第27話 兄妹

「じゃあ、行くけど……ほんとに大丈夫?」


 七瀬家の前にて、朝比奈さんは心配そうに僕を見つめる。


「大丈夫ですよ、気にせず女の子同士楽しんできてください。それにたった1日ですし」


 今日は朝比奈さんが橘さんの家にお呼ばれしたのでお泊まりをする日。彼女にしか話せないこともあるだろうし、僕の事はあまり気にしないで欲しいのだが。


「それはそうだけど……。この間から七瀬、少し変だよ?ぼーっとしてたり、話してる時も上の空だったり」


 この間、というと姫野さんと楽器屋さんに行った日の事だろう。そんなに分かりやすくおかしいのだろうか。


「ほんとに大丈夫ですよ、朝比奈さん」


「何かあったらいつでも連絡してね、私は七瀬の味方だから」


 そう言うと僕の手を包むように優しく握った。本当に悩んでるとかそういう事では無いんだけど、嬉しい。


「はい、朝比奈さんこそ気をつけて!」


 手を振り、朝比奈さんの背中が見えなくなったのを確認して家に戻った。




 ……




「静か……」


 布団の中、天井を見ながらそう呟いた。


 なんだかんだと朝比奈さんと出会ってからずっと同じ屋根の下寝ていた。宿泊研修の時くらいだろうか、別々なのは。正直、寂しい。女々しー……、1人で落ち込んでしまう。


 朝比奈さんともう何ヶ月も同じ部屋で寝ていて、ほとんど毎日それも長い時間、一緒にいる。大切な友達……正直、それを通り越して家族みたいに思っている。早く記憶が戻ればいいな。


 ……まぶたが重くなってきた。




 ……




「あれ、ここって……」


 公園……?あれ、僕何してたんだっけ。


 周りを見渡すと女の人が居た。その姿を僕は覚えている、忘れるわけが無い。


「​───────お姉さん?」


 その声が聞こえたのかは分からないが、突然彼女はどこかへと歩き出す。


「ま、待って!待ってください!まだ話したいことがたくさん……」


 追いかけようとしたところで周りの景色が公園から学校へ変わる。


「……ここは、中学校」


 この場所は、思い出したくもない、場所。


「な……七瀬くんはどっか行ってよ……!は、早く行こうよ皆!」


「……」


 この時、向けられた目を忘れられない。友達なんてゴミだ。なにか自分に悪い事が起きると、簡単に裏切るからだ。関わるだけ時間の無駄。


 だったら……だったら最初から誰とも……


「紬くん、それは違うよ​───────」




 ……




「​……夢、か」


 目を開き天井が見えたところで状況を理解する。汗もぐっしょり。


 朝比奈さんがいないだけでここまでひどいとは思わなかった。自分が思っているより彼女の存在に頼っているんだな。

 時計を確認すると1時を回ったところだった。一応もう一度寝ようとしてみたが無理だったので、1度なにか飲みに行こうとリビングへ向かう。


 マグカップにインスタントコーヒーとお湯を入れ、テーブルに座る。チッチッと時計の音だけが聞こえて、静かに時間が流れていく。

 何となくこんな時間に黄昏てるのもいいなと考えていると、足音が聞こえた。


「や、兄さん。眠れないの?」


「うん、少し嫌な夢見ちゃって」


「ふぅん……私ココア」


 そう言って向かいの席に座る鈴。


「そっか、鈴はココアだったんだ。自己紹介ありがとう」


「違う、作ってってこと」


 いや自分で作りなさいよ……全くこの子は。仕方ないので立ち上がり、キッチンへ向かう。


「はいどうぞ、お嬢様」


「うむ、くるしゅうない」


 あちちと言いながらゆっくりと飲み出す。そんな姿を微笑みながら僕も座る。


「最近学校とかどうなの?」


「なんかそういう質問、おじさんくさいよ」


 ぐっ……なにか話題をと思ったが話しかけるべきでは無かった……!


「特に何もないよ、変わらず。勉強も出来て運動も出来て、私モテモテ〜。可愛いしね〜」


「そうですか」


「うわ、てきとー」


 特に気にした様子も無く外を見つめながらココアに口を付ける。それ以降しばらく話すことも無く、かといってその場を離れることも無く時間が流れる。

 友達だとこうはいかないのかもしれないが、特に気まずいと感じることも無い。多分兄妹ってこんなもんだと思う。


「なんかあった?」


 窓の外から僕の目へと鈴の視線が移る。


「嫌な夢見ただけだよ、大丈夫」


「そ……」


 鈴はこうやってたまに勘のいい所がある。その度にただ黙ってそばに居てくれたり、気にかけたりしてくれる。口に出すとキモいと言われるので黙っておくのだが。僕にはもったいないくらいの妹だ。


「……1個だけ、相談したいことがあるんだけど」


「ん、いいよ。きいたげる」


 マグカップを机に置く。


「好きな人が出来たかもしれない」


「ぶふぅーーーーー!!!」


 僕の言葉を聞くや否やココアを浴びせられた。


「鈴、汚い」


「ま、マジ?誰々、どんな人!?」


「うーん、変な人?」


「何それ!美人?」


「まぁそりゃ好きかもってくらいだから可愛いなとは思うけど、僕じゃない人から見ても超美人って感じの人」


「兄さん……そりゃ無理だよ。悪いことは言わないから諦めな」


「おい」


 分かってるけどハッキリ言われると悲しい。それも妹から。


「だってフラれてから慰めるのは私なんだからさー」


「昔と違って今は友達もいますぅ、その人達は優しいからきっとフラれても優しく慰めてくれますぅ」


 というか慰めてはくれるんだ。ほんと優しいな、自分で言ってて気づいてんのかな。


「どんなところが好きなの?」


「うーんそうだなぁ、どんな所と言われてもなー……」


 少し考える……。趣味も合うし、話してて楽しいし、手料理も美味しいし……あれ、割と元から結構好きだな。


「変な人なんだけど」


「うんうん」


「僕と一緒に居て楽しいって言ってくれたから」


「んー?それ別に兄さんの他の友達だって同じこと思ってるんじゃない?」


「そうかもしれないけど、僕の中学の時の話を聞いた上でそう言ってくれたから」


「へぇ……ガチじゃん兄さん」


「やっぱそうかなぁ……」


 妹相手に恋愛相談をして照れてしまう。お兄ちゃんの威厳が……元からそんなに無いけど。


「なら前言撤回、可能性あるんじゃない?」


 マグカップを台所に置き、くるりと振り向く。


「私の兄さん、ちょっとくらいはいい所あるから」


 何か進展したら教えてね〜と言いながら鈴は部屋へと戻って行った。

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