第13話

 

 まだ幼い少女達に殺人鬼扱いされ、若干へこんでいるが顔には出していないリドは、少女達の背中を追うようにして来た道を引き返す。

 アヒルの子供のようにアリシアの後に続く少女たちと地下室から出て、裏口からアルバノの屋敷を出た。

 

 わざわざ裏口から出た理由は、エマが「あんなものをアンリ様やこの子達に見せられるか!」と激怒したからだ。

 あんなものとはなんでしょう? と首を傾げるアリシアを見て、確かに普通の少女が見たら卒倒するか、と納得する。

 

 リドの冷酷さ、残虐さを見ても尚、文句を言えるあたり相当鈍いのか、相当気を遣っているのか。

 

 いや、その両方だろう。

 

 スラムを後にしたリド達は、大通りを徘徊していた騎士を捕まえて未だ現実味が無さそうな少女たちに付けた。

 

 リドが騎士に声をかけた時は全身の返り血を見て、何故か剣を抜いて威圧してきたが、アンリとエマが慌てて話をしに行ったら露骨に態度を変えた。

 敬礼までして、額に汗を浮かべながらも元気よく返事をしていた。

 

 何故だ。

 

 皆が歩き出そうとしたところで黒猫を抱き抱えた一人の幼い少女がリドのシャツを引っ張った。

 ここにいる少女達の中では1番幼く見えるが、落ち着いた印象を受ける女の子だった。

 

「助けていただき、ありがとうございました」

 

 そう言って感謝を述べていた。

 

「…………」

 

 人生二回目となる他人からの感謝の言葉にリドは硬直する。

 エマもアンリも遠目にリドの様子を伺っていた。

 

「……気にするな。帰る場所があるのなら、さっさと帰れ。オマエが戻るだけで喜んでくれる家族が居るのなら、甘えられるうちに目いっぱい甘えろ」

 

 少女へリドは優しげな笑みを浮かべ、少女の頭を乱暴に撫でた。

 かつて、剣を教えてくれた男がしてくれたように。

 そこには先ほどのような凶悪な笑みはなく、エマを上回るほどの安心感を与える表情を浮かべていた。

 

「騎士様……?」

 

 ぼさぼさの頭になった少女が熱に浮かされたような表情で、リドを見上げながらお姫様のようなことを呟く。

 最高にかっこいいヒーローを見るように、キラキラと輝くピーズのように純粋な目をしていた。

 

 怖がっていたはずの他の少女たちも頬を朱に染めながらぼーっとリドを見ていたり、少女と同じような目を向けていた。

 そんな様子を見たアンリとエマは微笑み合いながら、リドを見守っていた。

 

 視線がこそばゆくて、リドは「さっさと帰れ」と手をヒラヒラさせる。

 少女達の姿が見えなくなるまで無言で見送った後、客呼びで賑わう飲食店が並んだ通りで肉が自慢と言う店に入っていた。

 ドレスコードがあったみたいだが、アンリとエマの姿を見た店員は慌ててボックス席を用意してくれる。

 ちなみに騎士達がアンリとエマに着いてこようとしたが、護衛がいるので大丈夫と説得して帰らせた。

 

「……んぐ。それで、オマエなんでオレの名前知ってるんだ?」

 

 肉料理を口いっぱいに頬張り、リスみたいな顔でアンリにスプーンを向けてリドは問いかけた。

 

 その様子にアンリは微笑ましそうな笑みを溢し、エマは「言葉遣いとマナーに気をつけろ!」と注意してくる。

 

 先ほどのような大人びた笑顔を浮かべていた男の片鱗は欠片もなくなっていた。

 

「わたくしのこと、覚えておりませんか?」

 

 アンリはエマを手一つで宥めながらリドに聞く。

 

「うーん……んぐっ……おっちゃんこれおかわりっ!」

 

 リドは口の中身を飲み込み、水を飲んでからおかわりを要求する。

 

 背後に居た店主のおっちゃんが「はいよっ! いい食べっぷりだねぇ!」と言ってくるのが耳に入り、軽く手をあげた。

 次の肉が運ばれてくるまでの間に野菜類に手をつけ始める。

 生まれて初めての外食だったが、これほどまでに美味いものとは思わず、リドは目を血走らせながら食事をかき込んで行った。

 

「……あんなことがあったのによくそんなに食べられるな」

 

 エマは飽きれ半分でリドに言う。

 

「あんなことがあったから余計腹が減ったんだ。それにあの程度で食欲なくなってたらスラムじゃ生きていけねぇよ。それより、オマエ何処かで会ったか?」

 

 アンリはリドの言葉に少し悲しそうな顔をしながら、頬を掻いていた。

 悲しませるつもりなんて全くなかったのだが、そこまで落ち込まれると悪いことをしたような気分になる。

 必死になって思い出しながら食事を取っていたら、ニンジンがフォークから抜けて地面に落ちた。


「あっぶね、無くしちまうとこだった」


 人参なんてリドにとっては最高級食材だ。

 むしろ食べられるものなら全て最高級食材だった。

 地面に落ちたのを拾って口の中に放り込みながら、ふと視線の端に白いものがチラついて視線を向ける。

 そこにはアンリの足があり、足首を庇うように包帯が巻かれていた。

 

「……ん? その包帯……オマエ、アリシアか?」

 

「は、はいっ! そうですっ!」

 

 机の下から顔を戻したリドが、アリシアと言う言葉を口にした瞬間、アンリは顔を輝かせた。

 覚えててくれたことに対して心から喜びを表現するようにキラキラとした笑顔だった。

 

「でもオマエ、アンリって呼ばれてたし……どういうこと?」

 

 リドは食べる手を止めアンリに問う。

 

「我らがエルセレム帝国は皇帝の家名が世襲制なんだ。アリシア様というお名前は真名のほうだ」

 

「……ふーん」

 

 我らが帝国? 皇帝? 世襲制? 真名?

