第69話 ブローチ

「俺っ、吸血鬼を目撃しちまったんだ。呪われたりしないかな」


 ショウがそんなことを言ってきた。


「解呪師の所に行けよ」

「冷たい奴だな。もう行ったよ。だけど呪いなんて掛かってないと言われ追い出された」

「じゃあ掛かってないんだろ。ところで吸血鬼はどんな奴だ」


 興味があったので聞いてみた。


「男なのか女なのか分からん」

「顔は見てないのか。じゃあ特徴的な牙も見てないんだろ。何で吸血鬼だと言える?」

「魔力を纏ってた。どす黒い赤色の。あんなの普通じゃない。魔力が可視化されるなんて」

「ふーん」


 生贄スキルでも使っているのかな。

 血を生贄に、魔力を得る。

 やれないことはないんだろうな。

 だが生贄スキルなら、命を奉げた方が効率が良い。


 魂が邪神に囚われるのを嫌ったとかいう話なら、教会の信徒で決まりだろうけど、このぐらいの情報じゃ分かんないな。

 分かっているのは血を使って魔力を増したということだ。

 となると吸血鬼ではなくて人間か。


 決めつけるのは早いがそういう結論になる。


 ショウに聞いた吸血鬼を見かけたポイントへ。

 そこはありふれた路地だった。


 出そうな雰囲気ではあるが。


 少し歩いて、俺は下水道の入口を見つけた。

 最近、蓋が開けられた痕跡がある。

 掃除やスライムなんかの駆除のために入ったのかも知れないし、吸血鬼騒動の犯人が使ったのかは分からない。

 とにかく入ってみるか。


 臭いな。

 酷い匂いだ。

 そして、ブローチが落ちているのを見つけた。

 犯人のかな。

 とりあえず、拾っておく。


 さらに進むと分岐がある。

 どっちだ。

 分からんな。

 指針剣でも分からないだろう。


 とにかくあてずっぽうに進む。

 迷った。

 だが、一定間隔で地上への出口はある。

 なので、いったん地上に戻る。


 どこかの屋敷に出たという簡単な話ではない。

 やはり路地に出ただけだ。


 唯一のヒントはブローチだ。

 これをどう使おう。


「ご苦労様です」


 警護兵の詰め所は同じ鎧を着た兵士で溢れかえっていた。


「何だ?」

「落とし物です」

「おう、ご苦労様」


 俺はブローチを渡した。

 警備兵の目の色が変わる。


「おい、これをどこで見つけた?」

「路地ですけど」


 嘘をついた。

 下水道に何で入ったかとか色々とめんどくさいからだ。


「どこだ!」


 地図で下水道の入口近くの場所を示す。


「よくやった。昨日の誘拐された女性の持ち物のひとつが見つかったぞ。現場周辺を洗え」


 警備兵が動き始めた。

 やっぱり吸血鬼騒動の被害者の物か。

 なんかそんな予感がしたんだよな。

 ふと壁に目をやると下水道の地図が貼ってあるじゃないか。

 後でここに忍び込んで写させてもらおう。


「では俺はこれで」

「おう、ありがとな。助かったよ」


 さて、下水道の地図は今晩ゲットするとして、虱潰しに下水道を行くのはめんどくさい。

 ゴースト達に下水道を見張ってもらうか。

 ゴーストなら壁の中に隠れたりも出来る。


 よし、それで行こう。

 夜になったので詰め所に忍び込む。

 夜番の兵士がまだ残ってた。

 精神魔法で眠らせて、下水道の地図を書き写す。


 集約点になっている地点をいくつか割り出して、ゴーストを配置する。

 さて、どうやるかな。

 毎晩、犠牲者が出るわけではないらしいから、結果が分かるのはまだ先だな。

 辛抱強く待つとするか。


 魔力の可視化だが、やってみたら俺にも出来た。

 意図的に魔力の掌握を緩めて解放する。

 灰色の魔力が見えた。


 犯人は魔力を掌握しきれてないらしい。

 ただ、平時もこんな感じでは噂になるだろう。

 そこをどうにしているのかな。

 気を張っていれば掌握できるとかかな。


 路地の時は魔力を解き放っていたらしい。

 その方が、変装にもなるし、精神集中のリソースを割かなくてもいい。

 たぶんそんなところかな。


 どうでもいいけど、俺の魔力の色は灰色だったのだな。

 白でもないし黒でもない。

 中途半端な色だ。

 まあ、俺の存在を表していると言っても良い。

 善でも悪でもないからな。


 くんくん。

 服が匂うな。

 昼間、下水道に入ったからか。


 風呂に入らないとな。

 俺はバスルームの扉を開けた。


「キャー」


 リリムが入ってた。


「ごめん、そういや。俺の時間じゃなかった」

「いつまで見てるのよ。出てって」


 何も風呂桶を投げなくていいじゃないか。

 あんなもの見られたからといって減るものじゃないし。

 事故なんだから仕方ないだろ。

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