第19話 朝比奈朝日の夜

「ほい、朝比奈ちゃん」


 自販機から帰ってきた橘さんにジュースを投げられ少し慌てて受け取る。こぼさないように気をつけながら開けるとカシュと気持ちのいい音が鳴った。

 宿泊研修の1日目が終わり橘さんの部屋で寝ることになったのだが、同部屋の人もいるのでホテルの外のベンチで話す流れとなった。


「ぷはー、やっぱお風呂上がりのジュースは最高だね!」


「うん、おじさんみたいだね」


「というか前々から思ってたんだけど飲み物とかは飲めるんだ?」


「他の人にはコップとかが浮いてるだけに見えてるらしいけどね」


「ふむふむ……幽霊ってあんまりそんなイメージ無かったかな」


「幽霊、か」


 まぁ、そうだよね。見えないわけだし。七瀬はそういうこと言わなかったから改めて聞くと思うところはある。


「……私余計なこと言った?」


「ううん、そんな事ないよ。私死んじゃってるんだろうなーくらいで考えてたから改めて言われると少し考えちゃって」


「七瀬くんはその事について何か言ったりしてるの?」


「特には何も。でも七瀬も既に死んじゃってるんじゃないかって事は分かってると思うし、分かってて何も言ってこないんだと思う」


「……そっか」


「うん、七瀬はよく人の事見てるから」


「あーそれは分かるかも」


 ジュースに口をつける。これ以上私の話をしても暗くしてしまうだけだなと思い、話題を変えていく。


「橘さんの話も聞かせてよ、幼馴染との話とかさ」


「そうだねぇ……腐れ縁でまぁ良い奴なんだけどさ」


「良い奴」


「うん、私って地味目な見た目してるじゃない?でも大河って昔から運動できて明るくて友達も沢山いて……クラスの人気者みたいなやつでさ。そんなやつと一緒にいると私もクラスの女の子から声かけられるようになったの。で、ある日それを良くないと思った子もいたんだよね」


「嫉妬だね」


「大河がモテるってのもあって、好きになった子が嫉妬しちゃったんだね。ちょっとずつ嫌がらせされるようになって。消しゴム隠されたり、授業中に消しカス投げられたり、でそれを見て遠くでクスクスされるみたいな」


 月や星を見上げながら気持ちが暗くならないように橘さんは笑いながら話す。


「そんな大したことじゃないし私は無視してそのまま過ごしてたんだけどある日大河が嫌がらせに気づいてさ。クラスで結構人がいる中で『くだらない事やめろこれ以上続けるなら俺はお前らを許さない』って。いやいや!せめて人がいない所でやってくれって感じだよね、あはは!」


 懐かしむような顔を見て大切な思い出なんだなと私は思った。


「ま、そんなやつだからさ、あいつには幸せになって欲しいわけ!絢香がどう答えるかだけど」


 恋愛成就!叶いますよーに!と手を擦り合わせる橘さん。そんな彼女に1つの疑問をぶつけた。


「いいの?まだ間に合うよ」


「んー?何の話」


 表情1つ変えずに橘さんは答える。


「今日もだけどここ最近私は橘さんと一緒にいることが多くなって、あなたをずっと見てた。桐生くんと話してる時も桐生くんが他の女子と話してる時も」


 桐生くん、という名前にぴくりと反応する。


「あなたから言われた依頼は桐生くんが姫野さんに告白をするお手伝いをして欲しいだったけどさ、別に今からだって」


「いいんだよそれで」


 橘さんは私の言葉を遮り、少し大きな声を出した。


「私なんかが今何かしたって迷惑なだけ。好きな人が出来たって大河から相談を受けた時点でもう決めたの」


「後悔しない?」


「しないよ、結構前から決めてるんだから!ね?」


 そろそろ寝よ!と立ち上がる。空になった缶を捨てる時に見えた彼女の横顔は少しだけ悲しげに見えた気がした。

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