第9話

 アルバノ・ガロア。


 旧市街地。通称スラムを実質的に支配している大悪党。

 元は奴隷商人として生計を立てていたが、中年期からは違法薬物、暗殺ギルドの運営などに手を出し、今は大規模な組織となった。

 富と名声を得たアルバノは表世界から隠れるようにスラムに屋敷を立て、部下に指示を出して利益を手にするだけのブタに成り下がった外道。

 

 年齢は初老に差し掛かるが、その性格は陰湿で嗜虐的。

 金で人を操り、薬によって得た怪力で人を簡単に捻り潰し、反発するスラムの腕利きを金で雇った用心棒や部下のアサシンに殺させているという。

 不用意にスラムに近づいた外の女を部下に拉致らせて、拷問を行った後に殺害するなど、その凶行は留まるところを知らない。


 正真正銘のクソ野郎だ。


 攫った女には様々な拷問を行い、目から光がなくなったところを犯し、無抵抗になった女の反応を愉しむ変態として評判だった。


 そんな悪党はスラムにゴロゴロ存在しているが、その中でも抜きん出ている存在。

 

「ま、そういうわけで、アンリとかいうエマの主人はまだ生きているはずだ。五体満足かどうかは保証できないが、今はせいぜい指先を切り落とされてる頃だろ。だから安心しろ」

 

 隣を走るエマにリドはアルバノの説明を終えて、爽やかな笑顔を浮かべながらサムズアップする。

 

「まったく安心できないのだが!?」

 

 エマは一連の説明を受け、顔を青ざめさせながら叫んだ。相当大切な人なのだろう。今にも気を失いそうな顔だ。

 五体が損傷していようと、生きてさえいれば充分だと思うのだが、エマにとっては腕が一本無くなった程度でも失神モノの出来事らしい。

 なぜそこまで他人のことに必死にされるのか、リドには理解できなかった。

 

「命ある限り儲けもんだ。コビデは半刻前って言ってたし、まだ選定中の可能性もある」

 

「……選定?」

 

 リドの移動速度に合わせるため、全力で走っているエマは若干息を荒げながらも、言葉の意味を聞き返してくる。

 決して速度は速くはないが、それでもずっと一定の速度で走っていると持久力の差が出てくる。


 旧市街地と言っても狭いわけではない。

 

 エルセレム帝国の旧市街地は、比率で言えば帝都全体の10分の1程度の大きさだ。そもそも帝都自体がアホみたいに広い。

 

 広い範囲にある旧市街地を、端から端まで入り組んだ地形を縫うように駆けているのだ、疲れもする。

 

「一年位前、オレのところにもアルバノの用心棒が来たから話を聞いたんだ」

 

「……一応聞くが、その用心棒はどうなった?」

 

「全ての関節を逆に折って観光名所になった」

 

 一時期、その用心棒は奇妙なオブジェとしてスラム内で有名になった。

 

 近代アートのような有様となったその男の前には立ち見客などが出来、スラムの子供たちの待ち合わせ場所としての役割を担うまでになった。


 死体回収業者たちですら、回収するのは逆に勿体無いと思うほどの出来だったのか、朽ちるまで半年間スラムの広場に放置されていた。


 孤児院で生まれ育ち、すぐにアルバノの闇ギルドに入れられた名前のなかったその男は、スラムの奴らから【逆足ジョニー】と呼ばれ名前を得ることができたのだ。

 

 今までスポットの当たらない人生を送ってきた男が、死後有名となれたのだ。きっと草葉の陰から暖かく見守ってくれているだろう。

 本人にとっても誇らしいことだ。違うか? ……違うな。

 

「……それで、選定とは?」

 

 不気味なオブジェを想像したのか少し顔を青ざめながら本題に戻すエマ。

 場を和ませる為、リドなりの小粋なジョークのつもりだったが、逆にグロッキーになってしまっていた。


「アルバノは攫った女を何人も飼っているらしい。その日の気分で女を選び、拷問するんだそうだ」

 

「であれば、アンリ様が選ばれていない可能性もあるわけか」

 

 エマは希望的な観測を口にする。

 本人もそんな可能性は微々たるものだと理解しているのだろうが、脳を正常を保つためには仕方のないことだろう。

 

 だが、下手な期待をさせるのはよろしくない。そんなエマのわずかな希望を握りつぶす。容赦はない。

 

「どうだかな。そのアンリとかいう女、王族なんだろう?」

 

「王族……いや、そうだな。皇族だ」

 

