第15話

「なんで私の首を切ったの!?」



まだ青い顔をしている実里が這うようにして大輔に近づく。



その顔には怒りが滲んでいて、大輔は戸惑った。



自分が悪いことをしてしまったという自覚は、もちろんなかったからだ。



しかし現に実里は大輔へ向けて怒りをあらわにしている。



「私は自分から望んで地蔵の首になったのに! なんで!」



実里は叫び声を上げて膝立ちになり、大輔の腹部を拳で殴りつけた。



「私はこの街に復讐したかったのに! 地蔵の気持ちを晴らしたかったのに!」



何度も何度も大輔を殴る。



その手には力が入っておらず、とても痛みを感じられるようなものではなかった。



だけど佳奈たちの胸にはたしかな痛みがジワリと広がっていた。



実里が地蔵の手助けをしたい理由はすでに知っていた。



だけどそれを阻止したのは確かに自分たちだった。



「やめろ」



柏木が低い声をかける。



しかし実里は目に一杯の涙をためて聞いていない。



「やめるんだ!」



柏木が怒鳴ると同時に実里の手を強く引っ張った。



実里は大輔から引き離されて暴れる。



その頬を柏木が強く打った。



パンッ! と平手打ちの音が室内に響き、周囲は静けさに包まれた。



実里は呆然とした表情で父親を見上げている。



「お前たちがしたことは間違ってる」



柏木の言葉に実里の目尻に涙が溢れ出した。



それはボロボロとこぼれだす。



「なんで!? どうして? なにが間違ってるの!?」



実里からすれば地蔵たちのほうが正しい選択をしているのだろう。



自分を差別し、過去にとらわれている街の人たち。



夢に出てきて自分を責めるイケニエたち。



それらに苦しめられてきた実里にとって、地蔵の存在はすがるべきものだったのかもしれない。



「自分たちの苦しみを他人に押し付けるな」



それは厳しくも優しい声だった。



実里の喉がヒクリと動く。



「過去は変えられない。だから引きずっていても意味がないんだ」



「でも、でも……」



「大丈夫。未来ならいくらでも変えることができる」



「私達はこの街から出ることもできないのに!?」



実里の悲痛な叫び声が響いた。



やはり昔首取りをしていた子孫たちは、いろいろな因果に絡め取られてこの街から脱出することが不可能なのかもしれない。



もし外へ出ることができるのなら、地蔵の怨念からも開放されていただろう。



それを許さないほどの強い力が働いているのは、間違いなさそうだった。



「この街の中にいても、変えられる。少なくても、俺たちは地蔵に手助けなんてしなかった」



それは実里の胸に突き刺さる言葉だった。



父親たちも同じ経験をしてきた。



差別やイジメは、もしかしたら今よりもあからさまなものだったかもしれない。



それでも地蔵に手を貸すことはしなかった。



それが父親たちが守ってきた信念だったからだ。



「どうか、他の人達も助けてください」



そんな声がして視線を向けると、目を覚ました翔太が布団の上に座って頭を下げていた。



「翔太……」



実里が愕然として翔太を見つめる。



「僕たちの心が弱かったのは事実だと思う。だから、地蔵に手を貸すことを考えてしまったんだ」



「でも、私は後悔してない!!」



翔太は優しくほほえみかけた。



「ごめん実里。僕は後悔しているんだ」



その言葉に実里は絶句した。



感じ方は考え方はそれぞれで、翔太が今後悔していることを否定することはできない。



実際に地蔵に手を貸したからこそ後悔したことがあるということも、理解できる。



だけど実里は裏切られたような気分だった。



5人で結託して地蔵の手助けをすると決めた。



あのときの気持を踏みにじられた気がした。



「なんで、そんなこと言うの?」



声が震えた。



悲しくて、悔しくて、やるせなくて。



「地蔵になっていたときの記憶が少しだけ残ってる。僕は小さな子どもと母親を引き離して、そして両方とも殺した」



翔太の言葉に実里はビクリと体をはねさせた。



実里もまだ覚えていた。



自分の手が小さな子どもを殺したこと。



足の悪い老人を引き倒し、その首をへし折ったこと。



実里は知らず知らず自分の両手を見下ろして小刻みに震えていた。



思い出したくないのに、殺した人たちのぬくもりや脳内に響く悲鳴を思い出してしまう。



「うっ……」



気がつけばボロボロと涙がこぼれだしていた。



それは止めることができなくて自分の両手を濡らしていく。



嗚咽が喉から漏れて情けないくらいだ。



「お願いです。助けてください」



翔太はまた4人へ向けて深く深く、頭を下げたのだった。

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