買い物

「牛乳とマヨネーズ……あとは、卵だな」

 秀美は何の迷いもなく、6個入りのパックを手に取った。純国産鶏卵!『大地のめぐみ』と書かれた高級卵である。

「鶏が産んでるけど、大地のめぐみなのか?」

 秀美は自分だけが聞こえる様な声で囁いた。

「ですよね、私もそう思ってたんです」

「え」

 秀美はびくっとして声のする方に視線をやる。そこには小柄の女性が、同じ卵パックを持って眉間にしわを寄せていた。

「だって、鶏は生き物じゃないですよね。なのに大地からのめぐみって……鶏のめぐみだと思うんですよ」

 淡々と話す女性に秀美は疑問の表情を投げかける。

「あ、ごめんなさい。つい同じこと思ってたみたいだったので」

「あ、聞こえていましたか?お恥ずかしい」

 秀美は誰にも聞こえていないと思っていた分余計に恥ずかしく感じていた。

「なんだかこういうの気になっちゃうんですよね」

「わかります。細かいところが気になっちゃって、妻にもよく怒られます。別にいいでしょそんなのー!って」

 秀美が空いている手を振り上げ、怒るようなジェスチャーをする。

「あはは……でも、そんな高級な卵買って帰ったら、奥さん怒らないですか?それとも奥様のこだわり?」

 女性が籠の中の卵を指さして問いかけた。

「んー……」秀美は少し考えて答えた。「妻のこだわりと言うよりは、私のこだわり?ですかね?」

「へー、こだわってるんですね。料理男子だ」

「いえいえ、私は料理がからっきしなので妻任せです」

「なら食材のこだわりですね。卵は外せない!的な」

 女性は買い物かごの中身を覗き見ながら言う。

「あ、私、卵あんまり好きじゃなくて」

「は?」

 女性は思わぬ返答にぽかんと口を開けて、その口いっぱいに疑問を乗せた。

「なので……私のこだわりなんです」

 秀美は微笑んでいる。

「例えば……」

 秀美は相手の女性を呼ぼうとするが名前がわからず、伺う素振りをする。

「あ、長谷川です」

「長谷川さんの旦那さんに、卵を買ってきてもらうように伝えたとします。いざ買ってきたものがこの高級卵だったとしたらどうしますか?」

 長谷川は怪訝な表情で、そんなの当たり前だと言わんばかりに口を開く。

「怒りますね」

「でも、長谷川さんは卵を買ってくるように伝えただけですよね?」

「いや、普通に考えてわざわざ高いの買わないでしょ」

 長谷川が眉間にしわを寄せる。

「普通はそうです。ちょっとした買い物に家計を圧迫する理由がないからです」

 長谷川は小さくうなずく。

「でも私は、あえてここで高い卵を買って帰るのです」

「それがわからないのよ」

「こだわりというのは理解されないものです」

 秀美が、目を閉じて、数度小さくうなずく。

 長谷川がその姿を見て、少し考える素振りをする。徐々に苦笑いに近い、だが、嫌悪感も見え隠れする表情になる。

「まさかあなた……変態さんなのかな?」

「そう思う人がほとんどですね」

 秀美は即座に、笑顔で返答した。


 長谷川は、苦笑いしながらゆっくりとその場を去っていった。


――うわーイケメンかと思ったらただのやばい人じゃん――

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