 エマは少し言い淀むが、リドの問いに頷いた。

 もはや隠す気もないのか、エマはしっかりと主人の立場を肯定した。

 

「ならまずいな。アルバノは嗜虐趣味らしいからな。気品高い女は早いうちから調教するだろうよ。気性の激しい女を屈服させるのは快感だからな」


 リドにもある程度そういう経験はあった。だからこそ「オレなら拉致ったその日に犯す」と口にした。

 エマが思わず顔に怒りを滲ませて「バカなことを言うな!」と説教してくるが、育った環境が違いすぎてリドにはなぜ怒られたのかわからなかった。

 

「まぁいい。どうせすぐにわかることだ。屋敷に着くぞ」

 

 リドがそういうと同時に、急に視界が開いた。

 

 今まで人が三人並んだ程度で窮屈になるような狭い路地ばかりを走っていたからか、強い開放感があった。

 

 そして視界の先には、とても朽ち果てたスラムにあるとは思えない豪華な屋敷が見える。

 

 屋敷を囲むようにランタンが灯っており、街灯のない真っ暗なスラムの中とは思えないような光景だった。

 まるでカジノのようにキラキラと輝いている。

 

「あれが、アルバノの屋敷か――?」


 デカい門の先には、屋敷の玄関まで真っ白な石畳が続いており、その道の横にはライオンの口から水を垂れ流し続けるプールのようなものまである。

 その屋敷は贅とはこれだとでも言わんばかりに、目に眩しいほど輝いて見えた。

 一代で財を成した者は、自身の贅を自慢したがる。

 貴族の出自であるエマですら見たことのない屋敷だった。

 

 思わず屋敷を見上げて立ち尽くしているエマ。

 リドは呑気に屋敷を見ている彼女の頭を抑え茂みに引きずり込んだ。

 

「何をす――ッ!?」

 

「喋るな」

 

 エマが激昂し叫ぼうとするが、その口をリドは声が周りに響く前に塞いだ。

 

 暴れるエマを抑えながら、茂みの奥に視線を飛ばす。

 

「いいか? ここは見回りの奴らも居る。見つかればオレはともかくオマエは間違いなく死ぬ。だからそのデカい声を二度と出すな。いいか?」

 

 初めて見るリドの真剣な顔にエマは目を見開く。

 その圧に押されるように、口を塞がれながらもコクコクと頷く。

 

 屋敷を観察していた時に見張りの姿をエマも確認したのだろう。

 

 ここはスラムの中核とも言えるアルバノの住居だけあって警備の人間は相当の手練れが揃っていた。

 

 殺人を屁とも思っていない人間達だ。醸し出す雰囲気を見るだけで背筋が凍るような化け物揃い。

 

 それに近しい雰囲気のリドが脅すように口にするのだ。素直に頷くというもの。

 

 すっかり大人しくなったエマの姿を確認して、塞いでいた手をゆっくりと離した。

 

「……ぷはっ。そ、それで、どうやって中に入るつもりだ?」

 

 止まっていた呼吸を可愛らしく吸い込んだエマは、言いつけを守り声を小さくして顔を見上げる。

  隠れて侵入するような場所があるのか? という意味だろう。


「この数の剣持ち精鋭相手に、素手で挑むのは厳しいな」

 

 見たところ門の周囲にも、中庭にも警備兵たちが居る。

 その全員が隠し切れないほどの血の匂いを纏っており、流石に素手の状態で囲まれて剣を振るわれれば怪我を負うだろう。

 どうしたものか、と考えたところでエマの腰についている剣が目に入る。

 

「オマエ、剣が使えるんだったか?」

 

 改めて警備兵たちを確認した後、エマの腰に下げられている剣を観察しながら問いかけた。

 

 話が急に変わってキョトンとしたエマだが、意味を理解して苦笑する。

 

「あ、あぁ……自信をなくしたばかりだがな」

 

「オマエより少しだけ強い敵が5人居ると仮定して、勝てるか?」

 

 その言葉にエマは硬直する。

 自分より強い敵、五人と戦って勝てるわけがないだろうという視線すらもむけてくる。

 この問いは言わば踏み絵だ。

 自分と同等以上の人間を相手にして、戦いの中で命を落とさず成長できるのか、という問いだ。

 失敗すれば数分と持たず命を落とす。

 

「無理だ……」

 

「だろうな。知ってた」

 

「――なっ!?」

 

「だからデカい声を出すな」

 

