第3話 後片付け

 前回、太った転生者を送り返してから、ツィオネを埋葬日送りしてから2日が経ったが未だに立ち直れずにいた。

「フィーネ、ご飯持ってきたよ。一緒に食べよ?」

 ノックに対する返事も待たずにバニエラが二つのお膳を抱えて部屋に入ってきた。

「いらない」

 当然食欲なんて湧かず、最小限の言葉でお膳を突き返す。

 ツィオネを自らの手で日送りしてからというもの、手からツィオネの胸に短剣を突き立てた感触が消えなかった。

「ちゃんと日送りして、朝焼けにもお祈りしたんだから大丈夫よ。きっと世界を行き来する太陽に乗って転生者の世界に行けたわよ」

 バリエラの言う通りきっとツィオネは転生者の世界へ辿り着いてあのオカシを頬張っているだろう。けれども、私の手元からツィオネがいなくなってしまったことには変わりない。それも、私の手によって。

「わ、私がツィオネを……」

 喪失感に胸を締め付けられ涙が込み上げてくる。

「あーもう!腹立つ!ツィオネだけじゃなくてフィーネまでこんな目に合わせて!次の転生者はあたしがこうしてこうしてこうよっ!」

 バニエラが突然大声を上げて立ち上がったと思ったら胸ぐらを掴んで殴ったり、胴辺りに蹴りを入れたり、最後には両手を組んで脳天を殴りつけたりする振りをして見せた。

「ふふっ……」

 そんな少し滑稽な姿に思わず笑みが溢れる。

「やっと笑った。転生者があんな物食べさせなければツィオネが毒されることもなかったんだから。この怒りはぜーんぶ転生者にぶつけてやるのよ!」

「そうね」

 少しだけ、ほんの少しだけ心が軽くなった気がした。そう、この悲しみを怒りに変えて転生者へ。

「じゃ、もっと元気出す為にご飯食べよ。いただきまーす」

「いただきます」

 バリエラが持ってきてくれた食事に口をつける。

 優しい味わいがお腹の奥底から染み渡る。

 美味しい。心の底から満たされる。これが私が守った味なんだ。



 それからバリエラと別れて少し外を散歩していると

「フィーネさん、お加減はもうよろしいんですか?」

 掃除係のプリツィアが人懐っこい笑顔でやってきた。

「ええ、お陰様で。随分派手にやってしまったから苦労をかけるわね」

「いいえ!これがあーしの仕事ですから!げふっ」

 プリツィアは頭上で結った緑のお団子が解けそうなくらい勢いよく首を振って否定し、ドンと胸を叩いては咳き込んでいた。

 プリツィアはこう言ってくれているけれど、転生者の血があちこちにこびりつき地面にまで染み込んでいる。

 こんな状態で次の転生者が召喚されれば警戒されてしまう。だからといって宴用の家具の再製作から土の入れ替えまでさせるのは気が引ける。

「よかったら私にも手伝わせてくれないかしら?」

「めっちゃ助かります!じゃあリーナの所から材木を受け取ってきて貰えますか?作るのはあーしがやるんで」

 プリツィアの素直さには本当によく助けられる。今は少しでもみんなの役に立ちたい。



 材木係のリーナの元を訪れるとリーナは頭を抱えていた。

「どうしたの?何か悩み事?」

「あぁフィーネさん、いやまぁあまり大した問題じゃないというか。あたしが悪いだけというか」

 俯いていたリーナの顔は明らかに暗く苦しい思いをしているのは火を見るよりも明らかだった。

「私でよければ話してみてくれない?必ず力になるわ」

 私自身もバリエラの言葉に救われた身、仲間同士助け合いたい。

「それが……その……このザマでして」

 そう言って取り出したのは刃の部分が真っ二つに割れた石斧だった。これでは木を採ることが出来ない。

「替えは?」

「すっかり失念しててつい昨日頼んだばかりなんです。しかもディフィーザに」

 悩みの原因がハッキリした。

 話に上がったディフィーザは少し体質が変わっていて日の光の下で活動するのが苦手で昼間は眠っている。だから催促しようにも出来ないから進退窮まったということだ。

