第4話

 じじいは、言った。

 「お前、俺の所に来い。養ってやる、お前には素養がある、あのな。俺も昔そうだったんだ、おやじおふくろが消えて、一人になっちまって、それをこの世界の奴らに救われた。だから仕方が無いんだよ、お前も祈るんだ。」

 やたら訳の分からないことを口にする奴だなあ、とインチキ臭げな顔を向けながら、でもその時の美里に選択権など無かった。

 時は、大不況で、おまけに状況も大混乱。行く人行く人、その日の食べ物にありつけるか、といった混沌とした社会になっていた。それは、今までの恩恵に胡坐をかき過ぎていたのかもしれない。バランスを取ろうと、やはり一方的に得をしている方は減損し、その影響がもろに表れ落ち着くまでには時間がかかった。

 「うまいか?うまいだろ。もっと食えよ。」

 「………うん。」

 美里は子供らしく、らしくはないか。節操のないように食にありつき、周りの人間はヒいていた。だが、そんなことを構ってはいられない程の幸福がそこにはあった。

 そしてお腹が満たって来るうちに、美里はその代償について考えることになる。

 きっと払い続けなくてはいけないのだろうと、思っていた。

 そして、実際にそうなるのだ。

 美里は、人を殺しながら大人になる。

 確かに、あの男が出まかせで言ったのか、すごく考えて言ったのか、それは分からなかったけれど、美里には素養があった。

 「…ふう。」

 今日も、仕事をこなした。

 しかし、それなのに。

 

 「じじいが死んだって、マジかよ。」

 「ああ、分かった。すぐ行く。」

 そんな時だった。美里はもう大人になっていた、立派な成人女性ってやつ、それなのに、何でだよ。

 「今、死ぬのかよ。そんなの、ないだろ?」

 くうに、問いかけた。

 そして同時に全てを悟った。

 自分が殺しを続けていたのは救ってくれたじじいのためだったのだ、と。あの人が喜ぶのなら、やってやろう、と、罪の意識すら殺していた。

 が、今美里は、それらすべてが反動であるかのように押し寄せてくる現実にもがいていた。

 そうだ、ここから出るしかない。

 この混乱に乗じて、今しかない、もう決断したのだ。

 そう決めたら足は早まり、美里は葬儀も出席せず、遠くへと逃げた。

 が、ダメだった。

 連れ戻されてしまった。

 じじいの息子、でももう結構な年だった。なぜなら、じじい自体が生きていることが奇跡のような年齢だったから。

 連れて行かれた先で、問いかけた。


 「何で、私じゃなくちゃいけないんだ。」

 それは本音だった、どうして、どうしてなの?

 「…お初にお目にかかります。父がお世話になっていたそうで。」

 「ああ、だから放っておいてくれよ、なあ。」

 「…ダメです、それに、父もそれを望んでいません。遺言に書いてありました。あいつを手放すなって。」

 美里は何だよそれ、と口だけを動かし呟いた。

 「真意は測りかねますが、それが父の遺志なので。」

 ともうサラリーマンで言ったら定年退職すれすれといった年齢なのだろう。弱く、よぼよぼとした態度だった。

 だが、従うしかなかった。

 自分の人生はその中にしかない、と知っていたから。

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