第13話

大輔が曲がり角を曲がったとき不意に足を止めた。



佳奈は大輔の背中にぶつかってしまいそうになり、慌ててブレーキをかける。



そして前方へ視線を向けた時、中学生くらいの少女が地蔵に襲われている姿が目に入ったのだ。



地蔵は少女の首を後方からつかみ、片手でその体を持ち上げている。



少女は必死に足をばたつかせて抵抗しているけれど、地蔵はビクともしない。



後ろから首を掴まれているため呼吸もままならず、顔が青くなってきている。



佳奈は咄嗟に地蔵の顔に注視した。



見たことのない男の顔だ。



智子たちの仲間の1人であることに間違いはなかった。



そう理解した瞬間ホッとしている自分がいた。



少なくとも今は慎也の首を跳ねるようなことはしなくてもいいのだと、反射的に考えてしまったのだ。



佳奈は強く左右に首を振って自分の考えをかき消した。



早かれ遅かれ、深夜の首を取ることは決まっているのだ。



そうしないとこの悪夢は終わらない。



慎也が戻ってこないのだから。



「大輔、刀だ!」



後ろにいた明宏が叫び、刀を大輔に向けて投げた。



大輔は筋肉質な右手でそれをキャッチして、すぐに構えた。



刀なんて持ったことがないから、その構え方はバッドと同じだった。



けれど今はどんな構え方でも構わなかった。



とにかく地蔵の首を切り取るのだ。



「その子を離せ!!」



大輔は怒鳴りながら地蔵へ向けて駆け出した。



少女に気を取られている地蔵は反応が遅れて、顔をこちらへ向けたときには大輔の刀が目の前にあった。



大輔は最初に地蔵の手を狙い、刀で切り裂いた。



ボロボロの刀はいとも簡単に地蔵の手を切り落として、少女の体ごと地面に落下して行った。



その切れ味に一瞬大輔が戸惑ったほどだ。



化け物には通用しなかったのに、弾丸を弾き返す地蔵には通用するなんて。



落下した少女は何度か激しく咳き込み、そのまま逃げ出した。



獲物を失った地蔵が大輔を見つめる。



その目は空虚だったが、大輔には恨みが込められているように見えた。



殺そうとしていた人間を逃されたのだ。



怒っていてもおかしくはない。



「この刀には敵わないんだろう?」



大輔が再び刀を握り直す。



このまま首を斬ることができれば、終わる!!



そう思った直後のことだった。



地蔵が切られた右手を胸の辺りまで持ち上げた。



その断面は完全な石で、体液も出てきていない。



まさしく怪物だった。



そしてその断面が突然ボコボコと泡立つように動いたかと思うと、ボコッ! と新しい手が生えてきたのだ。



その光景に大輔は目を見開き絶句した。



悲鳴も恐怖も忘れてしまい、ただ呆然と立ち尽くす。



「再生した!?」



佳奈が叫ぶ。



そう、地蔵の手は切り取られる前と同じ状態に戻っていたのだ。



「本物の化け物だ」



明宏が呆然としながらも呟く。



こいつら、首を切らない限り何度でも再生するのか。



黒い化け物とは比べ物にならない、ほぼ不死身状態だ。



地蔵が生え変わった右腕を大輔に向けて伸ばしてくる。



それが大輔の首にかかる寸前で、その場にしゃがみこんで交わした。



幸い地蔵たちは人間に近づかないと攻撃ができない。



刀を持っている大輔にとっては有利だった。



しゃがみこんだ大輔は地蔵の足を切り落とし、地蔵を転倒させることに成功した。



いける!!



佳奈は思わず拳を握りしめる。



大輔は転倒した地蔵の前にたち、その首に刀を伸ばす。



地蔵は瞬時に再生された足で立ち上がろうとしたが、少しだけ遅かった。



大輔の持っていた刀は柔らかいものでも切るように地蔵の首にスッと入っていくと、そのままスパッと切り離していたのだ。



地蔵の目が一瞬光りを宿した。



それは大きく見開かれて大輔を見つめる。



そして最後に微笑むと、男の顔だったそれはどこにでもある地蔵のものに変化していた。



人と同じだけの背丈だった体は元の大きさに戻り、ゴロンと転がっている。



「……これで成功したのか?」



大輔の言葉に誰も返事ができなかった。



地蔵は地蔵に戻ったが、頭部がどうなったのかわからない。



転がっている頭部は石が掘られたものに変わってしまっている。



「首が元に戻っているのかどうか、確認できればいいけど」



明宏がやっとの思いで言葉を出した。



だけど、確認するすべがない。



「柏木家に戻ればわかるかもしれないよ」



春香が声を震わせて言った。



「そうだな。あそこには今イケニエになっている連中の親が集まってるんだもんな」



明宏が何度も頷く。



親が集まっているということは、彼らの胴体もあの家にあったのかもしれない。



自分たちに客間しか見せなかったのは、それがあったからなのかも。



佳奈はそう感じられてきていた。



「もし、首が戻っっていなかったら?」



不意に春香がつぶやいた。



それは最も恐れていることだった。



伝説や言い伝えの中ではこの刀で事態を収束できると思われているが、現実では違う場合だ。



伝説や言い伝えが必ず正しいと言い切れない。



「きっと大丈夫だよ」



佳奈はそう言うしか他なかった。



今はただ信じるしかない。



地蔵の首から開放された頭部は、ちゃんと元に戻っているのだと。

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