神はサイコロを二度振る

@ho7838

第1話 神の使徒

ある日突然会社が潰れた。


これまでと同じ毎日が当たり前のように続くはず・・・終わりは呆気なく会社の入り口に張られた紙を見て、上司に詰め寄る部下と忙しそうに動き回る同僚たちがいた。


以前から何となく会社の状況が悪いとは思っていたが、そんなことは過去にも有ったし自分の会社の業績なんて気にも留めていなかった。


有能で職場を引っ張ていた中核の人材から少しずつ居なくなり、何をしているのか分からない人たちの主導する〇×プロジェクトや、△□新規開拓などと言った案件が増えていた。何の役に立つのか分からない、明確な目標や成果も有耶無耶な案件に只時間を費やして行った。


深く考えることも無く流れ作業でこなしていくが結果や結論が精査されないまま同じような事を繰り返えす日々。


逆転〇〇とか、V字回復とかのスローガンや達成不可能な売り上げ目標とか、

無茶な経費削減とか威勢のいいスローガンばかりが次々と現れては、朝令暮改の繰り返し。


定年までもう一踏ん張りとの思いでやってきたが、心の何処かでついにこの時が来てしまったのだなと、達観するように納得する自分がいる。


自分の前を通りがかった経理の女の子から今日会社が倒産して社長が行方不明に成っていることを教えられた。


しばらくすると債権を取り立てるために取引関係の業者が押しかけて来て、会社の備品を根こそぎ運び出していくのを何処か遠い所の出来事のように、ボンヤリと眺めていた。


同僚がどさくさに紛れて、会社の事務備品置き場に走り出す。「お前も給料代わりに持って行けよ!」とノートや事務用品や換金できそうな物を持てるだけ持ち去って行った。



その日から茫然自失の状態が続き、何をするでもなくぼんやりと自分の部屋に引きこもっていたが、一週間もするとさすがに現状を整理する心の余裕が出てきた。


長年勤めていた会社の倒産にはショックだったが、妻子もおらず天涯孤独の身の上であり養うべき家族のいる人に比べればダメージは少ない。


少ない貯金を切り崩していけば、しばらくは生活が維持できる事もあり直ぐに動く気力も湧かなかった。


家族も親戚も無く、唯一社会への窓口として存在していた会社も失い自分を拘束するものが一切無くなってしまい、本当の自由とは斯くも恐ろしい事であると思い至るのであった。


今住居としているアパートは自分と同い年で築45年の木造2階建、事故物件比率多めの空き部屋多めで懐にとても優しい。


このアパート1階の一番奥の角部屋が自分の部屋である。隣人は70歳過ぎた老人の一人暮らしで、普段からテレビやラジオの音もしないし移動や扉の開閉音すら聞こえない、だからと云って壁の防音性能が良いわけではない。


日に何度かトイレの水を流す音は聞こえるので老人の活動が極端に静かなのだ。

老人を目にするのは稀で、買い物や用事で出かける気配もなく、誰かが訪ねてくる様子もない、どうやって生きているのかは謎だ?。


真上の部屋は首吊り自殺の事故物件で長い間入居者はいない。

何度か入居者が入ったことも有るが一ヶ月持った事は無く、直ぐに空き部屋に成った。


夜はとても静かで、時折斜め上の住人の生活音がたまに聞こえる程度で、

これまで夜帰って寝るだけだった俺にはとても住みやすい環境だ。


彼女居ない歴は年齢と同じであり、某漫画ならば超高レベル魔法使いになれる事間違いなし。これまで仕事一辺倒だったため継続している趣味もないし、これといった特技や資格が有るでもない。見た目も平凡で、「印象に残らない」とよく言われるがこれこそが最大の特技かも知れない。