 バカにするような笑みを浮かべたリドに、激昂しそうになったエマは思わず声を出してしまう。

 慌てたようにリドはまたエマの口を塞ぐ。むぐむぐと苦しそうだ。


「ん? 誰だ? 敵対する気が無いのなら姿を現せ」


 流石に聞こえてしまったのか、警備兵が警戒するような声を隠れている茂みに投げかけてくる。

 

「エマ。一つ聞きたい。その剣は業物か?」

 

 真っ直ぐにエマの目を見て、リドは静かに問いかける。

 エマの腰に提げている剣は綺麗な装飾が施された水色の剣。

 装飾品としての価値は当然あるだろうが、剣の切れ味はまた別だ。

 手入れをしていなければ、どんな名剣だろうと紙すら切れなくなる。

 

「あぁ。我が家の家宝だからな。毎日手入れもしている」

 

 そう言ってエマは腰の剣が入ったホルスターを触って頷く。

 

 エマが剣を持って戦闘に加わっても命を散らすだけだ。

 

「――その剣、ちょっと借りるぞ」

 

 エマの腰から剣を勝手に引き抜いた。

 あまりに自然な動作過ぎて何が起こったのかわかっていないエマ。

 

「なにをする!」

 

 一拍遅れて腰に剣が無くなったことに気が付き、当然取り返そうとするエマだが、リドは剣を握って重さを確かめながら刀身を見る。

 

 真剣なその様子にエマは取り返そうとする手を止めて様子をうかがっていた。


「細いが重い。良い剣だ」


 この剣は恐らくかなり腕のいい鍛治師が仕上げた鍛造品だ。

 その時の所有者のために何度も打ち直され、形を変えてきた特定の形を持たない名剣だ。

 今は刀身が細くなっており女でも扱いやすく、使い方を身に着ければ数多の兵相手に立ち回ることの出来る剣。

 だからこそ先の対峙の時から、この剣を正統派剣術で振るっているエマに疑問を覚えていた。


「そこで何をしている!」


 警備兵の声が聞こえるが、無視してエマに言う。


「これは特殊な剣だ。オレがオマエにこの剣の正しい使い方を見せてやる。だから少し借りるぞ」

 

「特殊? リド、おまえは何を言って……?」

 

 エマの言葉に返事はしない。あとは見て学べと背中で語っていた。

 リドは門の前で声を荒げていた警備兵のほうへ飛び出す。

 

 剣というのは所有者の魂と同義だ。剣を大事に扱わない剣士は居ない。

 だからこそ、この剣を扱う最適な動きをエマに見せることによってレンタルの代金を支払う。


「貴様、ここが誰の屋敷なのかわかってるのか!?」


 アルバノはスラムでは有名だ。

 

【特区の悪童】という異名を持つリドよりも名が広まっている。

 そんな人間の屋敷に正面から堂々と侵入する人間なんてそうそう居ないだろう。

 

 名前欲しさにやらかす身の程知らずの馬鹿くらいだ。

 その尽くを退けてきた百戦錬磨の警備兵はリドが構えた剣を見て、声を張り上げながら慌てて自分の剣を腰から抜こうとするが、


「――だからさ、オマエら声でけぇんだって」


 相手が剣を構える前にエマの剣を突き出して心臓に一突き。突き刺したまま、剣に魔力を纏わせる。


 刀身が薄く発光した瞬間、地面に剣を叩きつけるようにして振り抜き、胸から下の胴体を真っ二つにする。

 切れ味が段違いに変わったことを確認して、自分の目に狂いがなかったことを実感した。

 

 この剣は魔力伝達率が非常に高くなっている。

 

 この剣自体も業物ではあるが、切れ味が鋭いということは、同時に刃こぼれをしやすいということだ。

 

 鎧を着た敵を斬るには、刀身に魔力を纏わせて強度と切れ味をあげる必要がある。

 

 そうすることで鋭さも太刀筋の速度も大きく変わる。

 まだエマが知らない技術だ。


 斬られた男は胸像のように地面の置物になっていた。

 弱者を殺して生き残ってきた男と、常に強者と戦い、自身より強い人間と立ち合い続け、遂にはスラムに巣食う魔物を打ち倒した男とでは格が違う。


 屋敷の中にまで男の断末魔が響き、何事かと屋敷の中から何人もの男が出てくる。

 その数ざっと10人。

 口々に何かを叫び、剣を構えてリドに向かって走ってくる。


「だからさ、うるせぇんだよ。今腹減っててイライラしてんだ。頭に響くその声を止めろ」

 

