第12話
ジッと見つめる視線の先で明宏が土の中から箱を取り出した。
床に置かれたそれは土埃をかぶっていて、大輔が手のひらでそれを払った。
室内に誇りが舞い上がって咳き込みそうになる。
どうにか耐えたとき、大輔が木の箱をそっと開けた。
カタッと小さな音がして長年湿られていた箱の上部が取り外される。
中の空間が見えた瞬間部屋の空気が変化した気がした。
さっきよりも重たく、体に粘りついてくるような不快感。
佳奈は思わず口に手を当てて出口の方へ後ずさりしていた。
春香の顔は真っ青で今にも倒れてしまいそうだった。
だけど誰もなにも言わなかった。
ただ箱へと視線が向けられていて、呼吸音すらうるさいと感じられる静寂が流れていく。
大輔がゴクリと唾を飲み込んだ、残りを一気に開けた。
とたんに箱の中にはいっていた憎悪や嫌悪が吹き出してくる。
恨んでやる。
残ってやる。
よくもよくもよくも。
首を取ったな!!
幾重にも重なる怨念の声が実際に佳奈の耳に聞こえてきていた。
それはこの刀で首を取られてきたすべての人間の叫びだった。
その叫びは本人がいなくなった後もこの刀にやどり、今でも息づいてきたのだ。
強い憎悪に逃げ出してしまいそうになるのをグッと両足を踏ん張って耐えた。
そうしないとこの寺にはいられないくらいだった。
しかし刀をよく見てみるとその刃先はボロボロに刃こぼれしていて、錆びついていた。
「こんな刀であの地蔵の首を切れっていうのかよ!」
大輔が我に返ったように叫んだ。
確かにその通りだった。
銃弾で死ぬことのなかった地蔵が、こんなボロボロの刀で死ぬとは思えない。
そんなの現実的じゃなさすぎる。
「柏木さんたちが嘘をついていると思うか?」
明宏の言葉に大輔は黙り込んだ。
柏木の紳士な目を思い出す。
他の人達も小さな子どもがいて妻がいて、守りたいものがある人達だった。
そんな人たちが嘘をつくとは思えなかった。
自分の大切な人を守るために猟銃を持って戦っていたじゃないか。
「化け物が!!」
呆然と刀を見つめていると、一番入り口に近い場所にいた春香が叫んだ。
大輔がかけよって表を見てみると3体の化け物が近づいてくるところだった。
「ちっ。こんなときに」
舌打ちをした銃口を化け物へ向ける。
そうしている間にも更に数体の化け物たちが石段を登ってくるのが見えて、大輔の額には汗が滲んだ。
おいおい、どうなってんだよ!
1体撃退してもまた1体がやってくる。
今までほとんど化け物の気配はなかったのに、刀を発見した途端にウヨウヨと近づいてきやがった!
それは他のメンバーたちも感じていたことだった。
自分たちは開けてはならないパンドラの箱を開けてしまったのではないだろうかと、不安が胸に膨らんでいく。
しかし箱はもう開けられてしまった。
あとはこの中身を使うか使わないか、それだけだ。
明宏は覚悟を決めて刀を握りしめた。
それは想像以上の重たさで、両手でしっかり持っていないと落としてしまいそうだった。
まさしく何十人という人間の血を吸ってきた妖刀だ。
明宏はしっかりと刀を握りしめて戸口へと向かった。
表には十数体の化け物たちがいて、銃声は鳴り止まない。
唯一の入り口である石段にも無数の化け物たちがうごめいているのが見えた。
このままじゃここから出る前に殺されてしまうかも知れない。
明宏は大きく息を吸い込んで、一歩前に出た。
化け物の1体と視線がぶつかった気がした。
「うわああああ!!」
化け物が動くより先に雄叫びを上げて刀を振り上げる。
長さのある武器なのでこれ以上前に出る必要はなかった。
明宏が振り下ろした刀が化け物にぶつかる。
と、同時に明宏の体は後ろへ倒れ込んでいた。
刀が手から離れて落ちる。
一瞬なにが起こったのか理解できなかった。
気がつけば明宏の目の前に化け物が迫ってきていて、刃物になった腕を振り下ろそうとしている。
あの刀は化け物に弾かれたのか?
そう気が付いた瞬間にはすでに刃物の腕が目前へ迫ってきていた。
もう避ける暇も攻撃する暇もない。
明宏は目を見開いて自分の死を見た気がした。
が、バンッ!!と銃声がしたかと思うと目の前まできていた化け物が横倒しに倒れ込んだ。
視線を移動させると佳奈が猟銃を構えて肩で呼吸をしているのが見えた。
「その刀は地蔵にしか効果がないみたい」
佳奈に言われて落ちた刀を手に取る。
なんだよ、それならそうと言ってくれよ!
内心愚痴りながら立ち上がり、建物内へ戻ると猟銃を握りしめた。
武器が2つもあると心強いが動きにくい。
特に刀は想像以上に重たくて、地蔵にしか効果がないと来ている。
吹き出そうになる不満をどうにか胸に押し込めて、明宏は表へ出たのだった。
どうにか黒い化け物を退治して寺から出た4人は地蔵を探し歩いていた。
その間にも次から次へと化け物たちが襲ってくる。
刀では攻撃できないことがすでにわかっていたため、自然と銃ばかりに頼ることになってしまう。
今さらながら爆竹を置いてきてしまったことを佳奈は後悔しはじめていた。
弾はそれぞれ持たせてもらっているけれど、地蔵をすべて見つけ出すまでに切れてしまう恐れもある。
そうなると後は素手で撃退していくしかないのだ。
佳奈の視線は前を行く大輔の足へ移動していた。
化け物に攻撃された大輔の足はまだ痛々しい傷跡が残っている。
ほとんど治っているらしいが、それでもまだジクジクと痛むときがあるらしい。
そう簡単に治る傷ではない。
自分があれと同じ傷を追った時、まだ走ることができるだろうか。
想像してみてもみんなに迷惑をかけている自分の姿しか浮かんでこない。
もし攻撃されて傷を負ったら、そのときこそ死を覚悟するときなのかも知れない。
すくなくても、みんなに迷惑をかける気は佳奈にはなかった。
だから、寺にいたときにああして春香と会話ができてよかったと心底思っていた。
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