なんのために生きているのか分からなく成ってきたが、自殺するほど追い詰められているわけでもない。




久しぶりに外に出ると雨上がりの地面には水溜まりができていて、植え込みや街路樹の葉には光の関係からか真珠の様なキラキラとした水滴が光っている。


雨は少し前に止んだようで、空の雲は遠くになって空気は新鮮で清々しい。

夕方の通り雨の後で空気が澄んで少しひんやりとした風がそよぐ中、公園のベンチに座るために座面に残った水滴を手で払いのける。


ベンチに浅く腰掛けると、大きく伸びをして空を見上げた。


太陽は僅かに山陰から覗いて、残照が世界を照らしている。

こんな光景を見ていると自分のモヤモヤとした不安も和らいでいく、

空の大部分は黒に近い濃い群青色になり、星がいくつか輝いている。


下に行くほど薄い青色になるグラデーションがとても美しい。

大自然の中で確かに自分は生きていて、根拠のない楽観的な未来について考える余裕が芽生え始める。


街灯がそろそろ点灯する直前、トワイライトな時間・・・黄昏時。

澄んだ空気の中でこの瞬間世界全体が影絵に成った様な不思議な感覚。




ふと、何か呼ばれたような気がして足元を見ると、ピンク色の何かが一瞬目に留まった。よく見ればぬいぐるみの一部が、濡れ落ち葉の隙間から姿を見せている。


薄汚れたぬいぐるみは太陽の最後の光で影が増して、公園の街灯がポツポツと点灯しだした為か、少し動いた様に見えた。


濡れて汚れたぬいぐるみを再び拾いに来る子供がいるのだろうかと考えながら、ジッとぬいぐるみの露出部分を観察する。


薄汚れているがピンク色の色合いは泥水を吸い込んでグズグズの湿った雰囲気は無く、ただ頭から湿った落ち葉に突っ込んでいる感じがした。


両足とおしりの丸いしっぽが見えていて頭隠して尻隠さず、ヘッドスライディングして落ち葉の中に半分入り込んだ様な状態だ。


恐らく裏側は雨でべっちょりと湿っているであろうし、最悪だんご虫やダニなど得体のしれない生き物が付着しているかもしれないと、思いながらもおっかなびっくりそっと手で触れてみる。


露出した足は思ったほど手触りは悪くない、乾いていて少し暖かみも感じられる。


つかむ力を強めて、大根でも収穫するように足首を掴んでぬいぐるみを一気に落ち葉の中から引き抜いた。水を含んで濡れた雑巾の様に成っていることを予想していたが、意外にもふんわりと乾いていて撥水加工がされているのかとも思われた。


気のせいかほんのり人肌の温かさを感じた気がして、ぬいぐるみに付いた濡れ落ち葉や小枝を落として自分の隣に腰かけさせてから、細かいホコリや泥を綺麗に払ってやると、改めてまじまじとそのぬいぐるみを観察する。


引き抜いたぬいぐるみはピンクのファンシー調な感じで、うさぎの様なフォルムだが耳は短い、目はくりくりとした青いガラス質の大きなビーズだろうか?キラキラと潤んだ様に見える。


全長30cm程度で小学生以下の小さな女の子が抱えていそうな代物だった。

こんなぬいぐるみを自分の隣に座らせているおっさんの絵面は、端から見ればかなりヤバいと自覚しながらも不思議と目が離せない。


「僕はぷるるん、助けてくれてありがとう!」


ぬいぐるみから突然、可愛げな声が聞こえた。


一瞬驚いたが今どきのぬいぐるみはすごいものだと感心して、AI仕込みのお喋り機能付きも当然有るだろうと思いなおす。


AIやサーボ系の回路が組み込まれているならかなり高額だと思うが、先ほど掴んだ時には、芯となるような固い骨格や重量感もなくて電池やAIが入っているようには感じられなかった。


「伊藤さん伊藤琢磨さん、あなたは優しい人です。あなたは神様に選ばれました!」


「僕と契約して、魔法少女になって、悪の魔人を倒してください。」


ぬいぐるみが、こちらを向いてチョコンと小首をかしげる。

動いた!小さな子供に配慮したメカメカしい骨格無しで、今どきのおもちゃってスゲーと思いつつ、魔法少女って何のこと?


