第11話


 屋敷に入り、中を見渡すと豪華なインテリアが目に付く。

 広いエントランスには高価そうな壺や絵画などが飾られており、天井には大きなシャンデリアが輝いていた。

 

 貧困という概念を、そのまま街にしたようなスラムにあるとは到底思えないその光景に、リドですら思わず眉を顰めてしまう。

 

 妙に踏み心地の良い、真っ赤なカーペットを踏みしめながら耳を澄ませると、右側の廊下の先からかすかに声が聞こえた。

 

 エマに手で「付いてこい」と合図したリドは、その声のする部屋に近寄っていく。

 

 クラシックの音楽が部屋に近づくたびに大きくなっていった。

 

「……この外道っ!」

 

 部屋の前で気配を断ったリドの耳に飛び込んできたのは女の声。

 強がってはいるようだが、その声には若干の怯えが含まれていた。

 

「黙れ家畜がっ! お楽しみはこれからだ。ぐふふっ、アンリ様に瓜二つなその顔が、醜く歪むのが愉しみだぁ……」

 

 次に聞こえたのは下っ足らずな男の声。

 女に向けて喚いているようだ。

 

「ですから私がアンリと! そんなに醜い顔が見たいのであれば鏡を見るといいです!」

 

「ぎ、ぎゃ、ぎざまぁ!」

 

(……なかなか言うじゃないか)

 

 接近に気がつかれないように行動音を立てず、気配を断って中を覗く。

 

 壁中に拷問器具のようなものが飾られている部屋の中心で、金髪の少女が椅子のようなものに拘束されていた。その横で壁の道具を見ながら、どう拷問するか「ぐふふっ」と言いながら考えている太った男が居た。

 実に不細工だった。

 

 金髪の女は知らないが、太ったブタ顔の男は間違いなくアルバノだ。

 

 アルバノの顔をこの目で見たことは無いが、噂で聞く通りの外見なため疑う余地はない。

 

 エマに「中に居るのが捜し人か?」と確認するように顎で中を見るように促す。

 そして息を潜めながら中を見たエマは思わず涙声で叫んでしまった。

 必死な様子でアンリが拘束されている椅子まで駆け寄って行った。

 

「アンリ様!」

 

「え? エマ!?」

 

 ……本当にアホだな、コイツは。

 

「なんだきさまはぁ!?」

 

 流れるように近寄ったリドは、軽くエマの頭を殴る。

 涙目で「なにをするんだ」と見上げてくる彼女を無視して、リドは少しだけ開いていた木製の扉を完全に開いた。

 

「よう。部下は何度か送られてきたが、こうして目にするのは初めてだな。アルバノ・ガロア」

 

「どうやってここに入った!? わしの兵達はなにをしている!?」

 

 見たことのない炎髪の青年が急に部屋の入り口から現れ、アルバノは動揺を隠せていなかった。

 お楽しみの最中を邪魔されたから怒るのも当然ではあるが、屈強な警備を雇っていることで安心し切っていたのだろう。

 

「オマエの私兵から伝言だ。死者の国で待ってるってよ」」

 

 血まみれの服を見せびらかすようにしながら、リドはアルバノに笑いかける。

 軽いジョークのつもりだったが、アルバノの顔はみるみるウチに赤くなっていく。思い通りにいかないと癇癪を起こすという噂も本当のようだ。

 喚き散らすかと思えたアルバノだが、意外にも余裕そうに鼻をならしてからニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。

 

「あの無能どもめが。わしがいくら投資をしたと思っている! ……まあいい、わし自ら殺せばいいだけだ」

 

 アルバノは拷問道具の中にあったノコギリの様な物を持って口元を大きく歪めた。

 目の前の男はただ守られるだけの悪党ではない。アルバノはその怪力でも名が知られている。

 薬の過剰使用によって、筋肉が異様に発達している。

 金で人を雇うのは自分で行くのが面倒だからという理由が強いだけで、戦闘力はスラムでもトップクラスだ。

 

「リド……さま?」

 

 アンリという女がこぼす様に口にした名前が耳に入ったアルバノは、ぴくりと動きを止める。

 リドの方を見て、眉を顰めていた。

 

