第16話
☆☆☆
翔太の願いを聞き入れて4人は再び外へ出てきていた。
猟銃の弾を追加でもらい、ストックは十分にある状態だ。
黒い化け物は体数を減らしているし、この調子で地蔵を見つけることができれば悪夢から開放されるのもそう遠くはないと思えた。
しかし、街を歩いているとあちこちに死体が転がっていて、それを踏みつけないようにして歩くほうが難しいくらいだった。
血と肉の臭いが充満する街は地獄そのもので、吐き気は止まらない。
「どこにいるんだよ」
先頭を歩く大輔が周囲を見回しながらゆっくりと進んでいく。
化け物も地蔵も不意に姿を見せるので用心に越したことはなかった。
時折黒い化け物を見つけて発砲しながら前へ進んでいくと、民家の中から女性の甲高い悲鳴が聞こえてきて4人は同時に立ち止まっていた。
「今の声聞いたか?」
大輔が振り向く。
佳奈は大きく頷いた。
「聞こえた! あの家だと思う!」
前方には小さな赤い屋根の家が建っていて、悲鳴はそこから聞こえてきた気がしていた。
4人は赤い屋根の家へと走った。
ほんの近い距離だけれど、その間にも死体が転がっていて何度も足を取られてしまう。
ようやく家の玄関に立ったとき、室内から2度めの悲鳴が聞こえてきた。
間違いない。
この家だ!
佳奈は玄関に手をかけた。
しかししっかりと施錠されていて開かない。
中から開けてくれるのを待っていればきっと住民は殺されてしまうだろう。
瞬時にそう判断した4人は小さな庭へと移動した。
庭は花壇になっていてきれいな花が咲き乱れていたが、それは一部分だけ踏みつけにされていた。
花の首が折れた場所を視線で追いかけていくと、大きな窓が視界にはいる。
その窓は割れ、破片が飛び散っている。
あそこから侵入したんだ!
佳奈たちは花壇に足を踏み入れて窓へと近づいた。
割られた窓から薄いカーテンを開けると、最初に倒れている男性が見えた。
「大丈夫ですか!?」
佳奈は男性に声をかけながら慌てて室内に入り込んだ。
2人掛けのソファやテレビが置かれているから、ここがリビングであることがわかった。
男性は窓の前で倒れていて、胸から血が流れている。
首は取られていないから黒い化け物の仕業かもしれない。
「大丈夫ですか?」
しゃがみ込み、男性の肩を揺らしてもう1度声をかける。
男性はうつろに天井を見上げているだけで少しも反応をしなかった。
遅かった……。
佳奈の胸に絶望的な気持ちが広がっていく。
また1人、佳奈たちの目の前で人が死んだ。
助けることができなかった。
その悲しみと悔しさに奥歯を噛みしめる。
佳奈たちだって被害者の1人かもしれない。
だけど、地蔵たちの目論みや過去を知っている。
撃退する武器も持っているし、解決方法だって知っている。
だけどこの死んでいった沢山の人たちはそうじゃないのだ。
突然動き出した地蔵たち、それに見たこともない黒い化け物に容赦なく殺されていく。
なにもわからないまま、ただ巻き込まれていく。
そう思うとたまらない気持ちになった。
「佳奈、行くぞ」
男性がすでに手遅れだと気がつくと大輔が声をかけてきた。
佳奈は全身の力が抜けてしまったかのようにヨロヨロと立ち上がる。
そして4人で家の奥へと進んだ。
リビングはキッチンとの続きになっていて、そこは泥棒にでも入られたかのように散らかっていた。
きっと、住民が必死に逃げた痕跡だ。
その痕跡をたどって隣の部屋に入ると、灰色の人間が見えた。
その奥にふるえている女性がうずくまっている。
「地蔵?」
明宏は思わずつぶやいた。
さっき殺されていた男性を見た限りでは黒い化け物の仕業だと思っていたから、猟銃を構えていたのだ。
しかし、こちらを背にして立っているのは地蔵だった。
そして右手には包丁を握りしめている。
その地蔵は明宏の声に反応してゆっくりと体を反転させた。
そして顔をこちらへ向ける。
その顔には見覚えがあって、佳奈は思わず息を飲んだ。
一生だ!
背が高くて体格の良かった一生は、今は身長165センチくらいになっている。
その代わり体は地蔵の石と同じほど強固だ。
一生が握りしめている包丁は血に濡れていて、それでさっきの男性を刺殺したのだということが安易に想像できた。
どうしてこの地蔵だけ武器を持っているんだろう?
疑問を感じていたが、それを質問しても返ってくることはないとわかっていた。
佳奈と春香はうずくまっている女性へ視線を向けた。
女性があそこにいたら刀を振り下ろすことができない。
部屋は狭く、地蔵と女性の距離があまりにも近すぎた。
刀を両手で握りしめている大輔もそれを懸念しているようで、なかなか動くことができずにいる。
佳奈と春香は一瞬目を見交わせた。
まずはあの女性を安全なところへ避難させないといけない。
「こっちへ!」
佳奈が叫んだ。
女性がハッとしたように顔を上げる。
その顔は真っ青でまるで生気がない。
それでも佳奈の声に反応してどうにか立ち上がろうとする。
地蔵が女性へ向けて振り返る寸前、明宏が猟銃を天井へ向けて放った。
爆音と同時に地蔵の動きが止まる。
そのすきに佳奈は女性の元へかけより、助け起こした。
そのままの勢いで春香と共に隣の部屋へと移動した。
「あ、ありがとう……」
リビングの床に座り込んで女性が震える声で言う。
「大丈夫ですか? ケガは?」
春香に聞かれて女性は左右に首を振った。
その視線は窓際に倒れている男性へと向かっている。
夫だったのだろうか。
2人の左手薬指には似たようんリングが光っている。
女性は何度も嗚咽を漏らしながら、這いつくばって男性の体へと近づいていった。
そしてその体に追いすがり、抱きしめる。
その様子は慎也の体に抱きつく自分とおなじで、佳奈の胸は張り裂けてしまいそうだった。
「灰色の人間がいきなり家の中に入ってきて、、料理をしていた私から包丁を奪ったの」
女性が男性の体をさすりながら呟く。
そうすることで男性の体が生気を取り戻すのではないかと期待しているように思われた。
「それで、この人のことを……」
そこで言葉は途切れて、後には女性の泣き声だけが残った。
どうして地蔵はわざわざ包丁を手にしたんだろう。
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