二章、友達
「え。あんた生きてんの…?」
赤髪の少女が人魚を抱き抱えた優弥をみてそう言葉を吐いた。
それはある晩の事。
シエルが即席で作った筏を引いてくれたおかげで、優弥は無事帰郷することができた。
辺りは既に暗くなっており、彼女の姿を晒さないようにこのまま人通りが少なくなるまで身を隠した。
それから優弥はシエルの足を自分の服を巻いて隠すと彼女を抱き抱えて走り出した。
自分は捜索中の身であったらしく、運悪く知り合いに捕まってしまったが、幸い彼女が人魚ということはバレなかった。
が、彼女の格好が両の胸に胸当てのようなモノをつけているだけであるため、危ない水着をきているように見られてしまった。
会話の後、優弥はその手に抱える少女の変化に気づき、彼を焦らせた。
走り出して十数分。
優弥はとある家の前に立った。
表札には『九城』と書かれており、優弥はインターフォンを鳴らした。
すると出てきたのは赤髪の小柄な少女。
『九城みさき』。
出発前にシエルが聞いた話では優弥の幼馴染であるらしい。
「えっ…あんた生きてんの?」
目の前に立つ人物をみて、みさきは驚いた表情を浮かべた。
「あんたが、乗ってたはずの船がやっと戻ってきたかと思ったら、海に投げ出されたって聞いて…もう大騒動だったんだから…ってなにそれ。」
早口で優弥に言葉を投げかけるみさきだったが、優弥が抱き抱える桃色の髪の少女に気づいた。
「綺麗…。でもすごい格好…。ほぼ裸じゃない。痴女…?」
「実は…この子は」
優弥はそういうとシエルの足元を隠していた布を取った。
「えっ…ちょっと何?人魚…のコスプレ?にしてはぐったりしてるけど大丈夫!?」
優弥が抱える桃色の髪の女性は、意識が無く、青白い顔をしていた。
「本物の人魚だよ。無理をさせ過ぎた上にもう長いこと陸に上がってる。風呂を貸して欲しい。」
「えぇ!?ちょ…っこっちは色々整理ついてないのよ!?」
「後で事情はちゃんと話すから頼む!」
優弥が頼み込むと、みさきは「はあー…」と息を漏らして道を開けた。
そして二人は慌てて風呂いっぱいに水を貯めると、そこに意識を失ったシエルを入れた。
「それで…、詳しい理由を…と思ったんだけど、あんた一度帰った方がいいんじゃない?」
「え?」
「だってあんたは今捜索中の対象なのよ?連絡しなきゃいけない場所があるんじゃないの?…どこかは知らないけど」
みさきはそう言ってスマホの画面を見せつける。
『行方不明の男性、未だ見つからず。捜索は絶望的か。』
と言う見出しに、細かい文章と優弥が転落した船の写真が写っている。
「…まあ、そうだよな」
「それに純粋に臭い。磯臭い。風呂に入ってきなさい。…それまでこの子は見ててあげるから」
そうみさきに睨まれた優弥は、少しの前考えたあと「その子の事、誰にも言わないでくれ」と言って走り去って行った。
しん。と静まる家。
「言えるわけないでしょ…幼馴染が人魚を連れて帰ってきたなんて誰が信じるのよ…」
優弥の背中を見送ったみさきは、一呼吸挟んでそう言葉を漏らすと、風呂に浸かっている人魚の少女へと視線を向けた。
相変わらず意識はないものの顔色は良くなっている気がした。
御伽話の存在が実在してるなんてありえないでしょと思いながら、上半身と下半身の境目を触ってみたり、ゆらゆら動くヒレを摘んでみるもそれはどう考えても人工物ではなかった。
このままでいいのか…?そう頭を捻るみさきだったが、その時目の前の人魚が目を開いた。
「「あ。」」
お互いの視線が重なる。
みさきはどう話しかけるか迷ったがシエルが口を開いた。
「あわわ…私、意識を失って…それから…ええと、貴女は…?」
ぐるぐると辺りを見渡すシエル。
その後すぐに目の前の人物に気づき問いかける。
「私はみさき。九城(くじょう)みさき。優弥の幼馴染よ。…ま、私の方が年下だけど。貴女は?」
「あ、貴女が…。私はシエル。人魚です。」
「うん…まあ、みれば分かるわ…。…優弥なら貴女をここに連れてきた後一度自宅に帰ったわ。すぐ戻るとは思うけど。」
「そうでしたか。」
「…そのまま待つのもなんだし、せっかくだから貴女から何があったのか、教えてくれない?私事情が飲み込めてないのよ。」
そう言うとみさきはその場に座り、シエルと向き合った。
その姿を見てシエルは自分が何処から来て、優弥と出会い、今までの経緯を彼女に話した。
「異世界の人魚…ねぇ。まあ、こっちじゃ人魚なんて絵本とかフィクションの代表みたいなもんだし…」
「ふぃくしょん…?」
「んー、夢物語というか、空想話というか、悪く言うならあり得ない話…みたいなカンジ」
「く、空想…」
「でも、目の前にいるのがいい方の人魚で安心したわ。こっちの世界の人魚って化け物だった説もあるし。」
気さくに応答してくれるみさき。
シエルはそんな彼女を見て疑問が浮かんだ。
「あの、随分と適応が早いですね…。優弥さんから聞いてた話では普通の人なら私を見たら動揺すると…」
「んー?いや最初見た時は動揺したし、今も100%信じたわけでもないし、なんなら実はコスプレで無知な人魚のフリをしていました〜。なんて言われたら本気で殴るけど。」
拳を作って目の前の人魚を見つめるみさき、シエルは首をぶんぶんと振って、そんな事はないと否定する。
「なら、もう徐々に受け入れていくしかないでしょ。…アイツの言うように大衆に貴女を晒すわけにはいかないし。」
「やっぱり、陸の人と私は共存できないのでしょうか。」
「ま、難しいでしょうね。欲に目が眩んで余計な事をする人間も多いから。貴女の存在はなるべく知られてはいけない。…とりあえず今は」
「今は?」
優弥と同じ反応をされて顔を俯けようとした瞬間、みさきが再び言葉を紡ぐ。
「アイツが、優弥が何とかしてやるって言ったんでしょ?だからわざわざ連れて帰った。見栄を張って約束してきたんだからあんたはアイツを信じて責任をとって貰えばいーの。」
みさきはシエルの鼻を突きながらそう言った。
「言ったのはアイツ、貴女を期待させたのもアイツ。だからもし貴女の期待を裏切るような真似をしたら引っ叩きなさい。」
なんなら私が殴るわと言って、笑うみさき。
シエルはポカンとした表情で彼女を見つめる。
「ま、まあ、…私も助力はしてあげるから…できる範囲で…。」
それを聞いたシエルの表情はまるで花開いた蕾のように明るく変化し、歓喜のあまり彼女はみさきの手を取った。
「みさきさん!!嬉しいです!!…こ、これがもしかして友達…?友達ですか!?みさき『ちゃん』とお呼びしても!?」
「ああん!もう!飛躍しすぎ!熱が入りすぎ!!」
そう言うみさきだったが掴まれたその手を振り払う事なく、シエルのその手を少し握り返した。
この日初めて、シエルは友達ができたのだった。
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