第15.5話


 風呂から上がって、異様に泡立つ石鹸で全身を洗った後、脱衣所に戻ってきた“オレ“は思わず地面に膝をついた。

 

「着替えの服がねぇ」

 

 替えの服を貰うことを忘れていた。

 エマが「メイドから渡されたお客様用の衣類だ」とか言いながら部屋の机に何か置いていたが、「ただの水浴びにそんなモン必要ねぇよ」と放置してきたが、まさか本当に必要になるとは思わなかった。

 

「どうしようかね」

 

 初めて風呂に入って、人生で一番綺麗な身体になったオレは、その時初めて衛生問題という物を気にしていた。

 血で汚れたボロい服を再度着る気にもなれず、どうしたものかと視線を巡らせる。

 備えつきのタオルがあったため一応手に持つが。

 

「隠れないな」

 

 オレのあまりにも立派すぎる男の象徴は隠せそうも無かった。

 

「……いいか、このまま部屋戻ろう」

 

 男の象徴がはみ出たままタオルを巻くより、開き直ってありのままの姿で堂々と歩いた方が、「あら立派ね」と逆に大問題にならないような気がした。あくまで気のせいだった。

 

 ともかくオレは全裸のまま廊下を突っ切る覚悟を固めた。


 ……

 …………

 ………………


 ……どうしてこうなった?

 

 切実にそう思う。

 廊下からは「不審者を捜せー!」や「見つけ次第打ち首だー!」「コンボウが……棍棒が近寄ってくる!」との声が聞こえてくる。

 

「来るときは誰ともすれ違わなかったのにな」

 

 オレは数分前に思いを馳せる。


 全裸で廊下をス○ークしていたオレは、足音が聞こえて近くの部屋に身を隠した。

 

 廊下の前方から迫る足音の主をやり過ごすために。

 

「ふんっふんっ♪ ふふんっふんっ♪♪」

 

 コツッ、コツコツッとスキップしているような足音が聞こえる。

 足音の小ささと、足音の幅から幼い子供と推測したオレは、気配を消しながら扉を開いて外を覗く。

 やはり10になるかならないかの無邪気そうな幼女だった。

 

 ふんっふふんっと鼻歌を歌いながら楽しそうに歩いている。どことなくアリシアに似ている綺麗な金髪の幼女だった。

 

 どうにかやりすごそうと、扉から離れて部屋の奥へ足を進めた時、それが目に入った。

 

「…………」

 

 メイドが部屋の中からこっちを見ていた。

 灰色がかった淡い髪色に、整ってはいるがトロそうな顔をしているメガネの女。

 オレと同じ歳くらいのメイド服を着た少女だった。

 

「……」

 

 オレは思わず固まる。

 

「…………」

 

 メイドも紅茶を飲む手が固まっている。

 机に置いてある本といい、ネクタイを外してメイド服を着崩している姿を見るに、休憩中という所だろう。

 

「……わるい」

 

 このままでは埒が明かないと、謝罪を口にして扉から出ようとしたオレの背後から。

 

「きゃああああああああへんたあああああああい!!!」

 

 と叫び声が上がった。

 

「くっそっ!」

 

 思わずメイドに接近して口を押さえ、ソファー裏に押し倒すオレ。

 

 全裸の青年がメイドを押し倒すという、絵面が大変いかがわしい。

 メイドは拘束を逃れようとじたばたするが、それを力で押し込める。

 

「……落ち着け、オマエを犯そうとかそういうつもりじゃない」

 

 真剣に語りかけるが、メイドは聞く耳を持たずもがいていた。

 じたばたジタバタと必死に抵抗しようとするが、オレの力で強引に抑え込む。

 

「……最後の警告だ。次騒いだらオマエの頬を往復ビンタする。コレで」


 自分の象徴を差しながら、オレはメイドに囁く。

 抵抗すれば犯されると理解したメイドは涙目になって静かにコクコクと頷いた。

 

「……よし」

 

 オレはメイドの口からゆっくりと手を離した。

 

「……な、何が目的ですか?」

 

 メイドはがくがくと震えながら可愛らしい声で聞いてくる。

 落ち着かせるためとはいえ、全力の威圧を当てられて涙目になっていた。

 

「実は――」

 

