第4話 レクチャー

 宿の看板には料金が書いてある。

 一見、良心的に見えるが、そうでもないのだろうな。

 外見が綺麗で普通の値段の宿に入った。


「1泊、銀貨3枚です」


 お金を払うとニンマリと笑う従業員。

 部屋に入るとその理由が分かった。

 掃除はおろかシーツすら換えてない。

 虫がいそうだな。

 ハズレもハズレ、大ハズレだ。

 だが俺には大当たりだ。

 しれっと寝た。

 朝になると虫に食われていて、そこらじゅうが痒い。


「【賠償】。くひひ、銀貨8枚かかなり儲けたな。おまけに回復力のオマケ付きですっかり元通りだ」


 フロントに鍵を返すと騒ぎになっていた。


「銀貨が8枚ないぞ。お前、まさか」

「盗ってませんよ」


 オーナーらしき男性と従業員が揉めている。


「お前以外考えられない」

「俺が盗るなら8枚なんて金額ではなくて根こそぎ盗って消えてます」

「それもそうか。だが他の奴にもそのことが当てはまるぞ。うやむやにするために8枚だけ盗ったんだろう」

「そんなことを言うなら辞めます」

「やっぱりお前だな」


「言わせてもらいますが、この宿は詐欺ですよ。訴えられても仕方ない」

「言わせておけば。義賊でも気取ったつもりか」


「いいんですか。宿屋ギルドに訴えますよ」

「ぐぬぬ。お前なんか首だ。退職金は払わないからな」


 この宿は良い宿だったが二度と使えないな。

 さすがに俺が泊まった日だけ盗難騒ぎがあれば、いいかげん疑われる。


 俺に足りないのは知識だな。

 この世界のことを知らなすぎる。

 こういう時に都合が良いのは、記憶喪失設定だな。

 それで行こうと思う。

 俺は冒険者ギルドに行った。


「おい、駆け出し。またカモになりに来たか。そんな短剣を装備したって強くは見られないぞ」

「ええと聞きたいが、また金を寄越せというのかな」

「もちろんだ。出さないとどうなるか分かっているよな」

「俺も痛い目には遭いたくない。これでいいか」


 俺は銀貨10枚を出した。


「お前、じつに分かっているな。お前なら子分にしてやってもいい」

「考えとくよ。弟子入りみたいなのはよく考えることにしてる」

「あんまり待たすなよ。俺は気が長い方じゃない」

「ああ、分かっている」


 手下になるのは願い下げだ。

 たぶん搾取される人生が始まる。

 賠償スキルで取り戻せるが、このスキルの一端も見せたくない。

 何度もやればばれること間違いなしだからだ。


 殴られてやってもいいが、それも癪に障る。

 盾になる便利な奴を見つけないとな。


「依頼を出したい」


 受付嬢にそう申し出た。


「護衛が欲しいと」

「いいや、記憶喪失でね。一般常識が思い出せない。これでは困るのでレクチャーしてほしい」

「家庭教師の依頼ですか」


 受付嬢がエイリアンでも見る目で俺を見た。


「何か?」

「お金をたかられて悔しいとかないのですか」

「ないね」


 受付嬢の顔が呆れたような顔つきになった。


「かしこまりました。一般常識ですと1時間銀貨1枚が相場です。手数料として大銅貨1枚を別途もらいます」

「じゃあ、それで頼む」


 しばらく待って、生意気そうな少女が依頼を受けた。

 おっと銀貨10枚の賠償がまだだったな。


「【賠償】」


 俺はズボンのポケットに手を入れてスキルを発動した。


「ちょっと、なにポケット膨らましてるのよ」


 彼女の顔は真っ赤だ。


「気にするな」


 ジャラジャラいう音を聞いて彼女は安心したようだ。

 変なの。


「依頼人の事情を詮索するなってことよね」

「記憶喪失で一般常識がない」


 ギルドの酒場で喧嘩が始まった。

 原因は俺だ。

 だが、素知らぬふりをした。


「ちょっと、うるさいわね」

「喫茶店とかあるかな。おごろう」


「気前がいいのね。甘味は高いわよ」

「銀貨3枚までなら許容範囲だ」


「呆れた、依頼料が銀貨1枚なのに」

「気にするな」


 喫茶店に案内された。

 言うほどじゃないな。

 メニューに銀貨2枚を超える甘味はない。


「果物のケーキを二つ。それとハーブティも二つ」


 俺は店員に注文を伝えた。


「時間がないわ。一般常識の何が聞きたいの?」

「まず貨幣だ。銅貨が最低で、大銅貨は銅貨10枚。10枚ごとに硬貨が変わっていく。これで合ってるか」

「そんなことも知らなかったの。銅貨の下に石貨というのが昔はあったわ。今は使われてないけど。10枚ずつで繰り上がるのは合っている」


「物の価値が知りたい。パンは1個でどれぐらいだ」

「銅貨2枚が相場ね」


 銅貨1枚が10円で。

 大銅貨が100円。

 銀貨が1000円。

 大銀貨が1万円。

 金貨が10万円。

 こんな感じか。


 砂糖が高いのは中世レベルではよくあることか。

 それから色んなことを聞いた。

 ためになったので追加報酬を払うと言ったら彼女は微笑んだ。


「私、プリシラよ。また何か質問があれば指名依頼出して」

「そうするよ」


 さて、パーティ入りだ。

 中堅どころに入りたい。

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