 剣に付いた血を剣を振ることで飛ばす。向かってくる敵を見て久しぶりに血が滾るのを感じる。


「――黙らねぇなら、声出せねぇようにしてやるよ」

 

 今のリドの目は煌々と輝き、見るものをゾッとさせるほどの笑みを浮かべていた。

 

「あ、悪魔だ……ッ! 特区の悪童だッ!」

 

 指揮官のような一番後ろに居る男が、リドを指差して声高に叫ぶ。

 失礼な奴だ。殺すのは最後にしてやろう。


(剣を握ったのは久しぶりだ……)


 数年ぶりに握った剣は、名剣ということもあるが予想以上に手に馴染む。腕が鈍ってはいない様だ。

 目の前の敵を排除しようと斬りかかってきた男の剣を、体の軸を移動させるだけで避け、がら空きの脇腹から脳天を貫くようにエマの剣で貫く。心臓を潰した感覚を感じながら、念入りに引き裂く。

 肺を切り裂かれながら背中から地に落ちた男は声を出す猶予もなく絶命する。

 

 次の男も斬りかかってくるが、リドは縮地という距離の詰め方を使って接近する。

 時間の流れに取り残されかのように、接近を許した敵は、いつのまにか目前に現れたリドを見て、剣を構えたまま呆然としてた。

 容赦なく男の心臓を突き刺し、お仲間と同じ末路を辿らせる。

 

 パフォーマンスのように行うこの派手な殺し方の良いところは、首から下の胴体のみを切り裂くため、被害者は死ぬ寸前まで痛みを感じ続けるところにある。

 脳を潰さなければ数十秒は意識を保っている。

 

 そしてなにより、見たものを恐怖させる殺し方だ。数を重ねるたび。少しずつ敵の戦意を削げる。

 

「くそっ! 同時に斬りかかれ! 数で攻めろ!」

 

 少し離れた場所で多少は頭の切れる男が指示を出した。

 その声を聞いた五人はリドを囲むようにして逃げ道を塞ぐ。一拍置いて同時に斬りかかってくるが、


「……脆い」


 後ろにいた男に蹴りを入れてふっ飛ばし、同時に斬りかかってきた四人の剣を跳躍することで躱す。

 四人の剣は交差するように混じり合い、キンッと金属がぶつかり合う音を立てた。

 そのまま鍔迫り合うように剣を重ねていた男たちの剣を足場にして着地したリドは、そのまま四人の首を刎ねた。

 返り血で全身が真っ赤に染まる。


 魔力を纏わせることによって切れ味が増した剣は、骨だろうと容易に切り裂く。

 飛んだ頭蓋骨が地面に落ちる鈍い音だけがその空間に響いた。

 

 地面に四つの首が落ちるのを背後で確認しながら、背後の蹴った男に接近する。


 目の前で無情にも殺すことで司令官に畏怖の感情を抱かせ、情報を喋りやすくさせる為だけに生かしておいた男。

 

 情けなくも命乞いの言葉を口にする男の胸に容赦の欠片も無く剣をつき立てた。心臓を貫かれ、その男は口から吐血し、口からブクブクと血の泡を吐き出しながら絶命に至る。


「こいつ、化物かッ!?」


 指揮をしていた男は口元を引き攣らせ、驚愕に目を見開く。

 傍から見れば、剣の閃光が一瞬煌めいたと思ったら四人の首が地面に落ちたのだ。

 そして、唯一生き残っていた男も、容赦なくその手にかけた。


 この一連の流れは特別に意識してやっているわけではなく、長年の戦闘経験の果てに得た癖のようなものだ。

 自分ではどう足掻いても勝てない、抵抗すれば容赦なく殺されると周りに認識させるためのパフォーマンスだった。


「つまらんな……」


 もう少しだけ楽しませてくれると期待していたのだが、どうやら外れを引いたようだ。

 退屈な作業に嫌気が差した子供のようにため息を吐くと、近くに転がっていた剣を拾い上げ、指揮官の男に投擲した。

 

 ヒュンッと空気が切り裂かれるような音を上げて真っ直ぐ標的に飛んで行った剣は、指揮をしていた男の腹部に深々と突き刺さった。


「ぐああぁああああッッ!!」

 

 指揮官は突然腹に剣が生え、悲鳴を上げながら地面に崩れ落ち、痛みに呻いた。

 

 残りの数は3人。

 

