第二章 宿泊研修と橘詩乃

第12話 眼鏡と虎と

 7月初頭、体感だけど今年は夏の始まりにしては暑い気がする。最も新幹線車内はクーラーが効いていて涼しいのだが。6月の中間試験が無事終わり今日から宿泊研修が始まる。ネットで調べてみたが他の高校ではあまり聞かず珍しいようだ。

 高校に入学してまだ3ヶ月。一応、仲を深める為という目的があるらしいがこの時期にクラスメイトとひとつ屋根の下はコミュ障には中々キツい。


「や、やっべ……緊張してきた」


「まだ新幹線乗っただけじゃん、今から緊張してどうすんの。告白するまではまだまだ時間が」


「バ、バカ詩乃声でけえよ!あいつに聞こえたらどうすんだよ!」


 目の前でわちゃわちゃと話しているのは、メガネをかけている事でお馴染みの橘詩乃さんとバスケ部の桐生大河くん。2人とも姫野さんグループだ。なんか最近姫野さん周りと一緒になること多くない?

 沢山深呼吸をした後心が落ち着いたのか少しだけ声のボリュームが落ちる。


「すまねえ。俺のわがままに協力してくれてありがとうな、詩乃、それと七瀬」


 名前を呼ばれびくりと体が動く。


「イ、イエ、ダイジョウブデスヨー」


「おう!やっぱ良い奴だなお前」


 カタコトな日本語を特に気にすること無く返す桐生くん。ちょっとトイレ行ってくるわと早足で歩いていった。まだ緊張は納まっていなかったらしい。


「行った、か。やーごめんね!巻き込んじゃって!七海くん、朝比奈ちゃん」


 朝比奈さんと顔を見合せ、いえいえと手を振る。何故こんなことになったのか、そして何故。それを説明するには体育祭後の放課後まで時を遡る必要がある。




 ……




「なんで私のこと、見えてるの……?」


「ふむ?聞きたいことってそれ?」


「私、七瀬以外の人に見えてないの」


「うん、見てれば分かるよ」


 橘詩乃は特に表情を変えず言葉を返す。


「……私のこと見える人、ずっと探したけど七瀬以外誰も居なかった。そんな中、あなたは、橘さんは私の事見えてるしこうやって話してる」


「ふーん……」


「だから、なんで見えてるの……?私の事なにか知ってるの……?」


 私のことを頭の上から足の先まで目で追った後、少し考える仕草をして橘さんは口を開いた。


「やー、ははっ、分かんないや!ごめんね!」


「は、はあ……?」


 どういう事?七瀬と同じでたまたま私のことが見えてる人って事なの……?規則性やなにか理由は無いのかと考えていると教室の扉がゆっくりと開かれた。


「あ!朝比奈さん探しましたよ、何してたんですかー心配したんですよ。中々見つからなかったので……って橘さん!?え!?なんでこんな所に!?あ、すみませんいいい今のは独り言でして!!!」


「七瀬、違う……」


「え?違うって」


 私の耳元に近づき七瀬は小声で話す。


「普通に話して大丈夫だよ七瀬くん。私も見えてるし聞こえてるから」


「……え。え?え!?朝比奈さんをですか!!??」


「お、おう。すごい興奮するね、どうどう」


 数秒固まり、色々な表情をする七瀬。私よりオーバーリアクションだ。


「か、髪色は?」


「金髪」


「服は!?どんな服着てます!?」


「制服。どこの学校のかは分かんないけど」


「朝比奈さん!!!」


「う、うん。何、七瀬」


 勢いよく私の方に向き直り両手を掴まれる。上目遣いが可愛い。


「よかったでずねええええええ!!!!!!僕以外にも、僕以外にも見える人が〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」


「七瀬……」


 ぶんぶんと腕を振りながら泣き出す七瀬。まるで自分のことのように喜ぶ七瀬の姿をみて、考えるのを一旦やめた。


「1歩前進ですね!朝比奈さん!!」


「うん、そうだね。ありがとう七瀬」


「あの〜仲良しなところ悪いんだけど、お二人の馴れ初めとかお聞きしても?」


「あ、そうですね!では朝比奈さんから!」


 私が他の人と話しているのが余程嬉しいのか、私から説明した。その間七瀬は終始笑顔だった。




 ……




「ふ〜ん、なるほどねえ」


 朝比奈さんの説明が終わると興味深そうに橘さんはメガネを上げる。


「5月頃から七瀬くんとよく一緒にいるな〜とは思ってたけどそういう事だったわけか。ん〜私もなにか協力してあげたいけど……特には分からないなあ」


 それでも僕以外の人と会話が出来るだけで大分気持ちが楽になると思う。それにこうして橘さんが見えるということはやっぱり他にも朝比奈さんを見える人がいる可能性も高い。


「しいていうなら、昔から少し霊感あるかなとかおもったりしてたくらい?私家が神社だから」


「へぇ……」


 霊感……か。よく分からないけど僕にもあったのだろうか。その後何かを考えるように、んーと橘さんは考えたかと思うと人差し指を立てた。


「1つ条件付きだけど。私も手伝うよ、朝比奈ちゃんの記憶探し。人手は必要だろうし」


「「本当(ですか)!?条件は!?」」


「はは〜仲良しだね。うちのクラスに桐生大河ってやつがいるんだけど分かる?よく私達と話してるんだけど、バスケ部の」


 こんな感じの人ですと髪型を手で表現するとあー、と朝比奈さんは浮かび上がったようだ。


「小さい頃から家が近所で仲良くてさ、まあそいつが最近好きな人が出来て。それを手伝って欲しいって頼まれて」


「ふむふむ」


「幼なじみのよしみで私も成功して欲しくてさ~出来ればそれを手伝って欲しい、これが条件」


「その好きな人とは?」


「それは手伝うことを了承したら教えてあげる、私も極力バラしたくないし」


 なるほど……。どうします?と朝比奈さんに目を向ける。


「……私はこのとおり見えない体だしできることは少ない。だから七瀬に負担が多いと思う。もしそれでも良いのなら」


「じゃあ決まりですね」


「交渉成立、だね。改めてよろしくね朝比奈ちゃん、七瀬くん」


 両手を差し出されそれぞれ握り返す。連絡先を交換し橘さんは立ち上がった。


「じゃあ、大河も一緒に作戦会議する場を後でセッティングするんで」


「あ、待ってください!結局その好きな人って」


 ああ忘れてたごめんごめんと言うと扉の前で止まった。


「絢香、姫野絢香だよ。それじゃそういうことでまた!」


 がらがらぴしゃんと扉が閉められ、沈黙が数秒続く。


「えっ」


「難易度高……」


 朝比奈さんと共に頭を抱えるのだった。

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