第114話 聖域

 ウェイが次に逃げ込んだ場所は聖域。

 本物の聖遺物がある教会だ。

 その教会は岩の上に建っている。

 そして、教会には神が張った結界がある。


 俺は下級神クラスだから、どの神にも勝てないだろう。

 正面から喧嘩をうるわけにはいかない。

 神の方に瑕疵があるのなら賠償スキルで取り立てるのもやぶさかではないが。


「どうしたものかな」

「何者にも屈せず、聖ロックガルダート教会よね。入るには枢機卿以上の紹介状が要るわ」


 紹介状は無理だな。

 品物を運ぶ商人もきっと決められた人間だな。

 それにこの結界、洗脳魔法を解いてしまうような気がするんだ。

 神力のことがだいぶ分かるようになった。

 状態異常無効、回復効果、時空魔法無効などが掛かっている


「ウェイを殺したいから中に入れてくれは通らないよな」

「ええ、昔、亡国の姫が逃げ込んだそうよ。1年包囲して、埒が明かないので諦めたという記録もあるわ」


 実に厄介な所に逃げ込んだな。

 さて、どうしよう。

 俺にしか取れない策というと神力だな。


 俺は神の結界に手を置くと、神力の流れを辿った。


『なんだ? 下級神如きが俺の力に触るな』


 繋がった。

 ご機嫌斜めだが、会話になるということは交渉できる。


「結界の中に入れてほしい」

『ふん』

「ただとは言わない欲しい物があれば言ってくれ。ただし、用意できるものだ」

『神力を全て寄越せと言いたいが、俺もそこまで欲張りじゃない。人間界で遊びたい。体を貸せ』

「何日だ?」

『一日でいい』

「分かった取引成立だ」


 体の自由がなくなった。


「さて、何をしようか。酒があるな。まずは酒盛りだ。女、酌をしろ」

「偉い神様が入っているのよね。嫌だけど、仕方ないわね」

「歌え踊れ、もてなせ」


 俺の中に入った神様は飲み食いして、酒盛りを楽しんだ。

 天界では酒盛りが出来ないのか。

 そして、神様は近隣の村へ行った。


『女には手を出さないのか?』

「ああ、神の子ができると戦乱を呼ぶ。他の神に怒られる」

『俺もそれに含まれるのか?』


 一生子供が出来ないのもつらい。


「お前は人だから、それには当て嵌らない。神であり人だ」


 神様は、弓矢を買うと、狩りを始めた。

 こんなことがやりたかったのか。


「知ってるか、天界は殺生が出来ない」

『そうなのか』

「破ったら戦いになる。負けたら煉獄に落とされる。気分転換に狩りがしたくなっても仕方ない」


 さいですか。

 ただ気分転換が必要だというのは納得できる。


 1日が経った。


『時間だな』

「ふっ、1日で返すと思うか。いいことを教えてやる。神と取引する時は名に懸けて誓わせるのだ。でないと破られる」

『そうか。【賠償】』

「何だと」


 体の自由が戻った。

 いくらか神力が増えた。


「ふぃ、体が動かせないのはつらいな。どうしても必要がなければ、もうやらん」


 俺は聖域の結界に戻ると手を置いた。


『約束を守る必要はないが、賠償スキルを使われるのも癪だ。通れ』


 俺は結界の中に入り、岩をよじ登り始めた。

 岩の上の教会に到達すると、ヤギに乗って逃亡するウェイの姿が眼下に見えた。

 また逃げられた。

 だが、この展開は予想してる。


 どこまでも追っていくまでだ。

 下に戻ると。


「ゴレーム馬で追ったけど逃げられたわ」

「そうか」

「聞いて、水の中に逃げたのよ。ゴレーム馬の意外な弱点ね」


 ゴーレム馬は沈むものな。

 ウェイは安全なルートが分かってる。


「とりあえず、聖域はもう障害にはならない。こうやって追い詰めて行くさ」

「【指針剣、元勇者ウェイを示せ】。大河の向こうね。渡るには船を待たないと」

「待つさ。時間ならある」


 船着き場の街で宿を取る。


「考えたけど、ウェイは焦りというか安住の地が欲しいのだと思う」


 リリムの考察か、聞こう。


「それで」

「何でかっていうと死神に追われている心境なのよ。あっちはウメオが神だって知っている。神の力を使われたら、人間の命なんて儚い。だから安全な場所が欲しいのよ。常に動かないのは、落ち着きたいという心の現れ」

「ふむ、確かに常に逃げていれば追いつかないかもな」


 ウェイになって考えよう。

 俺が神だと情報を掴んでる。

 いつ神の力を使われるかヒヤヒヤしている。

 神は遊戯が好きだから遊ばれていると考えているのかも。

 その遊びに勝てば生き残れる。

 そんなことを考えているのかもな。


 ピンポイントで人を殺すようなことはできない。

 いずれできるかもしれないが、今はできない。

 それが全てだ。

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