第17話 七瀬紬の夜

 時は戻り、宿泊研修1日目。移動や観光メインで特に自由時間は無かった。特に何事も無くホテルに着く。あまり家族旅行や遠出をした事がないのでホテルというだけでもとても新鮮だ。

 2人部屋となっており僕は桐生くんと同室。朝比奈さんは流石に橘さんの部屋で寝るよと言っていた。

 夜ご飯のバイキングを食べた後、自由時間となった。部屋で荷物をある程度まとめ終わると桐生くんに声をかけられ、一緒にお風呂へ行くことに。


「はぁ~!いい湯だなぁ!」


「ですね~」


 温かい~。家のお風呂もいいけどやっぱり広いお風呂はそれだけでもいいなぁ。帰ってから1人で銭湯に行ってみようかな。

 周りを見渡し人が少ないことを確認し、小さな声で桐生くんに質問をする。


「桐生くんって姫野さんのどんな所が好きなんですか?」


「ぶっ!また急な……」


 少し恥ずかしそうにごほんと話始める。


「……絢香は最初会った時そんなに話してくんなかったんだよ。女子同士だと普通に話してんだけど、あんま男子に興味ねぇつーか、なんかこう仮面被ってるつーか」


 本人も言ってたな。


「んでなんとかそんな絢香を笑わせてやろうって思ってよ。毎日くだらないこと言って話しかけてたら、ある日笑いながらこう言ったんだ。『なんなのよ、バカでしょあんた』って。そん時の光景が忘れられなくてよ」


「へぇ……一目惚れじゃないですけど、なんかそれに近いですねぇ」


 ニヤニヤしながら言うと桐生くんは恥ずかしそうにそっぽを向いた。


「ま、まぁそんなとこだよ好きな所っつーか、好きになった時の話になっちまったけど」


 疑っていたわけじゃないけど本当に好きなんだな。


「……お前こそどうなんだよ?そういう恋愛話とかねーの?」


「え、僕ですか。うーん、まぁあると言えばある……?」


「聞かせてくれよ、俺だってお前のこともっと知りたいし。」


 中々照れることを普通に言ってくる。少し嬉しい。


「……僕、去年まで人付き合いが嫌いだったんですよ、クラスメイトとかに話しかけられても無視したり、露骨に嫌な顔したり」


「えっ?七瀬が?」


「黒歴史ですよね……あはは。そんなんだったので当然友達とか話し相手とか居なくて、そんな時に女の子に会ったんです。1ヶ月くらいですかね~、その人僕の話し相手になってくれて。名前とか色々聞く前に急にいなくなっちゃったんですけど。」


「長い黒髪でとても綺麗な人でした。その人の事が好き……って言うよりどちらかと言うと『憧れ』って感じですけどね」


「そうか……また、会えるといいな」


「はい、ありがとうって言いたいですしね」




 ……




 お風呂から上がり売店でコーヒー牛乳を買い、その場で飲み干す。


「ぷはぁ……なんか恥ずかしい話をしてしまった気がする……」


「顔赤いわよ、のぼせたの?」


 後ろから声をかけられ振り向くと、お風呂上がりだと思われる姫野さんと小森さんが居た。


「つ、ツムツム!?あ、あれあややんってツムツムと仲良かったんだ!あ!私忘れ物したからちょっと戻るね!!!」


「じゃあ私待ってるけど」


「い、いや!大丈夫だから!ツムツムも、それじゃあね!」


「え」


 ぴゅ~と目にも止まらぬスピードで走り去る小森さん。ん?そっち女湯だったっけ。


「何よ、変な美羽……まぁいいわ!そんな事よりついてきなさい、七瀬!」


「はい?」


 あれよあれよという間に腕を引っ張られる。こうなると抵抗するすべは無い。


「いや……ここ姫野さん達の部屋じゃないですか!無理です!同部屋の人が帰ってくる前に帰ります!!!」


「ちょ、落ち着きなさいよ!大丈夫、同部屋の子は他の部屋で寝てもらう手筈になってるから。ふふんそれより見なさい、これ!」


 そう言って姫野さんは持ってきたバッグをゴソゴソと漁ると何かを取り出した。


「わ、これ昨日発売されたばっかりのゆ○ソフトの新作じゃないですか!PV見た感じ今回結構気合い入ってそうでしたよね……っておいい!!!これエロゲじゃないですか!!!」


