第17話

そんなことをしなくても人間を殺すことは容易いはずなのに。



「一生は医者になりたかった。包丁をメスだと思ったのかも」



春香がポツリとつぶやいた。



「え?」



「今までの地蔵と違うのって、頭部の感情が混ざっているからかもしれないと思ったの」



春香の言葉に佳奈は目を見開いた。



あんな状態になっても一生は自我が残っているということだろうか?



そう考えて当てはまることを思い出した。



首が元に戻った実里と翔太も、地蔵になっていたときの記憶を持っていた。



ということは、完全に自分でなくなっていたわけでもないのだろう。



一生の場合はそれが強く現れているのかも知れない。



だとすると……。



一秒でも早く首を取ってあげないといけない。



一生は自分が人々になにをしたのか、完全に記憶しているということになる。



医者志望の一生にとって人殺しがどれだけ心の重荷になるかわからない。



そう考えたときだった。



「こっちだ!」



明宏のそんな声がして隣の部屋から飛び出してきた。



明宏の後ろには地蔵がついてくる。



それを見た女性がまた甲高い悲鳴を上げた。



地蔵が包丁を振り上げて明宏に襲いかかる。



が、明宏は地蔵の気を引きつけていただけで、すぐ後ろから大輔が刀を振り下ろしたのだ。



ボロボロの刀は地蔵の首をいとも簡単に切断する。



首はゴトンッと重たい音を立てて床に転がり、そして石に戻っていく。



やった!



佳奈は思わず心の中でガッツポーズを作る。



これで3体の地蔵を撃退したことになるのだ。



残るは2体。



美樹と、そして慎也の地蔵だけだ。



「大丈夫か明宏」



「うん。これくらいどうってことない」



そんな会話に近づいていくと、明宏の右腕から血が流れているのが見えた。



一生に包丁で刺されたのだ!



明宏は自分のシャツの袖口をちぎって傷跡の上から巻いた。



「ケガ、どのくらいなの?」



横から佳奈が聞くと明宏は微笑んで見せた。



「大丈夫、そんなに深くはないんだ。かすっただけ」



明宏の言う通り血もすでに止まっているようで、安心した。



「その化け物はもう死んだの?」



その声に振り向くとさっきまで泣いていた女性が地蔵の胴体を見下ろしていた。



「もう大丈夫です」



春香が頷いて言うと、女性は地蔵の胴体を思いっきり踏みつけた。



石で硬いから自分の足が痛くなるはずなのに、そんなことお構いなしに何度も何度も踏みつける。



憎しみを込めて。



怒りを込めて。



佳奈たちが家を出るまでの間、女性はずっとその場から離れなかったのだった。




それから4人は再び街へ出て地蔵を探し始めた。



残りの地蔵が2体になっていることで、黒い化け物に出会うこともほとんどなくなっていた。



時折曲がり角などで遭遇しても、明宏が冷静に猟銃を撃って一発で撃退してくれていた。



そのため地蔵探しははかどるはずなのだけれど、残り2体がなかなか見つけられない。



「どこにいるんだよ」



街中を歩き回って疲れも出てきたようで、大輔が乱暴につぶやいて民家の塀を蹴りつけた。



「あと探していないところは、建物の中とかかな」



春香が答える。



さっき一生は民家の中に入り込んでいたし、建物の中にいる可能性は十分にあった。



けれど街中の建物は数え切れないほどにある。



民家も入れると、とても探し切ることはできなさそうだ。



4人共その考えは同じようで無言の時間が過ぎていく。



「例えば、大きな建物を重点的に探すことならできるだろうな」



歩きながら明宏がポツリと言う。



「大きな建物?」



大輔が聞き返した。



「そう。地蔵は人がいる場所を狙うと思う。逃げ惑う人は自然と一箇所に集まれる場所を探す。そうなると体育館とか図書館とか、そういう場所にいる可能性があると思う」



聞きながら佳奈は納得していた。



大勢が集まれる場所に地蔵は向かう。



ただ、図書館は自分たちが訪れた時に人の姿はなかった。



広い空間は大きな本棚に阻まれているし、人々が集まるのなら体育館のほうが現実的だった。



「学校」



不意に春香がつぶやいた。



その声に全員が足を止めて振り返る。



「学校なら、体育館だけじゃなくて集まれる教室やグラウンドがある」



「そうか、学校かもしれない!」



明宏が目を見開いて頷いた。



小学校、中学校、高校、大学。



この街には学校という場所が沢山ある。



しかし、民家を虱潰しに探すことを思えば簡単な作業だった。



「ここから一番近いのは小学校だな。行ってみよう」



大輔はそう言い、大股に歩き出したのだった。


☆☆☆


最寄りの小学校へ向かうと人影はなかった。



念の為にグラウンドに入って周囲を伺う。



「今日は鍵も開いてないんだろうな」



明宏が呟く。



普段子どもたちにで賑わっているはずの校舎も、今はシンッと静まり返っている。



生徒はもちろん先生や警備員も出勤してきていない様子だ。



「次に行こう」



落ち込んでる暇などない。



今はひたすらそれらしい場所を探すしかないのだ。



次に訪れたのは小学校から5キロほど離れた場所にある中学校だった。



小学校に比べると大きく、グラウンドからは遊具が消える。



「あの教室、電気がついてない?」



校門を入ったところで春香が電気のついている教室に気が付いた。



それは2階の角部屋だった。



他の教室には電気がついていないから、この日中でも電気がついていることに気が付いたのだ。



4人はすぐに昇降口へと向かった。



鍵は開いていて中に入ることもできる。



見知らぬ中学校の廊下を歩くのは不思議な気分だった。



作りは似ているけれど、雰囲気や校舎内に使われている色、匂いも違う。



4人は階段を見つけて駆け上った。



そして電気がついていた教室へ向かう。



廊下を走って教室へ向かっていると、ちょうどそこから1人の少女が姿を見せた。



少女は4人を見た瞬間驚いたように身を固める。



しかし4人が普通の人間だとわかると肩の力を抜いた。



「あなたたちも逃げてきたの?」



少女に声をかけられて佳奈は左右に首を振った。



ここは中学校だけれど、少女は小学生低学年くらいに見える。



「そうじゃないの。私達は灰色の人間を探しているの」



地蔵を探していると言っても伝わらないと考えて、佳奈は言い方を変えた。



「私見たよ。ここに来るまでにいたの」



少女は興奮気味に説明する。

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