しばしパニックに成りながらも情報を整理すると、今確かに自分の本名が呼ばれた様に聞こえた・・・聞き間違え?いや確かに呼んでいた、何故自分の名前をAIロボットが知っているのか?


何かの仕込みで、だれかこの光景を隠し撮りしている可能性が高い・・・なぜ?


公園の茂みに隠しカメラが仕込まれていて、「ドッキリ」「大成功」って看板持った赤いヘルメットのリポーターが近寄ってくる80年代のテレビの光景が思い浮かぶ。


素人相手に今時コンプライアンスの関係も有るから、大手の放送局じゃないだろうし一般人だまして番組作ってもコスト的にもペイしないだろう・・・。


大げさなリアクションや面白発言をしなければ画として使い物になるまいが、

〇〇チューブやティッ△トックにアップして狭い範囲で笑われるのだろうか?


しかし、自分みたいな無名素人をさらしていったい誰が得する?

誰かに観察されていて、ネット中継されている前提で対処すべきだろう。


分かってしまえばどうと言う事は無い、少し深呼吸をして心を落ち着けると方向性は決まった。面白動画としての価値を無くす方向で行くべきだ。


「大変素晴らしい技術をお持ちのようですが、私の様なおじさんをからかってはいけません。」


ぬいぐるみはベンチの上で立ち上がり、腰に手を当てて胸をグイっと突き出すようにしながら言った。


「あなたは神様に選ばれたのです!」


かわいらしい声で、さも偉そうな感じで言うのだった。


見た目の可愛さとのギャップで少し微笑ましいが、質問に対する返答にタイムラグが無く的確だ。


「AIと言うより遠隔操縦機能を組み込んでいるようですね!

 私は次の予定も有りますので、ここで失礼します。」


ベンチから腰を浮かしかけると、トコトコと軽快に歩いてきて、


「待ってください! 話を聞いてください!」


浮かしかけたズボンの腰のあたりをぬいぐるみの両手で引きとめる。


それほどの力が有るわけでは無いが、とても愛くるしい。


「あなたの信仰する神様は偉大な方のようだが、

 私は信仰心が薄い人間なので、お役に立てそうもありません。」


宗教や信仰の話はヤバい、初対面の相手にあまり深く立ち入ってはいけない領域だ、

ビジネスマンとしては逃げの一手だ、只今絶賛失業中だけど。


「大変申し訳ありませんが、ここらで失礼させていただきます。」


と慇懃に頭を下げて立ち上がろうとした瞬間、ピリッと体に電撃を受けたような感覚がして体の力が抜ける。気が付くと視界は突然切り替わり、ベンチにもたれて眠っている自分の頭を少し上から見下ろしている視野に成った。


なんだか体が宙に浮いていて、地上2m位のところを浮遊している感じだ。

ぬいぐるみは真下の俺の体に這い上がって頭の上に乗ると、こちらに向かって言った。


「あなたの体と魂を一時的に切り離しました。」


両手をぶんぶん振りながら背伸びをしている。


「いまあなたの体は仮死状態に成っています。」


何か薬を打たれたのか?

麻酔薬やドラッグの中にはこんな効果が有るって聞いたことが有る。

洗脳して言いなりにする。

あとは死ぬまで宗教団体の金蔓パターンて感じだろうか?

思考がグルグルと回ってパニックになるかと思われたとき。


「薬とか使ってませんよ~!洗脳も金蔓もないで~す!」


プンスカといった格好で抗議するぬいぐるみを見ながら、声出してないのに思考が読まれている事に気が付いた。


「今あなたは精神的な存在に成っています。」


「考えた事を心で伝えることができるのです。」


思考、心の声が駄々漏れって事なの?


「ぷぷるんがあなたの体と心に触れているから出来ることです。」


偉そうに踏ん反り変えている。


「ぷぷるんは神様の使徒なのです!」


・・・・・・?

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