「そう!前に言ったでしょ?オールでエロゲやるって!丁度いいから今日やるわよ!」


 まず学校の行事なのに、エロゲを持ってこないで欲しい……内容が気にはなるけど。


「いや……やっぱり帰ります!例えば急に先生が入ってきたりしたらどうするんですか!僕女の子の部屋に入ってる男子ですよ!」


「大丈夫、もしそうなったら私が呼んだってちゃんとフォローするから」


「それフォローになってるの……?」


 姫野さんは更にバッグからノートパソコンを取り出しゲームを起動する。はい、と姫野さんからBluetoothイヤホンの片割れを渡され仕方なく耳に付ける。


「お菓子もあるから、あんたも食べたかったら食べなさい。さぁやるわよ〜」


「分かりましたよー……」




 ……




 最初の共通ルートが終わり、誰とも恋愛に発展しないノーマルエンドへ。


「ん~やっぱここの選択肢が間違ってたのかしら」


「その後の選択肢も多分間違ってますね」


 スキップを多用し色々と試すこと数十分。


「お、入りましたね」


「よしよし……」


 さらに数十分経ちゲーム内の主人公とヒロインの1人が付き合うことになり、いわゆる初Hのシーンへ……。


「……」


 普通に気まずい。そりゃそうだよ、なんで女の子と2人で夜にHシーン見てるんだよ。顔が熱いよ。というかさっきから姫野さんがやけに静かだ。つい横目で姫野さんを見てみると……。


「へへ……」


「……あの、姫野さん?」


 様子がおかしい。いやむしろこっちが平常運転なの?とか考えていると突然姫野さんに押し倒された。


「……え?」


「七瀬って、女の子みたいな顔してるわよね~」


「え?え?何何!?顔赤いですよ!姫野さん!?」


「えへへぇ……可愛い」


「聞いてます!?」


 全然話が通じない……さすがにおかしい!と首だけ動かし周りを見渡す。すると姫野さんが食べていたお菓子の包み紙が落ちていた。


「ウイスキーボンボン……」


 そんな漫画みたいな事ある!?どうにか抜け出そうと精一杯暴れるが姫野さんは離してくれない。なんでこんなに力強いの!?この人!?


「ねー……前話したけどさぁ、七瀬なら女の子みたいだし付き合うのも有りなのよねぇ……」


「ま、待ってください!顔!顔が近い!やめて!!!」


「えへへぇ、いただきま〜す……」


 終わった、桐生くんになんて説明したらいいんだと一粒の涙を流し、目を瞑る……すると僕の耳元でぱふんと音が聞こえた。


「……?姫野さん?」


「ぐ~……」


 目を開くと姫野さんは完全に僕に覆いかぶさっていて、耳元で寝息が聞こえた。


「よ、良かった……」


 姫野さんの下から抜け出し、布団を被せ早々と部屋を出る。


「あ、危なかった……あの人はマジで危険すぎる、気をつけよう」


 早く帰ろうと思い階段の方向へ歩き出そうとした所で少し遠くで女性の先生の姿が見えた。ま、まずい!しかも部屋に帰るための階段が先生の方向にしか無い!!ど、どどどうしよう!1度姫野さんの部屋に戻るか……?いや、もし部屋まで確認に来られたら姫野さんは酔っ払って寝てるしそれこそ終わりだ。


 つまるところ、逃げ道は、無い。


 刻々と先生が近づいてくる。今度こそ終わったか……。


「ツムツムこっち!!!」


 後ろから引っ張られ隣の部屋へ連れて行かれる。


「布団の中入って!先生来るから!」


「え?小森さん!?は、はい!」


「ちょっと狭いけど我慢してて……ね」


 こ、これ小森さんの布団か?少ししてノックの後ガチャと扉が開かれる音がする。


「消灯時間だよー……あれ?小森さん同室の子は」


「あ、すみませんー!居ます居ます!」


 ドタドタと音が聞こえる。同部屋の人が帰ってきたようだ。


「もー、ギリギリだよ。じゃあ早く寝るんだよー、一応言っとくけどまだしばらく見回りしてるからね」


「はーい!」


 バタンと扉が閉まる音。


「じゃー寝るかぁ美羽、電気消すね」


「う、うんー!お願い!」


 布団の中、耳元で小森さんは言った。


「ご、ごめん……しばらく帰れそうに無いかも」


 長い夜はまだまだ終わりそうにない。

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