第2話 使徒との契約


あれがいわゆる臨死体験といわれる状態であったのだろうか?幽体離脱・・・って?幽霊や金縛りを含めてもこんなスピリチュアルな体験は初めてだった。ふつうは一生に一度の経験ではないだろうか?

生きてるって素晴らしい、人生って最高だ!

なんて気分には成らず、精神が落ち着いた所で元の体に戻してもらって部屋まで帰ってきた。


途中で後遺症や欠損、麻痺などが無いか全身の感覚を確かめながら、手足の感覚や視力や聴力親指から小指まで順番に曲げたり、ラジオ体操をしてみたりと運動機能を確認してから、きょろきょろと挙動不審な行動を取りつつ、ぬいぐるみを抱えた変なおやじが夜道を歩く姿は、さぞ薄気味悪かっただろう・・・。

警察が見たら速攻で職質対象&交番に連行となる事間違いなしだった!


「ふうっ~!」


何度目かの溜息を吐いて、万年床の布団の上でぬいぐるみのぷぷるんと膝を突き合わせている。いまだにぬいぐるみがなぜ動くのか不思議だが、部屋に入って自分でトコトコと歩き当然のように向かい側に座った。ぷぷるんは腕を組んで足はぴょこ~んと前に出した感じで座ると、落ち着くまで待ってやるからさあ話せとキラキラ潤んだ目でこちらを見ている気がする。


「この世界は異世界の魔王から侵略を受けていると?」


こくりとうなずくぬいぐるみがゆっくりと頷く。


「それは異世界であちらの神様が現地の魔王に負けそうに成っていて、勢いづいた魔王が今度は、こちら側の世界にもちょっかいを出し始めているという訳だと?」


ファンシーなぬいぐるみがコクコクと二度頷く。


魔王の手下として侵略してきた魔人は狡猾で、直接物理的な侵略行為はせずに、主に間接侵略で触手を伸ばし、この世界の有力者を少しづつ洗脳して、こちらの世界を乗っ取ろうとしているらしい事を幽体離脱中にパニックに成りながら、恐喝半分で聞かされていた。


こちらの神様が勇者を募って対抗しており、今回リクルートされているのが俺ってわけ。無職の俺をヘッドハンティングって、ちょっとタイミング良いかも?


「なんで俺が?何も取り柄のないおっさんをなぜに?」


そこんところがとても気になる。血筋とか前世とかそんな感じか?実は高貴な青い血の末裔とか、実は間違ってこの世界に生まれたとかだろうか?

ちょっと期待を込めてぷぷるんを見つめる。



「死んでも悲しむ人が誰も居ない、突然いなく成ってもこの世界に全く影響がないのは、ものすごく特別な能力だよ!」


ぷぷるんは、両手をぶんぶん振り回して力説している。


「うっせ~っての!特別感出しても地味に突き刺さる言葉の暴力だからな。

それに、そもそも死ぬ事が前提じゃんか!

世界中に何十億と人間がいる中でなぜ俺かってこと!」


ぷぷるんは一旦正座の姿勢に成って背筋を伸ばすと呟いた。


「あなたには魔法使いの素質があるのです。」


それって、これまで純潔を守り通してきたからか・・・?


「この世界の人間は魔法を使う能力が無いのが普通で、魔力持ちは極めて特殊な存在なのです。魔力を持っている事によってあなたの魂は、我々が用意したボディーとのシンクロ率が極めて高く、こちらの世界でも魔法の操作が可能なのです。」


ぷぷるんは立ち上がって、腰に手を当ててふんぞり返っている。


「あなたは神から選ばれた人間、魔王の手からこの世界を救うのです!」


でたな、テンプレな勇者風煽り文句でブラック労働に即GOって訳か?


現世利益は何かないのか?こちらは無職で絶賛破産への直行便だ!

食っていくための何かが無いと飢死にしてしまうし、住む場所の維持も必要だ!

仕事も財産も何もなくて、このままでは自殺か飢死に向かって一直線だ!