「リド……だと……? き、貴様。まさかあの【特区の悪童】リド・エディッサか?」

 

「そこのアンリという女も、オマエも、何でオレの名前を知っているんだ? オレはただの浮浪者だぞ」

 

 驚きを隠せていない様子の二人に、リドは思わず首を傾げる。

 

 戸籍があるのかどうかも怪しいリドの名前が、アルバノ、そして表の人間にまで知られているわけがないからだ。

 事実、アルバノとは今日が初対面だ。

 何度か私兵が送られてきたことはあれど、名前が知られているほど有名人の自覚はなかった。

 

「ただの浮浪者……? そんなわけがあるか! このスラムでキサマの名前を知らないものなど居ない!」

 

 アルバノは唾を飛ばしながら叫ぶ。

 ノコギリを握りる手が震えているため、何かリドに対して思うところがあるようだ。

 例えば送り込んだ部下がアートになって発見されたとか。

 大量に腕利きを送ったら全員オカマになって帰ってきたとか。

 ならばと裏ギルドを使ってリドに無茶な依頼を受けさせたら、難なく達成されたりだとか。

 

 屈辱に耐えかねて差し向けた凄腕の殺し屋連中が「私の主のアルバノ様は、最低最悪のサディスティックうんこ野郎です!」とスラムで一番広い空き地で朝から晩まで何日も喉から血を吐きながら叫ばされていたりとか。

 

「オレはそんなに有名人だったのか……」

 

 平穏に、敵を作らないように地味で目立たないように生きてきたつもりだったリドではあるが、その行動は異質だったようだ。

 社会の窓全開で街中を歩いていたような気分になり、リドは参ったな……と照れたように頭を掻いた。

 

「オレを知ってるなら丁度いい。ブロック肉になりたくなければそこの女を渡せ。オマエに興味はない」

 

 出来ることなら戦闘は避けたいのが本音だった。

 ここ数日何も食べていない為、体の調子はイマイチだ。

 体力を温存できるのなら、それに越したことはない。

 今までアルバノがどれだけの女を殺めてきたのかは知らないが、過去の罪を償えなどと言う気も、今を変えさせるつもりもなかった。

 アルバノだけにやめさせようと、似たようなことをしている奴は無数にいる。

 正義の前にひれ伏せなどという気はない。むしろリドも悪党側だ。

 

 今回のエマの依頼はアンリの救出。

 それ自体が達成できるなら、アルバノが生きてようが死んでようがどうでもいい。

 

 空腹を訴える腹をさすりながら無駄な戦闘は控えたいという意志を持ってリドは口にする。

 

 空腹のせいで、アルバノのそのブタ顔が食料にしか見えなくなってきていた。

 

「……キサマが居るせいで、スラムここを完全に支配できないというのに……」

 

 顔を真っ赤にしながらアルバノはなにかをぶつぶつと呟いている。

 

「いや、逆に考えればわしが今ココで殺してしまえば、このスラムを……」

 

 先ほどのリドの警告は聞こえていないのだろう。ブツブツと口にしながら思考を回しているようだった。

 

「おい、何一人で喋ってんだ? さっさとその女を渡せ……」

 

「――死ね!」

 

 何かを良い結論が出た様子のアルバノが、血走った眼でリドを見据える。言葉を遮って先制攻撃を仕掛けてきた。

 手に持ったノコギリは天井を切り裂きながらリドの頭部に向かって振り落とされる。

 何かに衝突して、空気が揺れるような振動がアンリやエマを襲う。

 その巨体に似合わない敏捷さで、リドの姿はあっという間に土埃に紛れて見えなくなった。

 

「リド!?」「リド様ッ!」

 

 アルバノの巨体に隠れて見えなくなったリドに、エマとアンリが切羽詰まったような声を上げる。

 二人の目には、ノコギリが頭部に振り落とされて土埃の中に消えていったようにしか見えなかった。

 リドが真っ二つになり死亡した映像が二人の脳裏に過ぎった。

 

「……ぐ、ぐふふ……これでわしの野望が……」

 

 アルバノは自身の勝利を確信して真っ二つになっているであろうリドを見下ろそうとするが、

 

「なっ!?」

 