「ディフィーザには悪いけど起こすしかないわね。もし夜通し作業して完成していれば起こさないようにこっそり持ってくれば大丈夫よ」

「いやぁ……でも……」

 それでもリーナは二の足を踏む。それもそのはず、少しせっかちなリーナはのんびり屋なディフィーザとは以前に衝突を起こしている。

 眠っているところを起こすなんて争いの種になりかねない事はしたくないのだろう。

「じゃあ私が行ってくるわ」

「す、すみません」

 こんな時こそ転生者の出迎え係を務める者の柔軟性が活きる時。



 ディフィーザの家は他の家から離れた森が深い場所に建てられている。その分少しばかり道が険しい。

 やっとのことで辿り着き数度扉を叩く。

 少し待つが反応は無い。やはり寝ているようだ。

 再度扉を叩き反応を待つ。それでも反応が無いので薄く扉を開けて中の様子を伺う。

「ディフィーザには悪いけど、少し物色させてもらうわね」

 なるべく音を立てないように家の中へ足を踏み入れる。

 周囲を見渡すと土間に作業場があり、そこに完成した石斧が立てかけられていた。

 ありがたいことに真面目なディフィーザはきちんと仕事を完遂させてから床に着いたらしい。

 これ幸いと石斧を手に取ると、

「うむぅ〜だえですか〜?」

 奥の部屋から眠たげに目を擦るディフィーザが姿を現した。

 その姿を見て私は硬直する。

 見間違えるはずがない。



 ディフィーザが身に纏っているのは前回の太った転生者の衣服だった。



 こびり付いた血はまだ薄っすらと残っており、何よりもその大きさ。私が二人分入れそうなほど大きいそれはディフィーザにはちょうど良さそうに見えた。

「あえ、フィーネさん……フィーネさん!?あのっ、そのっ」

 やっと私の姿を認識したディフィーザはあたふたと両手を振り回して弁明の言葉を探している。

 私自身短剣にかけた手が震えてしまっている。もう、同胞を手にかけたくない。

 どうか存分に納得のいく弁明を用意してほしい。

 どうか興味本位で着てみただけであってほしい。

 どうか今すぐにでも廃棄すると宣言してほしい。

「わ、私肌が弱くて少し擦れただけで腫れちゃうじゃないですか。だけど、この服だとそれがーー」

 私はそれ以上言葉を聞く気になれなかった。

 怒りを抑えきれずに短剣を突き立てた。そう思っていた。だが、ディフィーザの多過ぎる胸の肉が邪魔をすると判断して首の付け根辺りから突き下ろすという不気味な冷静さが私にはあった。

「あ……ぁ……」

 変則的な刺し方をしたからか急所から外れていたようでディフィーザはまだ苦しみ喘いでいた。

「ごめんなさい、ディフィーザ」

 そう告げると引き抜いた短剣を今度は抱きしめるようにして背中に突き立てる。

 すると今度こそディフィーザは息絶えた。

 私よりもかなり大きなディフィーザがのしかかってくる。私は抱き止めることも叶わず地面に押し倒された。

 土間の踏み固められた土に後頭部を打ち付け激痛に意識が飛びそうになるがディフィーザの苦しみに比べれば軽いものだと私は無理矢理意識を繋ぎ止めた。

 一度刺した短剣を抜いたせいで胸の傷口から血が溢れて私の体をひたしていく。

 またこの暖かさだ。ツィオネを手にかけ、今度はディフィーザまで。

「どうして、どうして……」

 熱を失いつつあるディフィーザを強く抱きしめると押し出されるように噴出した血が私の顔に噴きかかる。

 顔が、瞼が重い。これが命の重みなのだと思うと涙が溢れてくる。

 私はディフィーザの柔らかな体に包まれて意識が溶けていった。



 その後、帰りが遅いことを心配し駆けつけたリーナによると、ディフィーザの血に塗れた私は死んだように眠っていて危うく一緒に弔うところだったらしい。

 こうして私はまた一人、転生者によって同胞を失った。

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