しかし、職を失っているから今は物凄く暇だ!恐らくこのまま生きていてもこんな経験は二度とできないかもしれない、チャンスの女神に後ろ髪は無いと言うし・・・。

うじうじ考えていても始まらないので、まずはさっきから気になっていた事を聞こう!


「魔法少女ってなんだ?契約して魔法少女になるって言ってただろ?

 おっさん相手に魔法少女ってどういうことだ!」


ぷぷるんは身振り手振りを交えて話し始める。


「異世界から来た魔人にダメージを与えるには、向こうの世界の魔法が使えないと効果が無いのです!従って向こうの世界の神と、こちらの世界の神が、世界の理ことわりを合わせて、お互いの世界の肉体と魂を等価交換する様なイメージで、異世界から肉体を召喚してきて、それにあなたの魂を入れるのです。」


「向こうの世界で俺の体に入った人はどうなる?向こう側の魂は?」


考え込むように一瞬動きを止めたぷぷるんは、少し寂しそうに目を伏せて。


「あちら側の魂は実質的に死んでおり、肉体だけが健康体とのことです。

 詳しい事はこちら側から向こう側の事象を観測できないので、こちら側から伺い知ることは出来ません。」


つまり!どっちの神様も要らないもので交換するから、等価交換って訳か・・・!


でも、それでどうやって魔人とやらと戦うんだ?

変身するって現象も分からん、というか全く想像が追い付いていかない。


「お試しでやってみてもいいが・・・先ずは自分の適性が見たい。」


ぴょん!と勢いを付けてぷぷるんは立ち上がると、まるで体操のお兄さんが子供たちに聞かせるような雰囲気で話しだした。


「うん、分かった! ぷぷるんと契約だね! それじゃあ早速、右手を高くあげて指をすーっと伸ばす!左手は腰に当てて、嬉しそうに微笑んで。続けて右手を横に左手も横にまっすぐ伸ばして、足踏みしながらくるりと右回り、今度は逆で左手を高くあげて指をすーっと伸ばす!右手は腰に当てて、嬉しそうに微笑んで。

続けて右手を横に左手も横にまっすぐ伸ばして、足踏みしながらくるりと左回り。

最後に両手の親指の先を下にして胸の前でハートマークを作ってニッコリ笑う!

まずはこれしっかり出来るように練習しましょう!」


手を上げたり足踏みしたりと体全体を使ってクルクルと舞う。


「えっ・・・踊り?」


間髪を入れずにビシッとこちらを指さし(手が丸いので指は無いが・・・)。


「ちがう!体と精神のリンクを開放するコマンドです。口答えせずにサッサとやる!」


何だか鬼教官な感じだが、ひとまずやってみるか!




しかし、しんどい四十肩で腕を上げるのにも一苦労で、足や腰の普段使わない筋肉が悲鳴をあげている。手が低いとか切れが悪いとか笑顔が足りないとか散々の言われようだ、ハートマークを作る事がこれほど精神にダメージを与えるなどと、こんなにしんどいなら無理に変身しなくてもいいかもと思い始める。


「ハー、ハーひどい汗だ、普段からの運動不足を痛感した。」


ひとまず振付が出来る様に成った所で、ぷぷるんが呟いた。


「マジカルリリカルぷるぷるりん、ミラクルぱらりんロリポップ、ぽろりんラジカルりりぱっと、ミラクルチャットで美少女戦士ファンシーりなになーれ~!」


さも当然と言わんばかりの態度でこちらを見つめるぷぷるん。


「なっ・・・・!?」


しばし絶句。




「変身呪文的なもの唱えるの?」


コクリとうなずくぷぷるん。


「マジで?あの振付と一緒に?」


コクコクうなずくぷぷるん。


「それって絶対必要なの?」


鷹揚にうなずくぷぷるん。

あまりの衝撃で一瞬意識が遠のく、何かとてつもなく恥ずかしい言葉の羅列が有ったように思われるが、踊りと一緒にあのセリフが必要だとは・・・・


「・・・チョッと待って!セリフ紙に書くから!」


メモ用紙に鉛筆でセリフを書き留めていく、ぷぷるんから口述されるセリフは可愛らしいが、自分が野太い低音で発する事を思えばセリフを書き留める手が震える。このセリフ45歳のおっさんが声に出しているだけで変態としか思えないし、あの踊りと一緒にハートマークを胸元に当てた決めポーズを誰かに見られたら即警察に通報もしくは精神病院への隔離病棟送り間違いなしだ!