 恐怖で二の足を踏んでいる男たちに向かって、地面に落ちていた生首を二つ掴んだリドは全力でぶん投げる。

 急に目の前に現れた知り合いの生首を見て固まった男は、そのまま顔に生首をぶつけて痛みに蹲った。


 大量の血で視界を潰され、頭蓋骨にヒビが入ったのか足が浮くような感覚を覚えて、男二人は立てない様子だった。

 最後に見た光景が仲間の生首というトラウマもある。


「なぁオマエら、骨刀って知ってるか?」


 肋骨らしき物を二つ拾ったリドは、剣で鋭利に削りながら蹲っている男たちに近寄っていく。


「な、なんだ!? やめ、やめろ! やめてくっ!? ……」

「聞いてないぞ、俺は、こんなこヒュっ!? ……」


 二人が何かを言い終わる前に、リドは容赦なく仲間の骨で作った剣を胸に突き刺した。

 肺を潰されて呼吸ができなくなり、男たちは口から逆流した血を吐き出して動かなくなった。

 

 最早これは戦いではなく処刑だった。抵抗できるものはこの場に居ない。

 息をしているのは、股を血と尿で濡らして地面でのたうち回る指揮をしていた男だけだ。

 

 地面で呻いている指揮官の男に歩み寄っていく。

 

 その男にとっては死神が迫ってきているように感じられるだろう。事実、今のリドは死神と変わらないほどの戦力差を持っている。

 

「ここに居るヤツらで戦えるのはオマエらだけか?」

 

 男の腹から生えている剣を捻じりながら問う。

 

「グガァァアアッ! はぁ、はぁ、そ、そうだ! もうあんたに歯向かうやつは居ないッ! 俺はもう抵抗しない、だから……だから命だけは……頼むッ!」

 

 男は激痛に耐えるように脂汗を浮かばせて、必死に命乞いをしてくる。どうやら嘘をついているわけでは無さそうだ。

 体を内側から抉られる痛みに耐えられる人間はそうは居ない。

 

 この状況で嘘を吐くメリットはないだろう。

 

 だが、情報を吐いた時点でこの男を生かしておくメリットもこちらにはなかった。

 

「残念だが、お前はもう助からない。だから、せめてもの善意で一瞬で楽にしてやる。感謝しろ」

 

「な、なにを――」

 

 何かを言おうとした男の首を胴体と分離させる。物言わぬ肉塊となった。

 飛んで行った首の目は、なんで? と問いかけてきたように感じたが、すぐに瞳から光が消えた。

 

「……ふぅ」

 

 警戒を解くように息を吐きだしたリドは血で染まった屋敷の庭を見渡して生きているものがないことを確認する。

 胴体と頭が離れている者。腹が真っ二つになって内臓が飛び出している者。

 凄惨な殺人現場の空気が漂っていた。

 

「エマ、もう出てきていいぞ!」

 

 正門側に向かって声を張り上げる。ここまでしてしまえば、もうコソコソと隠れる必要はない。

 

「……おまえの戦い方は、なんというかアレだな……」

 

 今にもマーライオン化しそうな表情のエマが、口元を押さえながら、ゆっくりと茂みから顔を出した。

 普段は凛と引き締まっている美しい顔は、見事に引き攣っている。

 明らかに自身より格上の男達が、傷一つ付けることも叶わず蹂躙されていったのだ。当然と言えば当然である。

 

 一言目は殺人という行為を咎めるモノかと思ったが、意外にもエマに甘い考えはなかったようだ。少し安心する。

 

「よく言われる。それより、アンリとかいうのを見つけるんだろ? オレはその女の顔を知らねぇから、屋敷の中を片っ端から探すぞ」

 

「ああ……」

 

 エマは口元を押さえながら極力死体を見ないように歩いてきた。

 時々歩く軌道を変えるのは飛び散った肉片でさえも踏まないためだろう。

 

 全身に付着した大量の返り血をそのままにしているリドに、エマは目を背けながらもハンカチを手渡す。

 それを首を傾げながら受け取ったリドは、剣の汚れを拭いたが、そうではない! と言いたげなエマを見て、再度首を傾げた。


 呆れたように肩を落としたエマに背を向けて、屋敷の中へ足を進める。

 エマも肉片を避けながらリドの後を追う。

 

「そんなんでよく騎士とか名乗ってるな……」

 

「放っておいてくれ、まだ死体を見慣れていないのだ……」

 

 騎士である以上、国家の敵は殺さなければならない。

 しかしエマはまだ学生と言っていた。殺しの経験はまだないのだろう。

 

 道理でこの剣の本当の使い方を知らなかったわけだ。

 慎重に亡骸を避けるエマを放置して、リドは屋敷の玄関を潜った。

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