第10話

「柏木さんだけのせいじゃない。イケニエを考案した人もそれを受け入れた街の人たちも同罪のはずなんだ」



明宏が真剣な表情で呟く。



それを聞いて柏木の表情が少しだけ明るくなった。



ずっと、悪いのは自分だけではないと誰かに言ってほしかったのかもしれない。



「ありがとう。君たちが無事に戻ってくるように願ってる」



柏木の言葉に4人は大きく頷いた。



これから先どうなってしまうのか検討もつかない。



だけど絶対に簡単には死なないと全員が心に決めていた。



ダサくても生きることにすがりついて必死になってやると。



そして、4人は柏木家を後にしたのだった。


☆☆☆


黒い化け物の姿が見えないのは家を出た直後のことだけだった。



化け物たちは人の気配を感じ取る能力があるのか、佳奈たちが家から出て歩き出すとすぐに姿を現し始めた。



何体も何体も再現なく出てくる化け物たちに大輔は舌打ちをする。



1体1体倒しているような暇はない。



「銃を一発うつから、その間に走れ!」



大輔に言われて佳奈たちは頷いた。



そしてもう聞き慣れてしまった銃声が鳴り響く。



弾が命中した化け物が後ろへ向けて倒れ込み、他の化け物たちも音に怯んで立ち止まる。



そのすきに4人は全力で駆け出した。



肩に掛けた猟銃が重たいけれどかまっている暇もなかった。



柏木家で地図を見せてもらっていたから、ここから寺までの道順に心配はなかった。



ただ、行くてを化け物や地蔵に阻まれていないかどうか。



心配はそれだけだった。



「くそっ! 走りにくいな」



道路に転がっている死体は大数が増えていて、大輔が鬱陶しそうに舌打ちを繰り返す。



地面は血と化け物の体液で溢れていて滑って転んでしまいそうにもなる。



それでもどうにか両足を前に出して進む。



時々前方から出現する化け物たちを銃で倒しながら進んでいくと、曲がり角から灰色の人間が姿を見せた。



それが視界に入った瞬間佳奈は反射的に足を止めていた。



全身灰色の人間は地蔵で間違いない。



その顔は……美樹だったのだ。



美樹の目は他の地蔵たちと同じうつろで、こちらを見ているのか見ていないのか判然としない。



そんな目をした美樹がユラリとこちらへ体を向けた。



明宏が息を飲むのが聞こえてきた。



「明宏、他の道を探そう」



三福寺へ向かう道はここが一番の近道だったが、この場合は仕方がない。



しかし明宏は佳奈の言葉が聞こえていないかのようにその場に立ち尽くしていた。



地蔵はジリジリとこちらへ近づいてきている。



「明宏、早く!」



すでに逃げる体勢に入っている春香が真っ青な顔で叫ぶ。



それでも明宏はそこから動こうとしなかった。



代わりに、猟銃を構えたのだ。



その銃口は美樹の顔をした地蔵へと向けられている。



その瞬間佳奈たちは明宏がなにをしようとしているのか理解した。



咄嗟に大輔が止めに入ろうと動く。



しかし、それよりも早く地蔵が攻撃をしかけてきていた。



明宏と地蔵の距離が一気に縮まる。



地蔵の両手が伸ばされて明宏の首をつかもうとしている。



その直前、銃声が鳴り響いた。



反射的に目を閉じて身をかがめる佳奈。



すぐに目をあけると美樹の顔をした地蔵は後方に倒れ込んでいて、明宏の持っている猟銃からは煙が出ていた。



佳奈はその光景に呆然と立ち尽くしてしまう。



その間はほんの数秒ほどだったはずだ。



「今のうちだ!」



明宏が叫び、誰もが我に返った。



倒れた美樹をまたぐようにして走り出す。



走りながら佳奈は考えた。



もしも自分が慎也の地蔵と遭遇したとき、ちゃんと発砲することができるんだろうか。



地蔵は銃では死なない。



刀で首を切ったとしても、首になっている人間は死なない。



そう理解していても、簡単なことではないのはわかっていた。



今明宏はどんな気持ちで美樹に銃口を向けたのだろう。



やらないとやられる。



それはわかっていても、それとこれとは別だと、佳奈の頭の中ではまだ葛藤が残っていた。



それを振り払うように足を前に進める。



それからも何体もの黒い化け物が佳奈たちを襲ってきた。



その度に明宏は銃口を向けて化け物を退治していく。



明宏の目に涙がにじみ、八つ当たりするように化け物を殺しているのだと佳奈は気が付いた。



明宏の中にも佳奈と同じ葛藤が残っていたのだ。



それでも明宏はやり遂げた。



その強さに佳奈も涙が出そうだった。



そうしている間に気がつけば三福寺へ登る石段の前まで来ていた。



ここまで全力で走ってきて呼吸が乱れ、汗を吸った服が重たくなっている。



けれどそれにかまっている暇もなく、4人は石段を登り始めた。



この先に地蔵を止めるための武器が隠されている。



それだけを念頭に置いて1段1段を踏みしめる。



廃墟となった寺の石段はもろく、踏みしめたときに石が剥がれ落ちて落下していくこともあった。



下手をすれば下まで転がって落ちてしまいそうな危うさの中、どうにか上まで登り切る。



そこにそびえ立っている寺を見た瞬間佳奈は全身に寒気を感じた。



ここには地蔵も化け物の姿も見えない。



それに今は昼間で太陽光が差し込んできている。

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それなのにこんなに寒くて嫌な空気が全身にまとわりついてくるのだ。



地蔵たちが動き出したことによって、この寺自体もなにかが変化しているような気がしてならなかった。



「とにかく、刀を探そう」



明宏に言われて、佳奈たちはすぐに寺の中を捜索し始めた。



境内はそれほど広くないし建物の中は空っぽになっている。



探せる場所はごく限られていた。



佳奈たちは建物の下を覗き込み、入れそうなほどのスペースがあることを確認した。



「私、入ってみる」



佳奈はそう言うと銃を置いてしゃがみこんだ。



床下は寝そべって移動するスペースは十分にあった。



右手でスマホを持ち、ライトで床下を照らし出す。



何年も手入れされていない寺の床下は蜘蛛の巣だらけで、ほふく前進で進んでいくのが難しく感じられた。



普段の佳奈なら絶対にやらないことだった。



顔面に蜘蛛の巣が張り付いても、野生動物もフンが目の前に転がっていても今の佳奈は全く気にならなかった。

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