 意味が分からないところもあったが、リドは自分には関係ない。と割り切り料理を口に運ぶのを再開する。

 

「はいよ! 兄ちゃん! おかわりだ!!」

 

 店主のおっちゃんが快活な笑みを浮かべて肉料理を持ってくる。

「さんきゅ~!」と子供と変わらない態度で皿をひったくるようにして受け取る。

 

「やっぱうまいな! この料理! オマエらも食えよ」

 

 しかしリドの言葉にエマは青い顔で首と手を振る。

 アリシアは微笑ましそうな顔で「いっぱい食べてください」とリドを促した。

 どちらも食欲がない様子だった。

 その態度に「そうか」と言って、ならば遠慮などせんとばかりにリドは肉に舌太鼓を打つ。

 肉なんて本当に久しぶりに食べた。

 身体に流れる血が湧き立つように、エネルギーが漲るのがわかる。


「……リド様、少しいいでしょうか?」

 

 料理を大方食べ終えて腹をさすっていると、アリシアが唐突に話題を切り出した。

 

「なんだ?」

 

 真剣な顔を見て、リドは聞き返す。

 

「……リド様、この度は助けていただきありがとうございます」

 

 アンリは丁寧に畏まった態度で言ってくる。

 今までそんな経験がなかったリドは、品の良い動作を見て呆然としていた。

 

「ちゃんと対価は貰っている。飯食わせてもらえたし、感謝されることじゃない――」

 

「そうは参りませんっ!」

 

 ここぞとばかりにアンリはリドの言葉を遮る。

 微笑んではいるが、妙な圧を感じた。

 

「昨日、お会いしたときから思っていたのです」

 

 そしてアンリはキリッとした目をリドに向ける。

 

「リド・エディッサ様。貴方を私の側近騎士に任命したいと思います」

 

 ……

 …………

 ………………

 

「……は?」

 

 何を言ってるんだこいつは。

 

「アンリ様! いくらなんでも側近騎士シュバリエに任命するのは……」

 

 エマが慌てた様子で止めに入っている。


「本来騎士を目指すことに貴族、平民、下民の差はありません。皇帝が承認すれば誰であろうと帝国騎士にすることができます。もし功績が必要なら兵士から始めてもらいます」


 必死にエマを説得しようとしているアリシアを横目に見ながら、リドは思考を巡らせていた。


(騎士? オレが? ……ないな)

 

 そもそも側近騎士シュバリエという単語すらも聞いたことがない。

 恐らくだが、非常に面倒なことは確かだった。

 こういう時はひっそりとエスケープするに限る。

 

「あ~、いや美味かった。良い飯をありがとな。じゃ、オレは行くから」

 

 話をスルーしてリドは席を立つ。

 その方をアリシアはガッと力強く握ってくる。

 リドの体感ではアルバノよりも強い力に感じた。


「リド様、この後何かご予定でも?」


「え? あー、と。飼ってるカタツムリの観察日記が……」

 

「……エマ、捕らえなさい」

 

「はっ!」

 

 瞬時に背後に回ったエマに後ろから拘束されかけるが、リドは何とか抜け出す。

 

「急に何しやがる!」

 

 あれだけ冷静だったリドが少し声を荒げてアリシアを問い詰めた。

 

「私の側近騎士になってください」

 

 しかし言葉はリピートだ。

 恐らく何度質問しても変わることはないだろう。

 

「アンリ様、この男を捕らえるのは至難ですので、魔法の使用許可を頂けますか?」

 

「許可します」

 

「おい、なに勝手に話し進めて」

 

「――『雷霊よ』」

 

 エマが右手を突き出しながらそう唱えた瞬間、リドの全身に雷に撃たれたかのような痛みが走った。

 店の中という狭い空間では身動きが取れず、リドの背中に稲妻が突き刺さる。

 

「ぐっ……! いってぇなぁ!!」

 

 まともに魔法を食らってしまったリドはエマに掴みかかる。

 

「なぜまだ動けるっ!?」

 

 エマはそんなリドを見て目を見開いた。

 

 雷系の魔法は使えるものは国内でも少数であり、強力であるがために暴徒の鎮圧から軍の作戦などにも使われるなど、魔法師協会からの評価も高い。

 

 発動に時間が掛からないし、発動後の初速も速い。

 

 エマはリドのタフさを警戒して中級魔法を使用した。

 命の恩人だということもあって多少なり魔力を抑え気味で発動したので、死に至るほどの威力ではないと思ってはいたが、直撃したリドは苛立ったように眉を顰めるだけでほとんど効いていないように見えた。

 

 熊ですら昏倒するレベルの威力だというにも関わらず、だ。

 

「ビリビリさせやがって、殺る気か?」

 

 リドは出会ってから初めてエマに殺気を向ける。

 

「っ!『雷霊よ!』」

 

 その殺気をまともに受けて怯えたエマは先ほどより魔力を込めて呪文を唱えた。

 

 先ほどの稲妻と比べ、遥かに強い雷がリドを襲う。

 通常の人間ならば間違いなく死に至るほどの威力だ。

 

「くっそ……が……オマエ……エマ。ふざけん、なよ……」


 近距離ということもあって避けるのに失敗したリドは、全身から煙を上げながら意識が遠くなっていくのを感じていた。


「……ちっ」

 

 リドは舌打ちするが、身体に力が入らない。

 それを見たエマが優しくリドの身体を抱きかかえた。


(……くそ……女に支えられるなんて生まれて初めてだ)

 

 ――リドの意識はそこで途切れた。

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