとするような空気が流れる。
アリシアとエマがオロオロと所在なさげにする中、ロベルトはずっと黙ってリドを見ていた。
何かを観察するかのように。
「…………」
アリシアは今までこんなに荒れた場面を見たことが無いのだろう。悲しそうな、そして辛そうな表情をしている。
そのアリシアの表情を見て、リドの脳裏で何かが弾けるような音がした。
「……さっきからうるせぇんだよ。オレの立場なんて今どうでもいいだろうが。反対も何もオレはやらねぇって言ってんだ。そこのチ○コ頭。オマエみたいな顔面わいせつ物が何偉そうに人間の言葉を喋ってんだ? 切り取るぞ」
リドはオーガネスに向かって言い放った。
「ぶふっ!」
騎士の列の方から盛大に噴き出す声が聞こえた。
そして陛下の御前で片膝をつくロベルトも、リドの言葉に口元を小さく緩ませる。
「ち、ち、ち○こ? この私がち、ちん○……?」
オーガネスはリドの言葉を受けわなわな震えている。
「き、貴様! 代々帝国に使える誇り高きオーガネスの血筋であるこの私に平民以下のごみがほざいたな! 不敬罪で処刑にしてやる! 誰か! あの男を捕えよ!」
オーガネスがリドを指差しわめき散らす。
かなり怒り狂っている様子で、キノコヘアーがファサファサと舞っていた。
「上等だ。てめぇはわいせつ物陳列罪により、オレの独断と偏見で私刑にしてやるよ」
リドもそんなオーガネスに階段を降りて近寄っていき、一食触発の空気が出来上がる。
アリシアは「どうやって止めましょう!?」と言いたげな不安な様子でオロオロと周りを見ていた。
「待て! 貴様ら、陛下の御前だぞ」
しかし、今までずっと黙っていたロベルトは異様な雰囲気を出してリドとオーガネスの間に立つ。
威圧感を放つその姿を見て、今まで騒がしかった空気が一瞬で静まり返った。
「し、しかしロベルト殿……この男は……」
「オー、オー、オーガズムくん? まあ落ち着きたまえ」
ロベルトが突然下ネタを口にした。
騎士の席から噴き出す声が更に増えて湧き上がった。
「オーガネスです!」
エマとアリシアは意味が分からないようだったが。
「……ではこうしようオルガスムスくん。私がリドを審判する。皇帝を守るにふさわしい力があれば側近騎士として問題は無いだろう?」
「で、ですが」
オーガネスはなおも食い下がる。
「元はそういう話だ。この場で審議するのは実力がふさわしいか、ふさわしくないか。礼儀、知識など後からでも身につけれる。私との戦いを見てから判断してほしい」
「……いいでしょう」
オーガネスは渋々ながらも了承した。
「間違っても手は抜かないよう願います」
そしてオーガネスはロベルトにそうも伝えた。
「言われずとも」
オーガネスを見据えてロベルトは当然だろう? と口元を歪めた。
「っ!」
ロベルトの顔を見たオーガネスは全身を震わせた。
その顔には全力で敵を斬り殺す覚悟を固めた男の目が浮かんでいたからだ。
世界大戦時に数多の敵兵を斬り殺し続けた鬼の顔を見た騎士達も身震いを隠しきれない様子だった。
「……それで? もうそいつ殺っていいのか?」
「まあ待てクソガキ。相手はこの男じゃなく私だ。力を見せてもらう」
ロベルトはいきり立つリドを手で制す。
「何でロベールと戦うことになってんだよ?」
リドはロベルトを睨む。
「リドが皇帝陛下の側近にふさわしいか判断する為だよ」
「……オレは元々騎士になんてなる気はないが?」
話が進んでいるが、未だ騎士になるつもりはサラサラ無い。
判断されるどころか、力を示す意味すらないのだ。
「ならこうしよう。俺がリドに勝ったらリドは側近騎士になる。リドが俺に勝ったらココの○んこを刈り取れる」
ロベルトはオーガネスを指差す。
ロベルトは口調を完全に変えていた。
『私』という皇帝に謁見していたときとは違って『俺』という一人称に変えている。
これから行うのはあくまでリドとロベルトの私闘であることを言外に認めていた。
「……オレにメリットがねえが、いいぜ。オレとしてもあんたと戦ってみたいと思ってた」
リドはオーガネスにムカついている。
アリシアに悲しそうな顔をさせたからだ。
世界で唯一対等に接してくれる友人のアリシアを悲しませる人間がリドはたまらなく許せなかった。
その感情の正体を知るにはリドは人間としての当たり前の感情が薄すぎた。
なにより、リドの中の闘争心がロベルトとの手合わせを望んでいる。
勝負の勝ち負けのメリット以前に、戦闘狂の癖があるリドが挑発に乗らない理由はなかった。
リドは思わず歪んだ笑みを浮かべて、強者との戦闘に期待するように眼光を光らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます