第18話

「その灰色の人間と、どこで会ったの?」



「すぐそこの道」



指差したのは学校の表にある大通りだった。



「灰色の人間に追いかけられて、ここに逃げてきたの?」



その質問に少女は左右に首を振った。



「違うの。お父さんとお母さんがここの教師でね、それで鍵を持っていたから――」



少女が説明を続けようとした時、教室の中から男女2人が出てきた。



「お父さん、お母さん!」



少女がすぐに駆け寄っていく。



どうやら少女の両親のようだ。



佳奈たちは2人へ向けて軽く頭を下げた。



2人は戸惑った様子で、けれど同じ様に頭を下げる。



そこで佳奈たちは地蔵を探していることを2人に説明した。



「あれを倒すなんてそんな無謀なことできるはずない!」



説明を聞き終えた男性が吐き捨てるように言う。



「それでも探しているんです。ここには来なかったんですよね?」



春香の質問に頷いたのは母親の方だった。



「えぇ。でも大通りでは見ました。灰色の人間は他の人たちを襲っていて、そのすきに学校へ逃げ込んできたんです」



少女の話しによるとこの夫婦はこの中学校の教員で鍵を持っていた。



だからこうして逃げ込むことができたんだろう。



「ありがとうございます。もう少しこの辺りを探してみます」



きっと地蔵はすでに場所を変えているだろうけれど、佳奈はそう言った。



「入り口の鍵はどうして掛けないんですか?」



さり際に明宏が気になっていたことを質問した。



鍵をかけていたも化け物は窓を割って侵入する。



それでも人間の心理的には鍵をかけたくなる状況のはずだった。



「それは……誰でもここに逃げ込めるようにしたかったからです」



女性の言葉に明宏は一瞬目を見開いた。



自分たちが襲われるかもしれない状況で、鍵をかけない選択をしたのは他の人たちのためだったのだ。



「目の前で人が襲われているのに、私達は助けることができませんでした。だからせめて鍵は開けておこうと思ったんです」



それはこの夫婦の優しさだった。



こんな地獄のような街でも、優しい人はいる。



そう思うと佳奈たちは嬉しくなった。



それから佳奈たちは中学校の周辺を探して回った。



しかし思っていた通り地蔵の姿はすでになく、他を探すことになってしまった。



だけどあんな素敵な家族に出会えたことで無駄な時間を過ごしたとは思っていなかった。



束の間のオアシスのような存在だったと思う。



心が疲弊してしまいそうな時、あの家族のことを思い出すだろう。



再び人の悲鳴を聞いたのはそれから10分ほど歩いたときだった。



近くに自分たちの通う高校が見えてきたとき、その方角から複数人の悲鳴が聞こえてきたのだ。



その悲鳴を聞いた瞬間4人は思わず足を止め、そして1秒後には駆け出していた。



まさか、自分たちの通っている高校で!?



佳奈の胸に嫌な予感がよぎる。



そして校門を抜けた時その予感は的中するのだった。



校門を抜けて悲鳴が聞こえ続けている方角へと走る。



そこは1段低くなっている、広いグラウンドだった。



佳奈たちはここで体育の授業を受けて、部活動をおこなう。



そんな場所が今は大惨事となっていた。



土は血がこびりついて黒くなり、あちこちに人が倒れている。



十数人の人々が悲鳴を上げながら逃げ惑っていて、その後ろから地蔵が追いかけているのだ。



グラウンドは少し低くなっていて階段で上がり下りするようになっているため、人々はここから出ることはできなくなってしまったのだ。



階段を駆け上がって逃げようとすればスピードが落ちて地蔵に追いつかれてしまうから。



そのため階段には首が取れた死体が折り重なるようにして倒れていた。



広い場所だから大丈夫だろうと考えて身を寄せ合ったがために起きた、大惨事だった。



「美樹!?」



呆然として地獄のような光景を見つけていたとき、明宏が声をあげた。



佳奈は目を凝らして人々を追いかける地蔵を見つめる。



それは見間違いようもなく、美樹だったのだ。



美樹は佳奈たちの存在に気がつくことなく、まあ血の人たちへの復讐を行っている。



「美樹、やめろ!!」



途端に明宏が叫んで駆け出していた。



「明宏!」



刀を持った大輔がすぐにその後を追いかける。



「美樹! 僕だ、明宏だ!」



明宏は走りながら美樹に話しかける。



しかしその声は美樹には届かない。



目の前にいた小さな男の子に手を伸ばし、今にもその首を引きちぎってしまいそうだ。



「やめろ!!」



明宏が叫んで美樹に体当たりを食らわした。



バランスを崩した美樹の手から、男の子が逃げ出す。



美樹は表情の消えた目で明宏を見つめた。



「お願いだ美樹、もうやめてくれ! 目を覚ましてくれ!」



美樹はユラリと揺れて明宏に近づいていく。



そして両手を伸ばしてその首をつかもうとした。



明宏が今にも泣き出してしまいそうに顔を歪める。



そして「ごめん」と呟くと美樹の後方に回り込んだのだ。



後ろから美樹の体を羽交い締めにする。



「大輔、やってくれ!」



追いかけてきた大輔が刀を振り上げる。



「やれぇぇぇぇ!!」



明宏の叫び声がグラウンドを揺るがし、美樹の頭がドッと音を立てて転がり落ちたのだった。


☆☆☆


「うっ……うぅ」



地蔵の首を抱きしめて明宏が嗚咽する。



明宏の流した涙が地蔵の頭にシミをつくっていく。



「なにしてんだ。それは美樹じゃない」



大輔が無理張り地蔵の頭部を引き剥がしてサッカーボールのように思いっきり蹴り飛ばした。



石はゴロゴロと転がって行く。



「大輔。ちょっとは明宏の事考えてあげなよ」



春香が慌てて耳打ちする。



「はぁ? 地蔵の頭を取れば美樹は元に戻るのになんで泣く必要があるんだよ」



地蔵が残り1体になったからだろうか、大輔は少し冷たい態度で明宏を見下ろしている。



「早く慎也の首も戻して、帰るぞ」



大輔の目はすでに最後に残った慎也の地蔵へと向いているように見えたのだった。

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