こんなセリフ吐いて何も起きなければ悶絶必死の超恥ずかしい事態に違いない!

しばし葛藤しながらも、心を落ち着けて考えれば他に人は誰も見ていないし、ぷぷるんは神様関係者で教官だ、覚悟を決めて踊りながらメモをちらちら見て呪文を唱えつつ、同時にへこへこと手と腰を動かしながらクルクルと回る・・・


「マジカルリリカルぷるぷるりん、ミラクルぱらりんロリポップ、ぽろりんラジカルりりぱっと、ミラクルチャットで美少女戦士ファンシーりなになーれ~!」



呪文を唱え終わり胸元でハートマークを作って引きつった笑顔を浮べた瞬間、爆発的な閃光が胸元のハートを中心にして広がる光の洪水は部屋全体で溢れ返り視覚が麻痺する。体の節々がぎしぎしと縮んでいくのを感じるが痛みは無い、弾力のある柔らかく透明な何かに、ゆっくりと包まれて圧縮されるような不思議な感覚。


今まで着ていた背広やズボンは光の中で分解され肉体は別の物に再構成されていく様な不思議な浮遊感があり、やがて気が付けば手や足がほっそりとしなやかに、すべすべとしていることに気が付く。自分の髪の毛が伸びていくのを感じる、中年を過ぎて初老に差し掛かってベタ付き薄く成りはじめた頭髪とは別の、さらさらヘアーが肩や背中に触れていく感触がある。高鳴る胸の鼓動を感じて一呼吸息を吸い込んで息を吐くと、今まで呼吸をしていなかった事に気が付く、この現象がスローモーションのようにゆっくりと進んでいる様に感じていたが、部屋の壁に掛けてある時計を見ると実質的には一瞬の出来事であり、実は一呼吸の間に起きていた現象だった様だ。光が嘘のように消えていきそれと同時に水面からゆっくりと浮上するように、じんわりと体の感覚が戻ってくる。


光が消えると視界にはまるで何事も無かったような薄汚い部屋の壁、天井の隅には蜘蛛の巣が見える。茫然と景色を眺めていると部屋の大きさが何だか変な事に気が付いた。風景は同じだが視点が違うことに気が付くまで時間が掛かった。体が小さくなったのだ、視線が1m以上低くなっている!


視界に飛び込む素材不明のピンク色のブーツ、スカート、ベストが体に装着されている。

・・・自分の手のひらがかなり小さい!

指や爪も小さくて綺麗でこれまで自分の染み付いたごつごつとした荒れた手ではなく、白磁を思わせる透き通る様な白い肌。

最近始まった老眼のせいで手元がぼやけていた視界は、近くでもクッキリと小さな指の指紋一筋一筋が虫眼鏡もかくやと思われるほどにハッキリと見える。


しかし小さい、小さすぎるといっても過言ではない、想定してたのと違う!美少女っていってたからせめてJCやJK、行ってもJDな感じを想像していたが・・・


だが手足が軽い!飛び跳ねて何でも出来そうな気がする、体に脂肪も無く筋力に対して体重がかなり小さいのだろう。動き回ってほんのりと良い匂い!髪の毛なのか体臭なのか良い匂いがする、脂ぎった加齢臭を伴う自分の匂いではない。


立ち上がって玄関前の姿見に移動する。


鏡には、ブルーの瞳で肩に掛かる長い金髪のゆるふわロングの白人、4~5歳位の美少女(幼女)が写っていた。


振り向いてぷぷるんを見る。


「・・・?」


あっ・・・いない。 ぷぷるんが居なくなってる。


『そうです、たった今あなたは 『美少女戦士ファンシーりな』 に成ったのです。』


頭の中でそう声がつぶやいた。



ファンシーって、「気まぐれな好み」とか「理由のない」って意味も有るからな・・・


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