一章、出会い。
『七瀬優弥』は夢みがちな大学生。
正義の味方に憧れ、亡き祖父から聞かされた『いずれこの地に来る災い』を信じて、存在するかもわからない異世界の研究をしている。
この日、彼は研究で赴いていた先から、故郷に帰る為に船に乗り込んでいた。
天気は晴れ。
水面は澄んでおり、誰もが安心して船が到着する時を待っていた。
しかし、突然の大嵐に巻き込まれてしまい、優弥は子供を助ける代わりに海に投げ出されてしまった。
押し寄せる波は高く。
足掻いても足掻いても息ができない。
そして力んだ末に、足を攣ってしまい優弥は死を覚悟した。
誰かを助けて死ねるなら、まだいいか。
本心ではない。
だが、もう足掻くだけ無駄かもしれない。
そう想い、意識を失ったのだった。
だが、彼は生きていた。
救われたのだ。
目の前の女性…人魚に。
「人魚…?本物の…?御伽話でしか聞いたことがないぞ…」
「あわわ、ご先祖様が陸と関係を絶って数千年と聞きましたが、陸ではそのような存在になっているのですね…」
数千年。
という言葉が優弥には引っかかったがそれよりも目の前の存在とコミュニケーションが取れることが衝撃だった。
「キミは日本語がわかるのか?」
「日本語…?ああ!この言語の事なら貴方の記憶から学ばせていただきました。言語のキャプチャー魔法は陸では基本ではないのですか?」
「魔法!?」
この世界では聞き慣れない、その言葉に優弥は食いついた。
「君はどこから来たんだ!?」
「何処って…海の中にあるサテラという国で…でも人間に見つからないように結界があって…あっ。」
人魚の存在は陸の人間は知らない。
口を滑らせた事に気づいたシエルは手で口を隠すが、優弥は腕を組んで考え込んでいた。
「人魚の国に…魔法…結界…。…なあ、君はひょっとして異世界人か?」
「異世界?」
「ああ、ここではない。別の世界。君はそこから来たんじゃないか?…何か最近思い当たる節はないか?穴に落ちた…みたいな」
「ええと…そ、空にできた渦に吸い込まれた…ような?」
それを聞いた優弥はなるほどな。と呟いた。
「それはきっと時空の穴なんだろう。それだけの力だ、事前に近くで何か強大な力が発生したんじゃないか?」
「あ、天変地異…。人魚の国も地割れや過度なマナの発生でトラブルが起きて、そこで私は逃げ出して渦に…」
「そしてこちらの世界では、その影響で何の前兆もない嵐が発生した…と…まあ、一応話は繋がったな。」
それから二人は言葉に詰まり、無言の間が続く。
「…何にせよ。この波が鎮まったらここから離れないとな。せめて人のいる島に…」
そう言ってあたりを見回した優弥。
そこは正しく無人島。
命は助かったが、物資のないこのままでは生きていけない。
「だったら私がまたあなたを連れて行きます!」
スマホを落とした為連絡は取れないが不幸中の幸いか、彼が研究用に使っていた端末が生きており、自宅に置いてきた『ある物』の反応を辿ることで家への方角だけはわかった。
残る必要な物は移動方法…。
「…すまない。それしかなさそうだ。」
優弥のその言葉を聞くとシエルは、はいっ!と大きく答えた。
その反応をみて、「ありがとう。シエル。」と呟いた優弥はふと自分の自己紹介がまだだったことに気づいた。
「…と自己紹介がまだだったね。俺の名前は優弥。七瀬優弥。独学で異世界のエネルギーを研究してる学生だ。よろしく。」
そう言って手を差し出す優弥。
人魚の世界に握手なんてものはないのか、シエルはその手を見て目を丸くしたが、なにかを察したかのようにその手を掴み返した。
…
それから二人は一夜を共にする事となった。
嵐は過ぎ去り、濡れた服を乾かす為になんとか火を起こし、シエルが取ってきた魚で空腹を満たした。
…人魚として、それは大丈夫なのか、と気になった優弥だったがあえて聞かないようにした。
命の恩人であるシエルに優弥は礼をしたいと言ったが彼女は
「陸の世界を教えてください。」
と一言だけ答えた。
そんな事でいいのか?と思った優弥だったが、意外にも当たり前だと思っていた事を0から話すことは難しい。
拙い言葉で、陸には何があってどんな人がいるのか説明する彼の言葉を、シエルは目を輝かせて聞いていた。
「はぁ〜。素敵…。やっぱり、何もかもが海の世界とは違う…。」
「君のいた世界の陸の暮らしとは違うかもしれないけど、俺たちの周りはそんな感じだな。」
「私、その学校というところに行ってみたいです!沢山の子供達がいて、沢山学んで、沢山の友達ができる…。夢みたいな場所ですね」
目を細めて黄昏るシエル。
優弥は「人魚の国には学校がないのか?」と問いかけるとシエルは小さく横に首を振り
「学びの場がないわけではないのですが、私達人魚は子供があまり多くはなくて…。地上の人間より長寿なのも理由かもしれませんけど。」
と、もの寂しげに答えた。
「そうか…」
やはり、生物として違う部分があると考える優弥。彼女が会話の中で漏らした陸と海の世界の話で隔たりがあったことも頷ける。
それからしばらく、他愛のない会話をしたあと、優弥は『今後』の事を彼女に問う。
「シエル。君はこれからどうするつもりなんだ?」
何かに巻き込まれてここに居るのであれば彼女は帰る手段がないはずだと彼は思った。
「そうですね…。せっかく国から出られたわけですし、陸の方達と親睦を…」
「それはやめておいた方がいい。」
彼女の言葉を遮って優弥は言った。
「どうしてですか?私の夢だったんです。それが叶うというのに。」
「その夢は夢のまま胸にしまっておくのが一番だ」
「何を…」
「君の思っているほど陸の世界は平和じゃない。
確かに君を保護してくれる話のわかる人もいるだろう。でも、そうじゃない人間も沢山いる。」
彼女が大衆の前で姿を現す事による騒動は目に見えて分かる事だった。
きっと世間知らずな彼女を騙して、私利私欲に扱う者だっている。
そうなれば彼女の夢や憧れはドス黒く塗りつぶされてしまう。
「陸には君の居場所はない。」
優弥の放った一言はシエルの胸を鋭く貫いた。
目を丸くする彼女の頬には涙。
彼自身傷つけるつもりはなかった。
命の恩人である彼女に不幸になってほしくはなかった。
「なら、私はどうすれば…孤独で生きていくしかないの…?」
俯くシエル。
それを見た優弥はグッと拳を握った。
孤独。
元の世界に帰れない以上、人魚の仲間と再会することはできないだろう。
静かな冷たい海に残された彼女はどうなるのか。
優弥は、考えたくなかった。
「残念だが、今の陸には君の居場所はない。…でも…その居場所を俺が作る。」
その言葉に、シエルははっと顔を上げた。
無責任な事を言っているかもしれない。でも優弥はそうしたいと思って彼女を見つめてしっかりとそう答えた。
彼のまっすぐな眼差しを受けてシエルは胸に宿る熱い鼓動に気づいた。
(あっ…きっとこれが…恋…?)
こうして人間の青年と人魚の少女の出会った一日は過ぎて行ったのだった。
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