第一幕、プロローグ

序章、異世界の人魚姫

それはここから手の届かないほど遠い世界の、さらに誰にも知られていない海の中の国のお話。


そこには人魚という種族の者たちが暮らしており、かつての戦争でできた溝から陸の人間達とは縁遠い生活をしていました。


人魚達は誰もが陸の世界に良いイメージを持っておらず、陸の人間達からも人魚は御伽話の存在とされるほど交流はありませんでした。


そんな人魚達の中で、珍しく陸へ興味を持つ少女が一人いました。

名はシエル。

この人魚の国の女王様の娘…つまりはお姫様です。

彼女は好奇心旺盛で、物語を聞くことが好きな夢みがちな少女でした。

中でも、小さな頃に耳にした陸の世界の恋愛物語が好きで彼女は陸に、人間に強い憧れを持っていました。

しかし、人魚の国はは閉鎖的で、陸の人間達は人魚が実在することを知らないほど外交がなく、その上、彼女はお姫様である事から国を出るどころか、海上に顔を出した事すらありません。


「一度でいいから陸の世界を、人間の世界を見てみたい。」


幼い頃に陸の世界の物語を聴いて以来、シエルはそう想い続けていました。


ある日、陸の世界で起きた大戦争により地殻変動が起きて人魚の国は大混乱。

女王様は原因を探りに国を留守にし、家臣も民を宥めることに手一杯。

国の監視もままならない状況をみて「チャンス」と思ったシエルは好奇心に身を任せて国を抜けだし、海上に顔を出しました。


見たことなかった海の上の世界。

見渡す限りの水平線と、何処までも続く空の青。

シエルはその胸に感動を覚えましたが、すぐにそれどころではない事態が起きていることにも気づきました。


そこには浮遊する大陸が空にできた渦に飲み込まれるという光景が目に映りました。


「これはどういう現象なんでしょう?」


信じられない出来事に目を輝かせる彼女でしたが、肥大していく渦はやがて辺りの海水をも呑み込み、それに巻き込まれる形でシエルもその渦へと飲み込まれてしまいました。


意識を失ったシエル。

彼女が次に目を覚ました時は、幸い海の中。

しかし、彼女は見たことのない魚達や触れる水の感覚、そしてマナを感じられないその海から自分がいた海ではないという事を認識しました。


知らない海を彷徨い、遭遇したのは急激に荒れる海、そこから顔を出した彼女は衝撃的な光景を目にしました。


それは一隻の船。


聞いていた話とはすこし形は違うも、そこには人が乗っており彼女は初めてみた人間の姿に目を輝かせました。

けれど、船は大きく揺れており乗っている人達も悲鳴をあげており、人間を知らない彼女でもそれはただ事では無いことだけは判断できました。


『人間は海では生きられない』


その言葉を思い出したシエルは自分に何かできないか。そう考えていると、船から子供が海に投げ出され、一人の青年が間一髪でその手を掴んで引きあげようとしている状況へと陥っていました。


「頑張れ、俺が絶対助けてやる!」


そう青年の声が聞こえ、船に乗っている人達はその子供を青年と共に引き上げることに成功しました。

…しかし、重さでバランスを崩した船は、代わりとばかりに青年を振り落とし、青年はなす術もなく転落したのでした。


「彼を助けなきゃ…!」

シエルは沈みゆく彼を抱き抱え、海上へ顔を出すと、去ってしまった船から振り落とされたであろう浮かぶ円盤に彼を乗せて陸地を探しました。


彼を気遣い泳いで数十分。

ようやく陸地を見つけた彼女は、彼をなるべく海から遠ざけた場所に寝かせると、彼の様子を見守りじっと目を凝らす、幸い呼吸があり、生きていることが確認できた事を喜んだ彼女は初めてみる人間の姿に胸を高鳴らせました。


「これが…人間…の男性…」


思わず彼女がそう言葉を発すると、それに応えたように男性は苦しそうに咳き込むと同時に目を覚ましました。


「俺は…助かったのか…?」


そう言葉を漏らす青年。

しかし自分の隣にいる女性に気づき、驚いた表情を浮かべた。


「君が俺を助けてくれたのか?あの状況からどうやって…」


あの状況から助かる方法は運良く流れ着いたとしか考えられない、そう考えながら青年は不思議そうにシエルを見つめる。

…すると自分と彼女の姿が大きく違っている事に気づく。


人間となんら変わりのない上半身、しかし__下半身は魚のような形状をしていた。


「うわあ!?そ、その足…君は一体!?」


初めて見た人魚の姿に、青年は後退りながら彼女に問いかけた。


「はじめまして、陸の方。わたくしはシエル。海の国の人魚です。」


驚く青年の前でシエルは上品に礼をする。

その姿を見て目を丸くして硬直する青年。

こうして異世界から流れ着いた人魚の少女『シエル』と、正義の味方に憧れる青年『優弥』は巡り会ったのでした。


はてさて、二人の運命の歯車はどうまわっていくのでしょうか…。

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