第5話

「イケニエにされた連中は街の全員を殺して回る。そうしないと、安らかな眠りに付けないからだ」



亮一が目を閉じてそう言った。



その様子はまるで、人々の悲鳴を音楽代わりにして眠ろうとしているようにも見えた。



大輔はそんな亮一の頬を叩いた。



パンッ! と乾いた音が響いて、亮一が顔をしかめながら目を開ける。



「まだ話は終わっちゃいない。勝手に死ぬな」



亮一はそんな大輔を見てヘラリと笑ってみせた。



「地蔵の頭は集まった。これ以上なにを聞きたいんだよ?」



「なにもかもだ、お前らが知っていること、経験してきたことを全部話せ」



きっとその中にまだ自分たちの知らないなにかが隠されている。



そしてそれは、地蔵の首になった友人たちを助けるヒントになるかもしれない。



「経験してきたことねぇ……」



亮一はまた目を閉じる。



そして、ゆっくりと語り始めたのだった。


☆☆☆


『うわぁああ!』



飛び起きた瞬間部屋の中がまだ暗く、そして今まで見ていたものが夢だったのだと亮一は悟った。



体中汗が吹き出していた鼓動は早い。



手の甲で額の汗を拭ってみると、そこからポタポタと落ちていくほどだった。



『またあの夢か……』



亮一の先祖は大昔この街で行われていた雨乞いのイケニエの儀式に携わっていた。



どうして亮一の先祖がそのようになことに携わっていたのか、理由は定かではなかった。



ただ、長と特別仲が良かったからとか、信頼をおける関係だったとかいわれている。



そしてその理由はあながち間違いではいのだろうと、亮一は常々感じていた。



現代社会において、誰かに何かを頼む時と同じだ。



信頼のない人よりも、信頼を寄せることのできる相手を選ぶのはごく当然の行為だった。



きっと、たったそれだけのことで先祖は選ばれてしまったのだ。



そして首取りの仕事をしていた。



首取りの仕事はとても誇れるものではなかった。



人々からは蔑まれ、後ろ指をさされることもあったそうだ。



けれども先祖は首取りをやめることはなかった。



首取りをしている者とその家族はイケニエを免除されるという、大きな特権があったからだ。



しかしそれは街人たちからすれば余計に軽蔑すべきものだった。



他人を殺すことで自分たちは生き残ろうとしている。



そのように見えても仕方のないことだし、実際にそうだった。



誰でも自分の身が可愛いはずだけれど、それを理解してくれる人はなかなか現れなかった。



そしてそれは現代でも同じだった。



亮一の先祖が首取りだったと知った時、態度を変えた友人は何人もいた。



イケニエの儀式自体が葬られてしまったこの街で、差別だけは根強く生き残ってしまったのだ。



そして亮一はその差別に苦しめられることになる。



この街にいる間中ずっとだ。



最近ではイケニエがあったことを知らない連中も増えてきたけれど、大人たちの態度は相変わらず冷たいままだった。



そんな環境の中でどうにか高校入学にこぎつけることができた。



県外の高校へ行きたいと何度も願ったが、なにか見えなものに引き止められるようにしてこの街の高校に入学することになった。



それは、智子たち他の首取りの子孫たちも同じことだった。



彼らと同じ高校に進み、同じように仲良くなったとき、亮一はこれはすべて最初から定められていたものなのだと感じた。



最初はなにも知らない者同士ただ仲良くなっただけだった。



それが、よく話をしてみると全員の先祖が首取りだったのだから。



それを知った瞬間、首取りの子孫であった亮一、翔太、智子、一生、実里の5人がどれだけ恐怖を感じたかわからない。



そしてその夜から亮一たち5人は同じ夢を見るようになったのだ。



それは儀式によってイケニエになった子供たちの夢だった。



5人の子どもたちには首がなく、白い着物は真っ赤に染まっている。



その後ろから今まで首を切って生きたイケニエたちが歩いて近づいてくるのだ。



『苦しい、許さない、首をとってやる』



そう、怨念の言葉を口に出しながら。



その夢の中では見知らぬ男性5人も出てきた。



亮一たちはそれが誰なのか知らなかったのに、見た瞬間イケニエになった子供たちの父親であることを理解した。



殺された人たちだけではなく、街の人たち全員に自分が恨まれているのだと理解した。



それなら自分が死ぬことでその人達は楽になれる。



そう思っていたのだけれど……。



『あの人たちは街全体を恨んでる』



ある日の昼休み中、実里が真剣な表情で言った。



『え? 恨んでいるのは俺たちのことだろ?』



一生の言葉に実里は左右に首を振った。



そしてカバンからある一冊のファイルを取り出したのだ。



それは図書館での貸し出し禁止ファイルっだった。



自分たちの歴史をもっと深く知るために、実里は自分なりに調べ物を続けてきたのだ。



『この資料によれば、当時の儀式に関わった人はみんな死んでるの。だけど私達の夢にはまだ彼らが出てくる。この街全体を壊滅させることが狙いなんじゃないかな』



それからも悪夢は続いた。



高校に入学して以来、しっかりと眠れた日は数えるほどにしかなかった。



そしてそれはイケニエたちの復活が近いことを意味していたのだ。



『お前たちも街人に恨みがあるだろう。我々の力になれ』



夢の中で首のない子どもたちは、まるで老人のような声でそう誘いかけてきた。



その声を聞くと、この街に生まれてからずっと差別されてきたことをまざまざと思い出し、苦しみや悲しみを追い越すような強い怒りを感じるようになった。



イケニエたちに踊らされている。



そう理解していても、自分たちの力ではどうすることもできなくなった。



そしてあの日。



誰かが『肝試しに行こう』と誘ってきた日。



すべてが変わったのだ。



夏休みに入って一週間ほどがたっていたときだった。



近くのコンビニへ向かった亮一は偶然そこで他の4人と出くわしたのだ。



別に約束をしていたわけじゃない。



本当にただの偶然だったのだけれど、それすらも作られたもので会ったと今になって理解した。



コンビニの外でスポーツドリンクを飲みながら5人で話をしていたとき、不意に誰から言った。



『肝試しに行こう』



誰の言葉だったのかわからない。



けれどきっと誰でもなくて、イケニエになった誰かの言葉だったんだろう。



それから亮一たちはとくに話し合いをすることもなく、当然のように地蔵へ向かったのだ。



亮一たちにお守りなんていらなかった。



首取りという汚れた血そのものが、地蔵を姿を見せることにつながった。



そしてその時、電流のようにあの言葉を思い出したのだ。

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