 そこには何も居なかった。

 代わりとばかりに、アルバノの持っているノコギリが根元から斬られていた。

 

「エマ、これ返すわ。あとそこの女はオマエの主なんだろ? 邪魔だからさっさと椅子から解放して離れてろ」

 

 アルバノの不意打ちを苦もなく捌いたリドは、アルバノの後ろに移動していた。

 ノコギリを振り切った状態の彼を放置し、エマに声をかける。

 

 攻撃をされる前、アルバノの筋肉が躍動するのを瞬時に察知したリド。

 地を蹴って彼が突貫してくるのを目視で確認した後、エマの剣でノコギリを根本から切断。

 脇を通り過ぎるように背後に回り込んだのだ。

 常人には消えたように錯覚するほどの速度。

 

 そのままアルバノを豚コマにすることも可能だったが、何か面白いことを思いついた様子のリドは、敢えて追撃を仕掛けずに彼の背後を取るだけにした。

 

「あ、あぁ……だが、大丈夫なのか?」

 

 エマはリドが差し出した剣を困惑しながら受け取りながらも、心配そうな視線を送る。

 アンリを解放している時に二人が襲われればひとたまりもない。というのもあるが、今この場で優位を保てる武器を失うのはリドにとっても危険だろうという考えからだった。

 まだ動体視力が弱いエマにとっては、リドがアルバノの武器を破壊するのに精いっぱいに見えた。

 心配になるのも無理はない。

 

「怪力で有名なやつだからな、得物なんかこの場には無粋だろ?」

 

 リドは戦闘狂特有の凶悪な笑みを浮かべながらアルバノに向かい合う。

 その顔を見たエマは、「あぁ、この男は完全に狂っている」と思った。

 せっかく力自慢がいるんだから、身一つで闘ってみたいという無邪気な子供のような思考回路。

 

 戦闘を愉しむリド・エディッサという男はエマにとって狂人に映る。だが同時に、この男が敗北を喫する姿を想像できない自分がいることにも気がついた。

 故にこれ以上の言葉は不要と判断してアンリの拘束を解くことに集中する。

 

「――さあ、腕試しと行こうぜ」

 

 いまだに硬直しているアルバノにリドはそう告げた。

 その顔には、敗北などありえないという自信ではなく確信が満ちている。

 アルバノのこめかみに血管が浮き上がる。


「エ、エマ? リド様は大丈夫なのですか?」

 

 アンリが手足の拘束を解いてもらいながら、心配そうな様子でエマに尋ねた。

 エマはちらりと二人のほうを見てから、それ以来視線を向けることは無く拘束を解くことに集中する。

 解放に手間取れば、それだけ危険が増すからだ。

 

「まだ会って数分ですが、リドが敗北することはまずありえないことでしょう」

 

 エマはアンリに一切の迷いがない瞳を頼もしげに浮かべた。

 その顔にはやはり勝利を確信している人間の顔が浮かんでいる。

 

「…………」

 

 だがアンリはリド・エディッサという男が戦うところを未だ見ていない。

 ただ劣悪な環境で育ちながらも芯があり、人に優しく接することの出来る、心の強い青年というイメージだった。

 そんな所にアンリはどうしようもないほど惹かれてしまったのだ。

 そのため心配そうな視線を向けていた。


「貴様、わしと素手でやる気か? やはりスラム育ちは頭の出来が残念なようだな」

 

 そう言ってアルバノは両手を上に持っていき、プロレスラーのような構えを取る。

 パッと見の構え自体はダサいが、自分の全力の出し方を知っている男のようだ。

 

(なるほど。こりゃ並みのやつじゃ掴まれた時点で負ける、か……)

 

 パワー自慢らしい構えを見て、冷静に戦闘分析を行う。

 比較すればとても大柄とはいえないリドの身体と、巨漢という言葉が似合うアルバノ。

 

 闘技場で言えば、ライト級対ヘビー級が向き合っているかのような状況。

 

 全力の拳をまともに貰えば致命傷。

 掴まれた時点で骨が砕ける。

 

 だが、リドは拳も構えずその場に立ち尽くしていた。

 

「……ふんっ! 声も出せんか! 抵抗しなければ楽に捻り潰してやるっ!」

 