 オレはいままでの経緯を話した。


 事情を説明していくと、メイドは徐々に落ち着きを取り戻していった。

 事前にアリシアからオレの名前を聞いていたのだろう。


「リド・エディッサだ」と自己紹介したら「あぁ、貴方様が」と納得したように頷いていた。


 聞けば彼女はアリシアとアリシアの妹の専属メイドを務めているとのことだった。

 立場としてはメイド長に当たるらしい。若いのに立派だ。

 今はアリシアも謁見に備えて入浴をしている為、その間に少し休憩を取っていたとのことだった。


「……なるほど。お着替えが無い、と」

 

「そういうことだ」

 

 オレは腰に手を当てて堂々と言い放つ。

 その衝撃でぶらーんと、男の象徴が主張するように揺れている。

 

「あ、あの、少しは隠していただけませんか?」

 

 メイドは朱に染まった顔でちらちらと見ながら、今にも消え入りそうな、か細い声で言う。

 

「隠そうにも何も無い。……そうだ。この部屋に着る物は何か無いか?」

 

「お召し物、ですか? 少々お待ちください」

 

 メイドは恐らく自分の押入れだと思われるモノを漁り出した。


 ……嫌な予感は既にこのときにはあった。


 


 オレはメイド服姿でで廊下を歩く。

 股に風が当たり、スースーする感覚が気持ち悪い。

 流石に下着までは恥ずかしがって貸してくれなかったので、今はノーパンだ。

 

「リ、リド様、大丈夫ですか?」

 

 隣からメイドが話しかけてくる。

 

「カーラ、もっとまともな服は無いのか?」

 

 カーラとはメイドの名前だ。

 

「申し訳ありません。あそこのお部屋は私に与えられている自室でしたもので、お客様に出せるような服はありませんでした……」

 

 カーラは申し訳無さそうに頭を下げる。

 

「まあいい、どうせ部屋までの辛抱だ」

 

 オレはそんなカーラを手で制しながら歩く。


 未だに誰ともすれ違っていない。

 

 カーラの説明を受けると、どうやら今居るこの階層は普段住み込みで働いている従業員が寝泊まりするフロアということで、日中にはあまり人の気配が無いのだという。


 そりゃそんなにすれ違わんわけだ。

 先ほどの幼女がイレギュラーだったのだろう。

 

 次の角を曲がれば自室というところまで来た。

 やっと目的地に辿り着ける。少しだけメイド服を着て荒んだ心が癒えていくような感覚を覚える。


 が、角を曲がった瞬間、オレの精神は凍りついた。

 

「エマ? リド様はまだ浴室に?」

 

「恐らくそうだと思われます。もうそろそろ帰ってくる頃かと……」

 

 湯上がりのようなアリシアと同じ様子のエマがオレの部屋の前で会話していた。


 二人とも正装のようなものを身につけている。

 アリシアは皇帝らしい最高級のドレスを。

 エマは軍服のような青色と白の制服を。


 見つかる前に引き返そうとしたリドだが、背後に立っていたカーラと衝突して角から飛び出してしまう。


 心配そうに「大丈夫ですか?」と差し伸べてきたカーラの手を掴んだところで、背後から「あら、カーラ」とアリシアの声が聞こえた。

 

 アリシアが呑気にこっちを見てニコニコしていた。

 

「アンリ陛下。おはようございます」

 

 カーラは使用人らしく、指先まで伸ばした手をお腹の上くらいで組んで、綺麗な礼をしていた。

 こんな状況にも関わらず「おぉメイドらしい」と素直な感想が浮かんだ。

 

「ご苦労様、カーラ……ところで、隣のお方は?」

 

 オレは顔を見られないように後ろを向いていた。

 アリシアとエマの気配が近づいてくるのがわかる。

 

「はい、こちら、新しく入ったメイドでございます」

 

 カーラは間髪いれずそう答えた。

 ナイスカーラ。そのまま無難に行け。

 

「そうでしたか。初めまして、新人さん。わたくしはアリシア・セルヴァ・アンリエッタ。ここの城主をしております。気軽にアンリとお呼びください」

 

 アリシアは微笑みながら手を差し出してくる。

 どうやら【リド@新入りメイド】の言葉を待っているようだった。

 

「…………」

 

 当然オレには掴めない。

 掴んだ瞬間手の大きさで男とバレるからだ。

 それ以前に向かい合ったら顔でバレる。

 

「君、まだ慣れていないのはわかるが、せめて顔を合わせてくれないか?」

 

 エマがそんなことを言って一歩近寄ってくる。


 ……握るしかないか?


