第3話

 扉を叩く。

 今でも、私は自分の訪問を知らせる際には扉を叩く習慣がある、もちろん彼女の方も心得ていて、状況的に大丈夫であったなら、私をそこへ通してくれる。

 「入りな。」

 「うん。」

 「…て、誰そいつ。」

 「…ごめん見つかってしまったね。ほら、この人だよ、私の育ての親。」

 ほら、と彼女に向き直り目くばせをする。

 「あ、こんにちは。えっと、修子なおこといいます。よろしくお願いします。」

 「修子?まさか。」

 「ずっと話していた私の恋人。びっくりした?」

 「したよ、何だよ。すげえ清楚じゃん、どうしたんだよ。」

 「まあそういう事だから、入るね。」

 「…おう。」

 彼女の方も驚いているようだった。

 そして、

 「美里、来たの?」

 後ろから現れたのは、初めて見る男だった。けれど誰かは分かった。そいつは、彼女の夫だ。私のことは知られたくないと、伝えていなかったはずなのに、なぜ?

 「こんにちは。」

 「こんにちは…。」

 私と修子はちょっとうろたえながら挨拶をした。修子は彼女が女性の一人暮らしだと聞いていたから、なお驚いている。そして、これどういうこと?という感じで肘で小突いてくる。

 私だって分からない、一体どういう事なんだ?という顔で彼女の方を見ると、一つ、頷いた。

 「ああ、説明してなかったね。この人が、お前のこと知って会いたいってさ。」

 「どうも、美里の夫です。彼女から聞いていたんだ。昔世話をしていた子がいるって。僕は会ってみたくて、君なんだね。」

 「あ…はい。」

 気持ちだけが沈み、心は萎えた。

 私は、修子を連れてくるだけでも精一杯だったのに。殺人を、生業にしているのだから、秘匿だけはきちんとしていないといけないのに、私は彼女を睨んだ。

 が、彼女は気づかないふりをして目をそらした。

 とりあえず、家の中に上がり、茶をもらう。


 その日は特に、何もなかった。

 私は修子を紹介し、そして彼女は夫とともに笑っていた。

 

 だが、それではいけないのだ。

 私はとても焦っていた。

 修子は、ただの女ではないのだ。

 この女は、悪魔を心に抱えている。私が、きっと修子を好きになったのはそういう匂いをかぎ取ったから、なのかもしれない。

 私にとってのなつかしさのすべては”殺し”だから。

 恋愛というのはきっと、そういうものなのかもしれない。何かしらの懐かしさ、心の落ち所のような、そんな感覚。

 「私、もう我慢できない。」

 「ダメだ、絶対に駄目だ。」

 必死で止めるしかなかった、修子は衝動を抱えていた。だが、この子はただのお嬢様だ。真っ当な生活しかしてこなかったはずなのに、それを隠し続けることが困難になっていた。

 だが、だが。

 私は修子に殺しをさせるわけにはいかない。

 だって私は彼女を、愛しているから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る