第19話

☆☆☆


「慎也の首は私が取る」



街の中を歩きながら佳奈は言った。



何体か地蔵の首を取ったときから、そう決めていたのだ。



「できるのか?」



前を歩く大輔が聞く。



佳奈は大きく頷いた。



いざ慎也の首を持つ地蔵が目の前に現れたら、そのときは怯んでしまうかも知れない。



それでも自分でやる覚悟はできていた。



そんな佳奈を見て大輔は刀を差し出してきた。



「私が持っていていいの?」



「最後の1体は慎也だ。お前が持ってろ」



佳奈は頷き、恐る恐る両手で刀を受け取った。



ずっしりと重たいそれは人の血を吸ってきたと思わせる、不気味は雰囲気を放っている。



手に持っているだけで気分が重たく沈んでいきそうで、佳奈は背筋を伸ばした。



「こんなのを振り回してたんだね」



「あぁ。なかなかひどい気分だったぜ」



大輔は開放されたように腕をグルグルと回してみせた。



これで慎也の首を取る。



自分の手で……。



時折出現する黒い化け物はことごとく猟銃で倒していった。



最初この化け物を見たときの恐怖もおののきも、今でも遠い過去の出来事のように感じられる。



武器が強くなったこともその要因のひとつだろうけれど、きっと自分たちも大きく変わったはずだ。



こんなことに巻き込まれていなければ、今でものうのうと、街の歴史のことも知らずに過ごしていただろう。



そして不意に地蔵や化け物が出現して、逃げる隙もなく殺されていたはずだ。



「美樹を確認しに行きたい。そろそろ起きている頃だと思うから」



慎也の家が近づいてきたとき、明宏が言った。



確かに、目覚めた美樹を放置しておくのはよくないかもしれない。



1人で外へ出て化け物や地蔵と遭遇する危険もある。



「そうだな。まずは美樹の様子を見に行くか」



大輔も素直に頷いて曲がり角を曲がる。



ここをまっすぐ行けばすぐに慎也の家だ。



そう思った直後、大輔が足を止めていた。



他の3人もつられて足を止める。



大輔の横から見えたのは自分の家の入り口に立ち尽くしている地蔵の姿だった。



佳奈はハッと息を飲む。



「慎也……」



とても小さな呟き声だった。



それが聞こえたかのように灰色の体になった慎也がこちらを向く。



慎也の目はなにもうつしていなかった。



なにも見ていなかった。



焦点もあわず、ただ飾りのような眼球がついている。



あぁ……。



これは慎也じゃないんだ。



佳奈はその目を見た時にそう感じた。



慎也によく似た顔をしている別人だ。



佳奈は無意識のうちに一歩足を前に踏み出していた。



両手で刀を握りしめて、一気に駆け出す。



後ろから大輔と明宏がなにか叫んだけれど、耳には届かなかった。



きっと自分を引き止めたのだろう。



無謀なことはするなと叫んだのだろう。



それでも佳奈の足は止まらなかった。



立ち尽くしている慎也と距離を詰めると、慎也が両手をこちらへ伸ばしてきた。



刀を振り上げる。



その瞬間刀の重さに負けて佳奈の重心がブレた。



あっと目を見開いたときにはすでに体のバランスが崩れていた。



それが幸いして身を屈めることになり、慎也の両腕から逃れたが刀は手から滑り落ちてしまった。



カンッ! と鈍い音を立ててコンクリートに落下する。



佳奈は咄嗟に両足を踏ん張り、下から慎也の顔を見上げる形になった。



慎也は再び両手をこちらへ伸ばしてくる。



「ごめんね」



呟くと同時に佳奈は慎也の両手を掴んでいた。



こちらへ向かってくる力を、力でねじ伏せるのではない。



相手の力をそのまま利用するのだ。



佳奈は習った護身術で慎也の腕をひねり上げていた。



慎也はコンクリートの上に叩きつけられる。



石でできたひどく重たい体でも持ち上げることができたことに、佳奈自身が驚いた。



だけどまだ終わっていない。



間髪入れずに落ちた刀を拾い上げて、慎也の体に馬乗りになった。



そして首めがけて思いっきり振り下ろす。



刀は恐ろしいほど簡単に慎也の首を切り裂いた。



ほんの少しの力だって必要なく、首はゴロリと音を立てて転がった。



「あぁ……」



思わずため息が漏れた。



やってしまった。



慎也の首をはねてしまったという絶望感が胸を刺激する。



しかし転がった首はすぐに地蔵のものに変化して行き、佳奈はホッと胸をなでおろした。



「佳奈!!」



春香が駆け寄ってきて佳奈を抱きしめた。



佳奈は全身から力が抜けていき、その場に座り込んでしまった。



しばらく呆然としてその場から動くことができなかったが、ふと気がつけば慎也の家の中にいた。



「え?」



戸惑い周囲を見回すと大輔と明宏と春香も混乱した様子で部屋の中を見回してい


る。



「今まで私たち外にいたよね?」



佳奈の質問に春香は頷いた。



4人が弾かれたように外へ出て確認してみると、そこには普段の光景が広がっていた。



犬の散歩をする女性。



道を急ぎ足で歩くサラリーマン。



行き交う自転車や車。



血や肉や死体なんて、どこにもない。



「どういうこと?」



再び呆然としていると、「元に戻ったんだ」と後ろから声がした。



佳奈が勢いよく振り向くとそこには右手を首に当てた慎也が立っていた。



「しっかしお前ら、俺をクローゼットに入れとくとかひどくね?」



首を捻ってパキパキと音をさせながら文句を言う。



「慎也……」



佳奈はまだ信じられなかった。



あんなに大変な思いをして慎也を助け出したのに、実感は湧いてこない。



「佳奈。俺を助けてくれてありがとう」



その言葉にジワリと涙が滲んできた。



そして思いっきり慎也に抱きつく。



確かなぬくもり。



呼吸音。



それに、背中に回されている大きな手。



「大変だったよな。本当にありがとう」



慎也が佳奈の頭をやさしくなでる。



その間に美樹が部屋から出てきていた。

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