第11話

ここに刀があるかもしれないのだ。



それで慎也と美樹を助けることができるかもしれない。



そう思うと、途端に寺に漂っていた気味悪さも押しのけることができた気がした。



床下をはいずってどんどん進んでいくと中央あたりの土が少しだけ盛り上がっていることに気が付いた。



手で掘ってみると3センチほどの四角形の石が出てきた。



ただの石かと思ってライトで照らし出してみると、そこにはなにか文字が掘られていることがわかった。



しかし床下にいては文字を判別することができなかった。



仕方なく一度床下から這い出した佳奈は、再度石を確認した。



「なんだそれ」



佳奈が不思議な石を持っていることに気が付いて、大輔が近づいてきた。



「床下の土の中に埋まってたの」



説明しながら掘られている文字を読み進める。



「イケニエ……まい……か……」



石は随分と劣化していてしっかりと読み解くことができない。



しかし、イケニエという文字が刻まれていることは明らかだった。



「おい、ちょっとこっち来いよ!」



大輔に呼ばれて明宏と春香も駆けつけた。



「この石、イケニエって書いてある」



「本当だな。でも他の文字は読み取れない」



明宏でも難しかったようだ。



「この石はどこにあったんだ?」



そう聞かれて佳奈は先程と同じ説明をした。



「よし、今度はそこを掘り返してみようか」



「掘り返すってどうやって? 床下には這いつくばっていないと入れないよ?」



おかげで佳奈の服は土埃だらけだ。



「建物の床を剥ぎ取って、そこから掘ればいい」



明宏は説明しながら足早に建物の中へと足を進める。



建物自体もかなり劣化していて、すでに床が抜けている箇所がいくつもあった。



その中で佳奈は自分が石を見つけた中央へと向かった。



「よし、そこだな」



大輔が頷くと床へ銃口を向けた。



他の3人は耳を塞いで目を閉じる。



バンッ! と短い銃声がして煙の臭いが鼻を刺激する。



そっと目を開けると大輔が小さな穴から床下を覗いていた。



「ちょうどいい場所みたいだな」



穴の中からは佳奈が掘り返した穴が見えていた。



それから4人はあいた穴に鉄の棒を差し込み、力を込めて床板を外した。



床板はメリメリと音を立て、最後にはバンッ! と跳ね返るようにして外れていく。



そして人1人分のスペースを開けると、今度は明宏がスコップを用意してきた。



「鉄の棒もスコップも、どこから持ってきたの?」



あまりに用意がいいので佳奈が質問すると、寺の奥に物置小屋のようなものがあって、そこに瓦礫とともに置いてあったらしい。



そう言われて見ると棒もスコップも随分錆びて劣化している。



寺が賑わっていた頃には色々と使用されていたのだろう。



床下の土は湿っぽく、スコップの先についてくるようなものだった。



明宏と大輔は2人で交代しながら土を掘り起こしていく。



その間に佳奈と春香の2人は建物の外を警戒していた。



ここまで来て化け物たちに邪魔されてはかなわない。



「ねぇ佳奈」



「なに?」



佳奈は周への警戒を残したまま、春香の声に反応した。



寺の周辺は信じられないほどに静かだった。



街の中が地獄のようになっているのが嘘のように感じられる。



まるでここだけ結界で張られていて、悪いものが入って来られないようにしているかのようだ。



「大丈夫?」



その問いかけに一瞬返事ができなかった。



佳奈はゆっくりと振り返って春香を見る。



「私も大丈夫じゃないんだけどさ、でもきっと佳奈や明宏のほうがずっと大丈夫じゃないんだろうなって、思ってて」



しどろもどろになって言う春香に佳奈は小さく笑った。



これが春香なりの心使いなのだと十分に伝わってきた。



「そうだね。正直全然大丈夫じゃない」



佳奈と春香は石段の一番上に肩を並べて座った。



街の方から悲鳴と怒号が聞こえてきていて、こんなことをしている場合じゃないことは十分に理解していた。



けれど、もう今しかないのかもしれないと佳奈は感じていたのだ。



こうして春香と肩を並べて会話できるのは、もう今しかない。



刀が見つかれば今度は地蔵の首を取りに行くことになる。



それが成功する保証なんてどこにもなかった。



自分たちはもうすぐ死ぬ運命になるのかもしれない。



「でも、こうしてずっと春香と一緒にいることができてよかったと思ってる」



佳奈は心の底からそう言った。



そして春香の手を握りしめる。



真夏だというのに、すごく冷たい手をしていた。



「私も、佳奈と一緒にいられてよかった。できれば、美樹も一緒が良かったけど」



佳奈は頷く。



いつまでも3人でバカみたいに騒いで、時には悩んだりしていたかった。



ずっとずっと、最高の3人でいたかった。



佳奈の脳裏には地蔵になり明宏の放った弾丸に倒れ込んだ美樹の姿があった。



思い出すと涙が出そうになり、すぐに気が付かれないように手の甲でぬぐった。



もう2度と3人で過ごすことはないのかもしれない。



「今度はみんなで海とか山に行こうね。肝試しはこりごり」



佳奈が冗談っぽく言うと、春香が笑った。



「本当だね。怖い思いはもう十分したもんね」



明るい声は街の壊滅なんて知らない女子高生のようだった。



それから2人は手をつないで笑いあった。



最後に残された少ない時間を少しでも共有するように……。


☆☆☆


「あったぞ!!」



明宏の声が聞こえてきたのは20分ほど経過したときことだった。



それまで佳奈と春香の2人は、石段を登ってこようとする黒い化け物3体を撃退した。



もしかしたら寺にいれば化け物が近づいてこないのかもしれないと考えていたけれど、その願いも虚しく砕け散ったのだ。



明宏の声に弾かれたように佳奈たちは建物の中へ入っていった。



床板は最初よりも多く外されていて、床下の土も随分深くまで掘られている。



その中に長細い木の箱が埋められているのが見えた。



木の箱にはなにかが書かれているけれど、これも劣化していて読み取ることはできなかった。



でも、箱の長さは十分に刀が入る大きさだ。



佳奈がそれを見た瞬間ゴクリと唾を飲み込んだ。



これで慎也を助けることができるんだ!



大きな期待と少しの恐怖が胸の中でせめぎ合う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る