第5話

 修子はぼんやりと突っ立っている。

 「ちょっとそこ、ぼうっとしていたらダメじゃない。もう、ほら声出して。」

 デパートの接客を務めている、そして、もう芯から元気など出ないというのに、空回りをした大声で、私は客を呼び集めた。

 そもそも、危なっかしい人だとは思っていた。

 が、まさか死ぬなんて、そんなことあるのかしら。

 最後に、教えてくれたのは、

 「私は殺し屋なんだ、殺人をしている。だから修子、お前は真っ当に生きるんだ。約束しろ、いいな?」

 ということで、死ぬ間際にはむしろ一旦元気になって私に強い口調でそう語りかけた。

 私にとって、あいつは兄のような存在だった。

 あいつは、何か恋人だとか、そんなことを思っていたらしいけれど。私だって表面上はそう取り繕っていた。が、本当はこいつは私に生き別れた兄かなんかで、だからこそ取り繕うものが何一つ何のだろうと思ってしまう程だった。

 だが、あいつが死んで分かってしまった。

 あの感情が恋で、私はそれを失ったのだ、と。

 はあ、こんなことになるのなら、子どもでも作っておけばよかった。

 それなら今一人ぼっちにならなくて済むのだし、嫌なことだってないはずだった。

 そして、私は言う。

 

 「馬鹿野郎。何なんだよ。」

 自分がお嬢様だと扱われていた時代は終わった。

 家は壊れ、父母ともに遠くへと逃げてしまった。

 私は、その時に初めて抱えていた違和感の正体に気付いた。

 私は、父母にとって多分、あまり大事な娘ではなかったのだろう。私はずっと、自分がおかしいから、悪いのだと思い込んでいた。でも、違った。

 結果失踪してしまった両親がいなくなると、あれだけ関心を持っていた銃器やそれに類するもの、とにかく殺傷能力のあるものすべてを捨てた。

 そんなものにはハナから関心など無いのだと気付いてしまったからだった。


 虚しい、ねえ、私を置いていかなければ良かったのに。

 何で私をかばってくれたの?

 私、相当恨まれていたんだね。

 父は、結構悪いことに手を出していて、かなり恨まれていたんだね。

 その二人のせいで、あなたが死ぬことは無かったのに。

 私が本当に必要なのはあなただったのに。

 「…行かなくちゃ。」

 今日は仕事が休みで、朝から時間をかけて身支度をしていた。

 もう昼時になるというのに、まだ支度は整っていない。

 

 どこにも行くことができない、あなたのお墓にも、父母を追いかけて罪を償わせることも、できない。

 私は無力だった。

 けれど、すくっと立ち上がりキッチンへと向かう。

 朝淹れていたお茶をあっためて、カップに注ぐ。

 「…よし。」

 ためらうつもりはない、行かなくてはいけない。

 私は、詰めていたカバンを手に持ち、ヒールに足をつっかける。

 どこへ向かうかは、言わない。

 私に行先はきっと、誰のも分かることは無いはずだったから。

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