第2話


「ひどい臭い…いや──」 


扉を開いてすぐ、玄関口から一歩踏み込んだ所で思わず足を止める──慣れてはいけない非日常の臭いに。


ゴミやくさや、或いはチーズの腐敗した臭いに喩えられる強烈な異臭。相変わらず嗅覚神経が駄目になりそうな臭いではあるのだけど────


「想像よりはマシ…だね?」


想定される死者数を考えると控え目な臭いと言える…実際、同じく複数の死者の出た現場の臭いはもっと酷かった。


「…嗅覚やられたかな」


吸血鬼には遺体をゾンビ化させる姿がたびたび目撃されており、吸血鬼が遺したと思われるゾンビの討伐報告もたびたび耳にする。そして吸血鬼製のソンビにはとある共通点が存在する。


「強い怪異が居る感じがしないね」


玄関前で感知出来た怪異の反応は低級が四体、対して住人の数は四人。


私の足音に反応したのかリビングからノロノロ、とこっちへ向かって来るゾンビ怪異は案の定、四体だった。


「なる程ね、そー言う事...」


男物の衣服を着たゾンビ二体と女物の衣服を着たゾンビが二体。


そして四体の共通点──蒼白で水分皆無のしわしわな肌。そして何よりどのゾンビからも


「本当に吸血鬼の仕業みたいだね」


腐乱臭とは文字通り腐敗が進んだ事で起きるもの。


血液を全て、恐らくは生きたまま、抜かれたであろう被害者ゾンビからは特有の臭いこそするもののそれを感じる事はない。


「そーなるとこの臭いは…」


そして腐乱臭の根源らしきモノが──警官の遺体が視界の先に見えていた。


私が突入するまで、家族で最後の食事をしていたようで…御丁寧に机に乗った遺体は穴だらけ、血だらけの悲惨なものだった。


「生きたまま、あーなりたくないね」


苦悶の表情を浮かべた遺体は────


「おっと!!」


思考の世界に浸っている間に随分と接近されていたようで喉元への噛みつきを後ろへ跳んでやり過ごす。


「召喚、一反木綿いったんもめん


地面にドス黒い円形の穴が開きヒラヒラと一枚の真っ白な布が勢い良く飛び出す。


「巻き付き」


飛び出した勢いそのままに突撃した布切れ…一反木綿は目の前のゾンビの首に巻き付く。


「潰せ」


巻き付く力が強まると元より張り合いのないシナシナの首は骨の軋む音を立てながら、握ったスポンジみたいに形を変え──小気味いい音を響かせながら限界を迎えた。


「拘束」


赤い双眸が残りのゾンビを見据える。ヒラヒラの体は全長を伸ばし、噛みつきや大振りな腕の一撃を躱しながら三体を包囲、拘束する。


グルグルと白い布が巻き付いた様はさながらミイラようである…顔まで覆っていないのとまだ動いている点を除けばだが。


一反木綿いったんもめんで締め上げても恐らくパワーが足りないだろう。となると適しているのは…


「行け、鎌鼬かまいたち


突風が吹きすさむ──腐乱臭混じりの風が頬を撫で突き抜ける。視界の先で頭部が舞い上がり、脳を失ったゾンビは膝から崩れ落ち物言わぬ骸へと還る。


鮮血の先では体の部位にそれぞれが鋭い鎌を携えた三匹の獣が霧状に拡散する。


「これで完了──じゃないね!!」


轟音を立てながら黒い塊が天井を突き破り、その体積を膨張させる。


「これは蝙蝠コウモリ!?」


吸血鬼の象徴たる動物が前方で一つの形を作る…のは見えたがそれよりも…


「ゲホッ…呼吸が……!」


天井の細かな破片と部屋の埃が突き破れた衝撃で舞い上がり視界と呼吸が妨害される……が何が来るかは予想がつく。


「…吸血鬼!!」

「我が主がお呼びだ、怪異使い殿」


時刻は午後1時を過ぎた辺り。


吸血鬼は日光に照らされながら───優雅な所作でティーカップから真っ赤な液体を啜っていた。

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