 アルバノの目にはリドが戦闘態勢を取っているようには見えず、それは恐怖に支配されて動けないからだと勘違いして距離を詰めた。

 

 両手で挟みこむ様にして身体を潰そうと両腕がリドの首に迫る。

 

 避けることは容易い。

 

 エマ達にとっては目で追えないほどの速度をアルバノは出しているが、リドの動体視力にとってはあまりにもノロ過ぎた。


 バゴッという重い衝撃音が部屋に響く。

 アルバノは手に確かな手ごたえを感じ、愉悦の笑みを浮かべる。そして胴体が折れているであろうリドを見下ろす。

 だがその姿が目に映った瞬間、驚愕に目を見開いた。

 

「……この程度か?」

 

 魔力によって淡く魔力回路が浮かんでいるリドの細腕が、アルバノの腕を真っ向から掴んでいたからだ。

 若かりし頃から怪力として名を馳せたアルバノにとって、今までの人生でまともに掴み合いをした相手なんて居なかったのだろう。

 

「うっ……ぐっ……!!」

 

 アルバノは両手に力を入れ、リドの手を握りつぶそうとするが、びくともしない。

 眉を動かす様子もなく、余裕そうなリドはこれ以上おっさんと手を繋ぐのは気持ち悪いというように軽く力を入れる。

 思わずアルバノはうめき声をあげた。

 力でも完全にリドが上だった。

 

「なぜ……どこに、そこまでの力がある……っ!?」

 

 手がメキメキと軋む音を上げていく中、純粋にリドに尋ねていた。

 アルバノは生まれながらにして人より筋肉の量が数倍あった。

 病気で異様に筋肉が付きすぎてしまうジストニアという病がある。

 生まれた時に難病を持って生まれてきたアルバノだが、筋肉がつきやすい事をプラスに考え、それを数多の薬剤投与により増幅していた。

 故に自身の力で握りつぶせない物はないという固定概念を持って生きてきた。

 

「……確かにアンタの筋力はすげぇな……流石にここまでは初めてだ。だけどな、オレは今まで何十回と腕の骨、足の骨を折ってきた。中身スカスカの木刀を金属で覆ったとしても、中身が硬い何の加工もしていない木刀のほうが強いのは当たり前だろう」

 

 リドは淡々と説明しながら腕の力を強める。

 身体強化魔法というものがあるが、中身が脆いものを強化したところでさして強度は変わらない。

 卵を強化しても精々地面に落ちても割れないくらいになるだけだ。それを投げても石にはならない。

 

 人間も同じ理屈だ。

 

 骨が弱ければ折れにくくはなってもアルバノの怪力は止められない。

 だが、日々のスラム生活で簡単に骨が折れ続け、体が環境に適応しようと働いた結果、常に頑丈になるよう変化し続けたリドの肉体は、もはや普通の人間の体ではなかった。

 

 それを魔力で腕を覆うようにドーピングすれば、怪物の拳すらも軽く受け取られるようになる。


 現在も連日何も食べておらず、力が入りにくいと感じるリドですら、まだ余力があった。

 

「簡単に言えば、格がちげぇんだよ」

 

 アルバノはリドのその言葉で生まれて初めて劣等感を感じた。自分だけの狭い世界で、脆い玉座の上に座っていたことを悟った。


 同時に喧嘩を売る相手を間違えたことも。

 

「ぐ、ぐっぞぉ!」

 

 アルバノは渾身の力を込めて叫びながらリドの両手から逃げようともがく。だが、リドは微動だにしない。

 巨漢の男の必死な抵抗に一歩も動かない。

 

「……もういい、このまま殺してもつまらん」

 

 リドはそう呟きアルバノの両手から手を離した。

 それを自分の抵抗の末に外させたと勘違いしたアルバノは、息を荒げながらもブタのような鳴き声で笑った。

 

「……ぐ、ぐふふ、リド・エディッサ……噂通りだ。いいだろう、わしの本気を見せてやる」

 

 そう言ってアルバノは先ほどとは違い、拳闘の構えを向ける。

 両手を胸の前で構え、足でステップを踏みながらリドを見据える。

 明らかに素人の動きではない。恐らくアルバノは過去に拳闘を習っている。

 

