第3章 騙された女

第7話 銀貨1枚の重み

Side:ウメオ

「これなんか良いんじゃない」


 殺しの会合で女領主が依頼票を指で滑らせて、抜き出した。


「リリム姉、いえ女領主さん、悪い男に騙されたというだけなら他にもいるわ」

「分かってる。でも助けたい」


 悪い男に騙されて娼婦として売られた。

 よくある話だ。

 神としての勘が賠償を取れないと言っている。

 たぶん合意の上で男に貢いだのだろう。

 その時は納得してた。

 それから地獄だったからといって、同情は出来るが取れないものは取れない。


 結婚の約束でもしてたらまた別だが、貢ぐのに自分を売ったのに、男が結婚の約束をするはずない。


「前金は銀貨1枚」


 ギルド職員がそう言って銀貨をテーブルの上に置いた。

 銀貨1枚というと前世の感覚では千円だぞ。

 千円で殺せと言うのか。

 決められた依頼金の金貨6枚60万円でも高いとは言えないぐらいだ。


 だが、金額の多寡ではないことも分かっている。

 娼婦が出した銀貨1枚は、心と体を削って作った1枚だろう。

 だから、なおさら出来ないのに出来るとは言えない。


「分かったわ。誰も受けないなら、私が受ける」


 そう言って女領主が銀貨を拾った。


「分かっているのか。賠償のサポートなしだぞ」

「レベル35は伊達じゃないわ。きっとできる」

「分かっているならいい」


Side:リリム

 ターゲットは娼婦の身請けをする予定の変態鬼畜じじい。

 そして娼館の持ち主、騙した男。

 まず、見受けから潰す。


 私は変態鬼畜じじいの工房の扉を開けた。

 工房では全裸の女達が喘いでいる。

 最低な趣味ね。

 女の心を壊して従わせるなんて。


「ひょひょひょ、これは美しいお嬢さんだ。わしのコレクションに加わりたいのかな?」

「一騎打ち所望つかまつる。【鋭刃】【斬撃】」

「【媚薬生成】」

「あっ」


 私の心は淫靡な思考で埋め尽くされた。


「ひょひょひょ、堕ちないか。【媚薬生成】、どうじゃな」

「ぐがぁぁぁぁ」


 私は舌を噛んで、淫靡な思考を強引に振り払った。

 唇から血が一筋垂れる。

 くっ、変態じじいを甘くみてた。

 一時、撤退よ。


「はあはあ、追っ手は来ないようね」

「ほら、言ったこっちゃない」


 ふり返るとウメオがいた。


「ウメオ」


 私が心配でここに来たのね。


「お前が死んだら、お前の魂に賠償スキルを使わせるつもりだった」

「冷たいのね」

「俺は復讐の神だ。それ以下でもそれ以上でもない。神が全能だというのは幻想で、神官のたわごとだ」

「ねぇ、力を貸してよ」

「しばらく頭を冷やせ。銀貨1枚は返すんだな。その銀貨1枚は命の1枚かも知れないぞ。俺も賠償スキルが使えるなら銀貨1枚でも受けてただろう」


Side:カモネギア


 ああ、この地獄から誰か助け出して。

 私は何も知らない村娘だった。

 興行途中で立ち寄った劇団の役者に心奪われたの。

 一緒に王都に行こうと甘い言葉で言われ、故郷を離れた。

 王都で暮らすのはお金が要るわ。

 それに彼、デビアクタが、劇団を維持するためにお金が必要なんだと言った。

 軽い気持ちで、借金したわ。

 借金はどんどん嵩んで、終いには身売りしないと返せなくなった。

 一緒に逃げましょうとデビアクタに言ったら、俺達の関係は終りにしようと言われたの。

 はっきり分かったわ。

 食い物にされたのね。

 でも、どうしようもない。


「カモネギア、お前、客が少ないぞ」


 そう言ったのは、娼館のあるじのゼニエロ。

 デビアクタとグルなのはすぐに分かった。

 この娼館にはデビアクタに騙された女の子がたくさんいる。


「そうね」

「そんなことを言ってるから、変態じじいのツボメイクに身請けされることになるんだ。まあいい、あそこに行けば、どんな行為も嫌がらない女になる」


 知っているわ。

 見てきたもの。

 ツボメイクの口癖は媚薬で心を壊していくのが最高に楽しいと。

 心だけは売らないと言っていた女がドロドロになっていくのが楽しいと。

 変態の鬼畜野郎ね。


 唯一の希望は滅殺復讐ギルド。

 前金として銀貨1枚を渡したけど、どうなったかしら。

 少ないのは分かっている。

 だけどお金がないのよ。


 外に出る許可を持っている少女が銀貨1枚を返してきた。


「前金は返すって言われた」

「そんな」


 絶望が心を覆う。

 やっぱり金貨6枚なかったから。


「銀貨1枚分の働きはしたって。その銀貨がどんな苦労の末なのか分かってるとも言ってた」

「ぐふぅ」


 涙ぐんでしまった。

 ああ、殺しに失敗したのね。

 銀貨1枚の重みを分かってくれたのなら仕方ないか。


「おい、身請けだ」


 ゼニエロが無情に告げた。


「待って、身請け金を頂戴」

「使えないのに欲しいのか」

「最後に贅沢したいのよ」

「そうかいくらほしい」

「金貨6枚」

「ほらよ」


 投げられた金貨6枚を拾う。

 そしてこそっと少女に渡した。


 これで思い残すことはないわ。

 銀貨1枚で最後の晩餐をする。

 食事は涙の味だった。


「ひょひょひょ」


 ツボメイクがやって来た。


「私はこれからどうなるの?」

「そうさな。あれ以外何にも考えられない女になるな」

「契約違反だわ。法にも触れる」

「ひょひょひょ、お前が訴えるとでもいうのか。あれしか考えられない頭でか」

「やってみなさいよ」

「【媚薬生成】」


 私は舌を噛んで死んだ。

 体から抜け出した感じがする。

 体の上で漂う。


「ひょひょひょ、死んでしまいましたか。防腐剤で処理して、ゾンビ娼婦にしましょうか」


 この鬼畜変態野郎。

 私の心は汚されないわ。


 そして、私の体は防腐処理されて、死姦が好きな客に出されることになった。

 一仕事終えた、ツボメイクが飲んでいると、ゼニエロとデビアクタがやってきた。


「カモネギアが死んだって」


 悲しさも微塵もない口調でデビアクタが言った。

 殴りたいけど体がない。


「ひょひょひょ、一度この沼に嵌れば死のうが抜け出せない」

「儲かりゃなんでも良いがな」

「それにしても馬鹿な女だ。法定金利を知らないのか。俺が紹介した金貸しはみんな違法だったんだぜ。おかげで儲かったが」


 くっ、デビアクタが紹介した金貸しは違法だったのね。

 グルだったんだわ。


「悪い奴だな。もっとも俺も違法なことしているがな。年季が明けてもただでこき使ってる」


 ゼニエロも悪いことしてたのね。

 うすうすは知っている。

 身売りと言っても奴隷じゃないわ。

 好き勝手は出来ない。


「ひょひょひょ、いまさら辞められんて」


 これからもこの3人の悪党のために女が犠牲になるのね。

 空に明るい太陽のような物が感じられた。

 暖かい。


 でもこのままそこに行ったら後悔する。

 私は遺体との繋がりを意識してしがみついた。


 誰か無念を……

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