 そう思って僅かに手を動かしかけた時、

 

「いいのよ、エマ。恥しがり屋さんなのよきっと。責めないであげて?」

 

 アリシアがエマを制した。

 

 アリシア、よくやった。

 今だけは本気で感謝する。

 

「し、失礼しました。君も悪かったな。無理を言って」

 

 エマは一度頭を下げたあと、自分の頭を冷やすように近くの窓に近寄って開いた。

 

「不快にさせてしまったのならごめんなさい。エマに悪気はないのです。真面目過ぎるだけで、優しい子です。ですので、何か困ったことがあったら――」

 

 アリシアの言葉の途中でらエマが開けた窓から突風が入り込んできた。

 その突風によってリドが着ているメイド服のスカートが盛大に捲れる。

 

「「「…………」」」

 

「申し訳ありません、風が思いのほか……どうかされましたか?」

 

 オレ、アリシア、カーラが固まっているところに何も知らないエマが話しかける。

 

 ……見られた、よな?

 

 オレのあまりにも立派すぎる男の象徴を。

 

「き、き、きゃあああああああ! 殿方だわ!!」

 

 アンリが悲鳴を上げる。

 

 その声に続々と足音が近づいてくる。

 

「ちっ!」

 

 オレは全力で逃げ出したっ!


 ……

 …………

 ………………


 そして今に至る。


 とりあえず追ってくるエマの追跡を振り切って手近な部屋に入って身を隠した。


「待て! どこに消えた変態! 公の場で罪を告白しろ!」


 エマが扉の前を猛スピードで通り過ぎていく。

 

 くそ……本当に何でこうなった。

 ひらひらのメイド服を掴みながら呟く。

 遠くからは未だに足音が聞こえてきた。同時に物騒な声も。

 

「ちくしょう。服さえあれば……」

 

「やっぱ犯人はお前だったかリド。服もって来てやったぞ」

 

 真後ろから声が聞こえ飛び跳ねた。

 自分の気配を絶ち、完全に空間に溶け込み、外の気配は全力で探っていたというのに真後ろから声をかけられたからだ。

 だが、その人物を見て納得した。

 

「ロ、ロベール? びびらせんなよ」

 

「服持ってきてやった恩人にそんな言い方していいのか? 傷ついたし帰っちゃおうかなー」

 

 ロベールはニヤニヤしてオレを見る。

 

「このままじゃ、お前処刑されるぜ?」

 

「……年甲斐もなくはしゃぎやがって。くれ」

 

 ロベールから服をひったくるようにして奪い取った。

 

「まったく……脱衣所にリドの着替えが無いのをおかしいと思ってたら、こんな騒ぎになってるし。流石はあいつの息子だな」

 

 ロベールは楽しげにぶつぶつと呟いている。

 最後のほうはよく聞こえなかったが、まぁ気にすることでもないだろう。

 

「とにかく助かった。ありがとう。一応礼は言っておく」

 

「あぁ、また後でな」

 

 浴室と同じ台詞を言ってロベールは部屋の外に出ていった。

 すぐに気配は掴めなくなった。

 染みついた癖のようなものだろうか。

 

「……はぁ、戻るか」

 

 オレはロベールの少し大きいスーツを着て、自室に向かう。


 自室前に着くと、アンリ、エマ、カーラが集合していた。

 アンリはエマに肩を抱かれている。

 

「リド遅いぞ、何をしていた! 今変態が城の中に居るんだ! アンリ様が狙われた!」

 

 はいはい、そりゃたいへんだー。

 いったいヘンタイはだれなんだー。

 

「そっか、まあすぐ捕まるだろ。とりあえず中に入ろうぜ。つーかエマ、声でかい」

 

 言いながらエマ達を中に入るように促した。

 これ以上騒ぎを膨らませるわけにはいかない。

 

「……そうだな、ロベルト様との謁見もあるしな」

 

 エマはそう言って中に入る。

 

「ロベルト? ……まあいい、それですぐ会うのか?」

 

「ああ……ん? おいリド、お前頭に何かついて……」

 

 エマはオレの頭から布でできた何かを取る。

 

「…………」

 

 頭から取ったヘッドドレスを見つめるエマ。

 

「おい、リド。お前……」

 

 訝しげな目を向けるエマ、呆れたように頭を抑えるカーラ、失神しているアンリ。

 声が出なかった。

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