第8話

間髪入れずに説明したのは春香だった。



春香の顔は真っ青になり、小さく震える両手をきつく握りしめている。



「復讐?」



柏木の表情が引き締まる。



「そうです。ご存知ですよね? あなたの先祖が首を取った子供たちのことです」



「ちょっと春香、落ち着いて」



佳奈は慌てて春香をたしなめる。



せっかくここまで来たのに、怒らせてしまっては意味がない。



不躾な質問に相手が不機嫌になってしまうことが怖かった。



しかし、柏木は怒っていなかった。



難しい表情をして他の4人を呼び寄せる。



「確かに俺たちの先祖はイケニエの首を取る仕事をしていた」



そう言われて佳奈は目を見開いて5人を見つめた。



猟銃を持っていた5人の中に柏木がいたことを幸運に感じていたが、この全員が首取りを行っていた子孫たちだったのだ。



「地蔵がホラースポットになってることは知っていますか?」



今度は明宏が声をかけた。



「あぁ。しかし不思議なことにあの地蔵が見えない連中もいるらしいな」



柏木の言葉に明宏は大きく、そして何度も頷いた。



そこまで知っているのなら話は早い。



「実は僕たちにはあの地蔵が見えたんです。その原因が三福寺のお守りです」



佳奈は明宏の説明に合わせてサイフからお守りを取り出した。



5人の大人たちは身を乗り出してそれを確認する。



「確かに、これは三福寺のお守りで間違いないな。これを持っていたことで、君たちが巻き込まれたということか」



4人は同時に頷いた。



普通の大人たちならとても信用してくれなさそうなことでも、この5人は黙って耳を傾けてくれる。



そこで佳奈たちは順序だてて地蔵を見た時のこと、夢の中で友人の首を取られたこと、そして現在に至るまでの経緯を説明した。



柏木はソファに深く座って腕組みをし、目を閉じてしまった。



なにか考えことをしているようだ。



返事がなくて不安になったとき、階段を駆け下りてくる音が聞こえてきて廊下へ視線を向けた。



「外に出たらダメよ!」



女性の声が聞こえたかと思うと、小学生くらいの少年が廊下を走ってやってきた。



少年は佳奈たちを見て一瞬たじろぎ、不思議そうな表情を浮かべる。



「この子は私の妻と子供だ。驚かせて悪いね」



1人の男が穏やかに紹介してくれた。



「みんな、この家に避難してきているんだよ。昔、首取りだった子孫たちはね」



「そうだったんですね」



小さな男の子は本間だと名乗った。



本間一生の弟だ。



佳奈は一生の頭部が地蔵についているのを思い出して、下唇を噛み締めた。



こんなにかわいい弟がいるにも関わらず一生は地蔵に手を貸したのだ。



その考えははやり納得いかなかった。



「俺たちの子供が地蔵に手助けするなんて、考えてもいなかった」



いつの間にか目を開けていた柏木はそう言うと頭を抱えた。



「どうしてそんな風になってしまったのか……。その結果、街が大変なことになってしまった」



「でも、気持ちは少しは理解できます。彼らはずっと差別され、悪夢にうなされてきました」



言ったのは明宏だった。



今ここで柏木が自分を攻めたって、なんの解決にもならないのだから。



「最後にイケニエになった子供たちのことは、俺たちの家族には必ず言い伝えられてきた」



柏木はそう言うとソファから立ち上がり、重厚な戸棚へと向かった。



その引き出しから取り出したのは一枚の写真でテーブルに置かれたそれを見て佳奈は悲鳴を上げそうになってしまった。



それは見間違いもなく、空き家で発見したあれと同じものだったのだ。



「これが子供たちの父親だ」



言われて明宏は真剣な表情で頷いた。



自分たちが考えていたことは当たっていたことになる。



「子供がイケニエになる前まではほとんど接点のない者同士だったが、あんなことがあってから何度も集合していたらしい。そのときに撮られたものだ」



「そうなんですね……」



佳奈はそれ以上言葉がでなかった。



写真の中からこちらを睨みつけているように見える5人の男たちは、今にも手を伸ばして佳奈の首を締めてしまうんじゃないかと不安になった。



「彼らが集まって何をしていたのかはわからない。けれど、この街に復讐するためのなにかだろうということは、当時からわかっていたんだ。それが、こんなに大きなものだとは誰も予想しなかったけれどな」



「誰も彼らを止めなかったのか」



大輔が柏木を睨みつけるようにして言った。



イケニエが終わってすぐになんらかのアクションを起こしていれば未来が変わったかも知れない。



少なくてもこんな大惨事になることはなかったかもしれない。



大輔はそう考えているようだった。



しかし柏木さんは静かに左右に首を振った。



「その頃にはすでに長も、首取りの先祖もなんらかの形で死んでいた。残されていたのは首取りの女房や子供たちだけだ。なにもできなかった」



当時のことはよくわからない。



柏木だってその頃生きてはいなかったから、これも伝え聞いてきた話しなのだろう。



「失礼ですが、あなたたちは地蔵の呪いにかからなかったんですか?」



明宏が横から声をかけた。



大輔はまだなにか言いたそうな表情を浮かべていたが、口をつぐむ。



「いや、俺たちの時代にもあった」



柏木の言葉に佳奈は目を見開いた。



「だけど俺たちは全員首を取られることなく、次のイケニエの番になった。そのイケニエたちも無事に終わらせることができた」



そんなことってあるだろうか?



黒い化け物や、他に助けがない夜のことを思い出す。



そんなに簡単に終わることじゃないはずだ。



その思いを察したのか、柏木は言葉を続けた。



「君たちも気が付いたはずだ。首が置かれている場所は5箇所。そこ以外にはないんだ」



「化け物はどうしていたんですか?」



佳奈からの質問に柏木は猟銃を握りしめて見せた。



もともとそれを使って化け物と対峙していたようだ。



それなら首を残さずに見つけることができるかもしれない。



「あなたたちの次にイケニエになった人たちはどうなんですか?」



明宏の言葉に柏木は首をかしげた。



「それももう知っているだろう? 君たちだってイケニエから開放された後あの地蔵を見ることができたんだ。俺たちだって同じように地蔵が作り出す悪夢の中に入っていくことができた。そして、新しいイケニエたちに猟銃を託し、首の在り処を教えた」



その説明に佳奈は絶句してしまった。



どれもこれも自分たちがやってきて、それでもダメだったことなのだ。



「俺たちの子供が地蔵の手の上で踊らされてしまったのは、俺たちにも責任があると思う。差別や悪夢を経験したからと言って、俺たちも次のイケニエたちも地蔵の味方になるようなことはなかったんだからな」



ひとえに子供たちの弱さが原因だと柏木は言った。


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