第4話 笑顔
その日、ディフィーザの日送りから幾日も経たず悲しみに暮れる暇もなく朝から騒然としていた。
プリツィアが病に倒れた。
その報がリーナからもたらされてからをいうもの、島全体を不安が飲み込んでいた。
そもそも大陸で病と名付けられたらしいこの状態がどんなものかわかっておらず、自然に治るのを待つ以外に手立ては無い。もし治らなければその時は……。
下手に接触すれば共倒れの危険があるため誰もが明日は我が身と怯えていた。
そんな折、
転生者召喚の兆候アリ。
「ああもう!」
私は苛立ちを向ける先に迷い地面を殴りつけていた。
次から次に苦難が襲いかかってくる。少しは休息が欲しい。
「大丈夫?フィーネ」
心配した様子で家に入ってきたのはバリエラだった。
「ああ、ごめんなさい。少し余裕がなくなってしまって」
そう言いながらもバリエラの顔を見るだけで少し安心する。旧知の友の存在をありがたく思う。
「ほら、いらっしゃい」
バリエラは正座をして膝をポンと叩いて私を誘う。
私はそれに抗えるはずもなく柔らかな膝枕に頭を預けた。
頭から疲れや苛立ちが溶け出していくようだ。
自然と瞼が重く……重く……
「フィーネ、フィーネ、そろそろ起きなさーい」
微睡の中で私を呼ぶ声を聞いて飛び起きる。
「じ、時間はっ!?転生者がっ」
「大丈夫よ、まだ余裕があるわ。顔を洗ってシャンとしてきなさい」
くしゃついた髪に沿うように頭を撫でられて慌てた思考が落ち着きを取り戻す。
転生者の出迎え係という責任ある立場に恥じ入る思いで水汲み場へ私は駆けて行った。
次の転生者が召喚される時。
プリツィアの状態が気になりながらも今は目の前の仕事に全力を尽くすのみ。
今一度背筋を正すと宝具の側に転生者が召喚された。
「ふぅ、ん?おぉまさか本当に簡単な医療器具まで持たせてくれるとは。まさに医学で人々を救えという神の思し召しだな」
転生者はガチャガチャと甲高い音を立てながら手荷物を引っ掻き回している。
そんな中で出てきた『イリョーキグ』や『イガク』がこの転生者が持つ人ならざる力なのだろうか。
「いらっしゃいませ、転生者様」
転生者が歩き出そうとするのを察知して目の前に躍り出る。
「君は?」
転生者は落ち着き払った様子で聞いてくる。
長身でまるで動じない姿に警戒を強める。
「私はフィーネと申します。この神殿の巫女でございます。こんな場所ではなんですから外へご案内致します」
「おっと、大丈夫。自分で歩けるよ」
私が転生者の手を取って歩き出そうとすると何を警戒しているのか手に触れようとすらしない。
この警戒心の強さ、これまでの転生者のように簡単にはいかなそうだ。
「これは……あまりにも未発達だ……」
私が突然現れても眉一つ動かさなかった転生者が外の景色を見た途端に目を見開いて愕然としている。
次に転生者の口から出てきた言葉に私は酷く動揺することになる。
「ここに怪我人や病人はいるか?私なら助けられるはずだ」
(病人を……助けられる……)
それらの情報が頭の中を巡り続ける。
この転生者の力を借りればプリツィアは助かる。
また同胞を失わずに済む。
甘美な誘惑が私の思考を惑わせてくる。
転生者は文明の破壊者。ここで干渉させては我々の病に対抗する道筋が歪められてしまう。
(私は……どうすれば……)
苦悩する私の頭の中にツィオネの姿が浮かぶ。
そう、ツィオネのように失わないために転生者の力をーー
「じゃあ、なんでわたしをおくったの?」
頭の中のツィオネが語りかけてくる。
そうだ、そんな事をしてはツィオネを送った意味が無くなってしまう。
でも、プリツィアを見捨てるわけにはーー
「案内ありがとう。後は任せてくれ」
肩にずしりと何かが乗るのを感じて意識がハッキリとした。
気が付くと私はプリツィアの家の前までやって来ており、転生者が中へ入っていくのを見送っていた。
(だ、駄目っ!)
声にならない声を上げて扉に手を伸ばそうとするが腕が硬直して動かない。
それどころか足も動かせずに立ち尽くしている。
このままでいいのか?このままではプリツィアが転生者によって
葛藤が続く中で背筋に悪寒が走る。
私はその悪寒に背中を突き飛ばされるようにして扉に手をかけた。
扉を開けると数歩先の部屋の真ん中で横になっているプリツィアと目が合った。
プリツィアは弱り切っており、助けを求めるようにこちらを見つめてくる。
転生者はというと細過ぎる針のようなものをプリツィアの左腕に突き刺そうとしていた。
それを見て私は確信する。
(これでプリツィアは助かる)
そう安堵した私を尻目に左腕に刺された針から何かが注入される。
すると、ぐったりと上体を起こすことも叶わない様子だったプリツィアは突然覚醒し、
「いやああああああ!!!」
枕元にあった短剣で何度も何度も自分の左腕を突き刺し始めた。
「やだ!やだ!助けて!!!」
私は間違っていた。プリツィアを助けたいなんて私の傲慢な考えだった。
「入ってこないで!あーしの!あーしの大切な体なの!!!」
私は即座に部屋に駆け込むと目の前の状況をに腰を抜かした転生者の首根っこに短剣を突き立てて送り返した。
その間にもプリツィアは左腕を傷付け続け、もはや肘から先は皮一枚繋がっているだけの腕だったものがぶら下がっていた。
「フィーネさん、あーしもうダメだよ。わかるんだ、転生者の入れた何かがまだあーしの中にある。だからさ、あーしを送って……」
プリツィアは痛みなんて通り越した恐怖に怯えて涙と返り血でぐしゃぐしゃにした顔をいつもの人懐っこい笑顔で上書きして見せた。
そんなプリツィアの精一杯の頑張りに応えるように私はプリツィアの笑顔が崩れないように首筋を切り裂いた。
仰向けに眠るように斃れたプリツィアの首の傷から勢いよく血が吹き出すのを見て慌てて飛び付く。
馬乗りになって首を絞めるようにしてプリツィアの首の傷を手で抑える。
「駄目駄目駄目駄目、これ以上プリツィアの笑顔を
ドクンドクンと脈打つように私の手のひらに血が噴き付けられては床を浸していく。
やがて噴き出す血の勢いが弱まる頃にはもうプリツィアは動かなくなっていた。
「あぁ、よかった……」
せめてもと私が守ったプリツィアの人懐っこい笑顔は無事だった。
まるで今でも生きているような顔だ。
でももう動かないプリツィア。その原因を作ったのは他でもない。転生者だ。
私は心の底から無限に溢れる義憤をぶつけるように何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もーー
「もうすぐプリツィアの日送りを始めるわよ。そんなのに構ってないで体を洗ってらっしゃい」
いつの間にかやってきていたバリエラに優しく諭されるように静止される頃には私は折れた短剣で肉の残骸が散らばった穴だらけの床板を叩いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます