第9話

でも、違うと佳奈は感じた。



差別も悪夢も、受ける側によって捉え方は変わってくる。



智子たちが弱かったとか、そんなことは問題じゃない。



「俺たちの仲間が首を持っていかれてるんだ。助けてやりたいと思ってる」



大輔の言葉に柏木は目を見開いた。



「どうしてそれを先に言わないんだ!」



一番大切なところはそれだと言わんばかりに立ち上がる。



「仲間の首を地蔵から引き剥がしてやらないと大変なことになるぞ!」



「大変なことって?」



春香が恐る恐る声を発した。



「街が壊滅する前に首を元に戻さないと、友達の首は二度と体には戻らない。完全に地蔵になってしまう。そして残されている方の体は、人間としての動きを完全に止めてしまうんだ」


☆☆☆


そして残されている方の体は、人間としての動きを完全に止めてしまうんだ。



佳奈の頭の中でその言葉が何度も繰り返される。



信じられなくて、信じたくなくてなにも考えられない。



「おい、ぼーっとしてんなよ!」



大輔に怒鳴られてハッと我に返った佳奈はまだ柏木家のリビングにいた。



さっきまでと違うのはテーブルの上に地図が広げられていることだ。



「首を取り戻すためには、昔首取りで使っていた刀で、もう1度地蔵の首を切り落とすとだ」



柏木が早口で説明しながら地図上に指を滑らせて、なにかを探している。



しばらく地図上をさまよっていた指が一点で止まった。



「三福寺のお守りを持っているのなら、場所はもう知っていると思うが」



そう言って指された場所は今は廃墟となっている三福寺があった場所だった。



「当時首取りで使われていた刀は三福寺に奉納された。今でもそこにあるはずだが、何度探しても見つけることができなかった。きっと、神主が隠してしまったんだ」



「隠し場所がわかりますか?」



明宏の質問に柏木は難しい表情で左右に首を振った。



「わからん。だけど、この寺のどこかではあるはずなんだ。それ以外にいわくつきの刀を保管しておく場所なんてないからな」



それならとにかく今から三福寺へ向かって探すしかなさそうだ。



それほど広い寺ではないから、みんなで探せばすぐに見つかるかもしれない。



「俺たちもその刀を取りに行くためにあの化け物たちを退治してたんだ。それなのにあの化け物は殺しても殺しても湧いて出てくるじゃねぇか。埒が明かないと思ってたところなんだ」



「それなら俺たちも手伝う」



大輔がすぐに声を上げた。



高校生4人と大人5人。



9人いれば化け物に襲われたって何人かは寺にたどり着くことができるはずだ。



少しだけ希望が見えた気がして佳奈は自然と口角を上げていた。



もうすぐきっと慎也を助けることができる。



そんな気がしたのだった。



話はトントン拍子に進んでいき、9人の準備は整った。



大人たちはみんな猟銃会のメンバーで、余っていた猟銃を大輔にも渡してくれた。



「よし、それじゃ行こうか」



柏木がそう言って立ち上がったときだった。



「パパ!!」



そんな声がして廊下を走ってくる足音が聞こえてきた。



視線を向けるとさっきの少年が部屋に入ってきて本間の足に抱きついた。



「パパ、行かないで!」



少年は必死で本間の足にすがりつく。



その目には涙が溜まっていて、自分の父親がどこへ向かおうとしているのか理解しているようだった。



「大丈夫だよ、すぐに戻ってくるからな」



本間はかがみ込んで息子の頭を優しくなでた。



しかし、そんなことでは騙されなかった。



何度もしゃくりあげて泣き、本間の足を強く強く両手で抱きしめる。



まるで、ここから一歩も動かないぞと硬い決意を持っているかのように。



「本間さんはここに残るといい。小さな子どももいるんだ。死ぬわけにはいかない」



柏木がそう言うと、本間は目を見開いて「それはダメだ」と否定した。



「この子たちが巻き込まれたのは一生のせいでもあるんだからな」



本間は佳奈たちへ視線を向けて言った。



自分の先祖と子供が絡んでいることを、手放しで見ていることなんてできなかった。



ここにいる大人たちはみんな、どんなことでも手伝うつもりだった。



しかし気がつけば廊下に自分たちの妻が集まってきていたのだ。



中にはまだ生まれたばかりの赤ん坊を抱っこしている人もいる。



その光景を見た瞬間佳奈の胸がチクリと傷んだ。



自分たちの大切な人を救うために、赤ん坊の父親は死んでしまうかもしれない。



そう考えると胸がじくじくと傷んできて、止めることができなかった。



「私達だけで行こうよ」



気がつくと佳奈はそうつぶやいていた。



「え?」



明宏が目を見開いて佳奈を見つめる。



佳奈の視線は赤ん坊に釘付けになっていた。



「これは私達の問題でもあるんだから、私達だけで解決してもいいはずだよね?」



「本気で言ってんのかよ」



大輔が佳奈をにらみつける。



けれど佳奈は考えを変えなかった。



「私と春香も銃を持つ。それでいいでしょう?」



突然名前を出された春香は戸惑っていたけれど、拒否はしなかった。



グッと唇を引き結んで泣きそうな顔になりながら頷く。



「本気なんだな?」



大輔に聞かれて佳奈は大きく頷いた。



自分がどれだけ無謀なことを言っているのか理解しているつもりだ。



もしかしたら三福寺に到着する前に全員死んでしまうかもしれない。



街の壊滅を阻止する所か、慎也たちを助けることすらできないかもしれない。



それでも、母親の腕の中でスヤスヤと眠っている赤ん坊から、父親を奪うようなことはできなかった。



佳奈の強い意思を感じ取り、大輔が明宏へ向けて頷いてみせた。



明宏は呆れ顔をしていたが仕方なく「そういうことになりそうです」と、説明してくれた。



それでも大人たちはついていくと必死に食いついてきてくれた。



佳奈たちはそれをやんわりと断り、代わりに猟銃を2本貸してもらうことになった。



佳奈と春香は猟銃の使い方を説明してもらい、ポシェットの中の爆竹は弾丸に変わった。



どうにか準備を整えて窓の外を見ると、今は黒い化け物も地蔵も近くにいないことがわかった。



「出るなら今のうちだ」



柏木さんの言葉に佳奈たちは互いに目を見交わせて頷きあう。



そこには絶対に仲間を助けるという強い意思がこもっていた。



「柏木さん、本当にありがとうございました」



家を出る直前に明宏がそう言って頭を下げた。



しかし柏木は傷ついたような痛そうな表情を浮かべている。



「いや、元はと言えば俺たちの先祖たちのせいで、君らを巻き込んだんだ」



やはり柏木の胸には常に罪悪感がはびこっていたらしい。



それはきっと、他の大人たちも同じことだっただろう。

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