第4話

☆☆☆


時間をかけて今まで起こったことを説明した佳奈は大きく息を吐き出した。



男も同じように息を吐きだす。



「あの地蔵さんたちの復讐ってわけか」



窓の外で現実に起こっている大惨事に男がつぶやいた。



「そうです」



「それなら友達を探す必要がありそうだな」



男はそう言うとおもむろに立ち上がり、部屋を出た。



どこへ行ったんだろうと視線をドアへ向けていると、すぐに男は戻ってきた。



その手にはもう1本猟銃が握られていた。



「これから外に出るなら、これを持っていけ。地蔵の体は硬いから一発じゃ仕留められないけど、手応えはあるはずだ」



大輔に銃を差し出す。



大輔はそれを大切そうに両手で受け取った。



これだけ強い武器があれば黒い化け物に煩わされることはなさそうだ。



「ありがとうございます」



大輔はなれない敬語を使って頭を下げた。



「絶対に生きて帰れよ!」



春香の回復を待って、4人は再び外へ出たのだった。



一歩外へ出るとそこは戦場だった。



あちこちに血が飛び散り、悲鳴が聞こえてくる。



空はすっかり明るくなっていて太陽光が現実を突きつけてくるようだった。



もはや、この街でゆっくりと眠っている住民は1人としていないだろう。



猟銃をしっかりと抱えた大輔を先頭にして4人はあるき出す。



あちこちに倒れている人に近づいては、智子や亮一でないか確認する作業も怠らなかった。



「これだけ死人が出てたら、あいつらも無事じゃないかもしれないな」



明宏がつぶやいたけれど、佳奈はその言葉は聞こえなかったことにした。



みんなも同じことを思っていただろうけれど、誰もそれを言わなかった。



時々現れる黒い化け物を銃で撃ち殺しながら進んでいくと、前方の角から灰色の人間が現れた。



それが地蔵だと気が付いたのは全身の色と、顔は見覚えのある一生だったからだ。



「知り合いの地蔵に銃口を向けるなんてな」



大輔が猟銃をしっかりと構える。



他の3人は大輔の邪魔になるまいと、後方で息を飲んでその様子を見つめた。



地蔵がこちらへ視線を向ける。



その目は相変わらず冷たくて、ジッと見つめていると体の芯まで凍りついてしまいそうだった。



大輔は目から視線をずらして地蔵の鼻先を見つめた。



さっきみたいに硬直して動けなくなるようなことには、二度とならない。



「もしも地蔵が死んだら。その首は元に戻るのかな」



佳奈が呟くのが聞こえてきた。



一瞬緊張感が薄れるが、すぐに気持ちを切り返る。



恋人である慎也の首が地蔵についているのだ。



地蔵が死んだ後のことが気になるのは当然のことだった。



だけど今は目の前の地蔵に集中したい。



なによりも、この地蔵を殺せるとは到底思えなかった。



地蔵が動き出すとほぼ同時に大輔は猟銃を発砲していた。



凄まじい音と衝撃に、体が後方に飛ばされそうになる。



重心を下に移動させ、両足を踏ん張り、どうにか飛ばされずにすんだ。



玉はまっすぐに飛んで地蔵の胴体にぶつかった。



地蔵は体のバランスを崩して倒れる。



先程と同じようにゴッ! と重たい音が響いた。



そのすきに4人は同時に駆け出していた。



倒れた地蔵が起き出さなうちにわきを走り抜ける。



その時に佳奈は倒れた地蔵へ視線を向けた。



地蔵はジロリと目を動かして佳奈を見上げる。



死んでない!!



さっきと同じだ。



逃げる間から地蔵は起き上がろうとしている。



逃げながら佳奈は背後から地蔵が襲ってくるのではないかと気が気ではなかった。



どうにかして地蔵を巻いたと思ったら、前方にまた黒い化け物の姿があった。



化け物は2人の人間を襲っている最中でこちらには気が付いていない。



「今のうちに行こう」



明宏がそう言って足を進めようとしたときだった。



ドゥンッ! と、猟銃が発射される音が聞こえてきて思わず足を止めた。



大輔が撃ったのだと思ったが、大輔は猟銃を肩にかけた状態で明宏を追いかけていた。



じゃあ、誰が?



さっき助けてくれた男だろうか?



そう思って視線を周囲へ巡らせた時、黒い化け物の下から銃口が出ているのが見えた。



しかし襲われているため弾がズレたようで、黒い化け物には当たっていない。



「あれってもしかして」



佳奈がハッと息を飲んだ。



猟銃を持っている人がそんなにたくさんいるとは思えない。



さっきの男と大輔。



そしてもう1人は……。



そう気が付いたとき、黒い化け物は地面に横たわる2人めがけて刃物の腕を振り下ろそうとしていた。



咄嗟に猟銃を構える大輔。



そして間髪入れずに弾を放った。



弾は黒い化け物の肩口に当たって血肉が弾けた。



「ギャッ!」



短い悲鳴が聞こえてきて化け物がひるむ。



そのすきに襲われていた2人が立ちあがり、こちらへ向けて駆け出した。



やっぱり、智子と亮一だ!



2人は手足に傷を負っていて、走ることもままならない。



「ここからじゃ少し遠いんだよな」



智子たちを追ってくる黒い化け物に猟銃の焦点を合わせるが、大輔はなかなか引き金を引くことができなかった。



ここで無駄に弾を使ってしまうのも嫌だった。



「貸して」



横から明宏が手を伸ばして猟銃を受け取った。



ナイフ投げは得意だけれど、本物の銃にふれるのはこれが初めてだった。



触れた瞬間少しの恐怖心と、大きな好奇心が湧いてきた。



こんなときに不謹慎かもしれないが、楽しさすら感じられる。



明宏はほんの少し笑みを浮かべて銃口を化け物へ向けた。



肩を撃たれた化け物の動きは少しだけ鈍くなっていて、更に真っ直ぐに近づいてくることで狙いを定めることは簡単だった。



ここだと決めた場所で一気に引き金を引く。



予め重心を落として両足に力を込めていたので、ふっとばされることはなかった。



弾は化け物の頭部をぶち抜き、穴を開けた。



化け物はそのまま2,3歩歩いたが、どっと倒れ込んで動かなくなった。



「やるな、明宏」



大輔に言われて我に返った明宏は照れくさそうに頭をかいたのだった。


☆☆☆


智子と亮一のケガは重症だった。



何度も刃物で切られたようで、智子の足からは骨が見えている。



短距離でもよく走ってこられたなと関心するほどだ。



亮一の方も負けず劣らずで、深い切り傷が多く、服は真っ赤にそまっていた。



4人は2人を狭い路地へと連れて行き、そこに座らさせた。



「お前ら、本当にこんことを望んだのかよ」



大輔が2人を見下ろして聞いた。



街の壊滅なんて聞くと、単純に街がなくなる様子を連想する。



だけどこれはそんなもんじゃない。



地獄絵図だ。



人々は逃げ惑い、地蔵や化け物に捕まっては殺される。



街の中にはどこにも逃げ道がなく、警察などもほぼ無意味な存在になっている。



「当たり前でしょ」



智子は生き絶え絶えに言った。



こんな状況になってもまだ強がりを通すつもりらしい。

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