 リドも「付き合ってやる」とばかりに静かに構えを取った。

 左手を拳も握らず開いた状態で前に構え、右手は拳を握り腰横に。

 左足を前に出し、右足を引く。ステップも踏まずまったく動かない。

 リドの構えは一見隙があるように見えるものだ。

 

「――ッ!?」

 

 だが、アルバノが殴りかかろうとした瞬間、昔拳闘場で培った勘が告げた。

 

 ――どこに殴りかかっても反撃される未来しか見えないことを。

 

「くっ!」

 

 アルバノは思わずうめき声を出す。まったく動いていないにも関わらず額には汗が噴き出していた。

 

「……どうした? 先手は譲ってやるつもりだったが、仕掛けてこないのか?」

 

 リドは冷静に涼しい顔でアルバノを見据える。

 一瞬、リドの腰が沈む。


「ならこっちから行くぞ」

 

 ――そして次の瞬間にはその姿が目の前から消えた。

 

 敵の姿が消えたと同時にアルバノは直感の告げるままに地面に座り込んだ。

 正確には倒れ込んだといった方が正しい。

 

「…………」

 

 直後、ヒュンという風切り音が頭上から聞こえ、アルバノは恐る恐る上を見上げると壁の一部がケリの風圧で抉られていた。


 縮地によって肉薄したリドは、その場で勢いのまま跳躍してアルバノの顔を目掛けて回転蹴りを見舞った。

 だが尻餅をついたアルバノはなんとか攻撃を避けることに成功し、空を切る。

 足がブレるほどの速度で打ち込んだケリは風圧を伴って壁を抉り取った。

 

 その一連の流れを察したアルバノは思う。

 この青年は怪物の類いだと。

 

 一瞬でも戦えると思ったのが運のつきだ。アルバノは後悔に苛まれながら冷や汗を垂れ流す。

 

「ほう、避けられたか……いい感覚持ってんな」

 

 リドは砕けた天井から落ちてくる埃を肩に乗せながら、避けられたことに動揺するでもなくアルバノを見下ろしていた。

 実際は避けたわけではなく、躓いたようなものだったが、リドは心底楽しそうに嗤っていた。



「いつまでその直感が続くか愉しみだ」

 

 アルバノへ視線を向けて、今日最大とも言える顔を口元を凶悪に歪ませる。

 その顔を見た瞬間、アルバノの精神は限界を迎えた。

 

「ま、まっ、まってくれ! わかった! 女でも何でも好きにやる! 金だろうと屋敷だろうと何でも差し出す! 二度とキサマに関わらない! だから殺さないでくれ!」

 

 アルバノは下半身から液体を漏らしながら必死に懇願する。

 だが、警告を無視して一度相対した相手を見逃すリドではない。

 これで少しでも興味が惹かれることを言っていれば命までは助かったかもしれないが、極限の状態に追い込まれた人間の言うことを信用しても痛い目を見るだけだ。

 経験として見に染みている。

 だから温情はかけない。

 

「……最初に警告を無視して攻撃してきたのはお前だ。交渉を断ち切ったのもお前だ。だったら、最後までやるのが筋ってもんだろ?」

 

「まっ――」

 

 リドはアルバノの腹に全力で拳を落とした。

 ゴッという音の中に、パンッという破裂音が混ざり、内臓を破裂したことを確認する。

 口から地を吐き出しながらも、まだ息があるアルバノの心臓目掛けてもう一度拳を振り落とし、心臓が爆ぜる音を聞いて絶命を確認する。

 念のためと、手元にあった折れたノコギリで頭蓋骨をカチ割ってからエマ達のほうに振り返った。

 

「よし……さ、約束どおり飯食いに行くぞ」

 

 すべてが終わった清々しさと、久しぶりの飯に期待を弾ませ子供のような笑顔を向けるリド。

 そこには先ほどまで悪魔すら裸足で逃げ出すような凶悪な顔を浮かべていた痕跡は一切ない。

 

 だが、現実として目の前に肉塊となったアルバノの死体が転がっている。それを見て顔面蒼白になったエマと顔の前で手を重ねているアンリの心は一緒だった。

 

 今だけは食事のことを考えさせないでほしい、と。

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