第3話

今まで何度となく喧嘩をしてきたけれど、これほど早く動ける人間はいなかった。



黒い化け物も動きは早かったけれど、それでも退治することができていた。



でも、この地蔵は……。



大輔は無意識のうちにスコップを振り上げていた。



そのまま地蔵の頭部へ向けて振り下ろす。



スコップが地蔵の頭部にぶつかった瞬間、ガツンッ! と大きな音が周囲に響いた。



両手がビリビリとしびれてスコップを持っていた手から力が抜ける。



そのままスコップを取り落して大輔はヒザをついた。



「大輔!?」



春香が駆け寄ってくるが、顔を挙げられない。



硬い……!



地蔵の頭部はそのまんまん石のように硬かった。



黒い化け物は柔らかいから攻撃することができたけれど、地蔵はそうじゃなかったのだ。



スコップを寄せ付けないほど硬い頭部を持っているということは、ナイフや包丁も受け付けないということだ。



そんなの、どうすりゃいいんだよ!



グッと拳を握りしめて地蔵を見上げる。



知らない女の顔が大輔を見下ろしていた。



その目がとても冷たく、一瞬で背筋が氷ついた。



その目はなにも見ていない。



人を殺すことをなんとも思っていない。



ただ目の前の目標を果たすためだけに動いている。



感情のないロボットと同じだ。



そう感じた瞬間大輔の体は動かなくなった。



これほどまで冷たい目を見たことがなかった。



「大輔危ない!」



地蔵が両手を伸ばしてきていて、春香が大輔の体を突き飛ばした。



横倒しに倒れる大輔。



地蔵の両手が大輔の代わりに掴んだのは、春香の首だった。



春香が小さく悲鳴を上げる。



佳奈と明宏が叫んでいるけれど、声が聞こえてこなかった。



大輔にはそれがすべてスローモーションのように見えていた。



地蔵の両手が春香の首を掴み、そのまま持ち上げる。



春香は両足をばたつかせて抵抗している。



顔は真っ青で、悲鳴を上げ続けていた。



それを見てまだ首が湿られていないことを悟った。



大輔はまた奥歯を噛み締めて立ち上がる。



「春香!」



両手で高く持ち上げられていても、地蔵は人間と同じくらいの身長だ。



大輔が手を伸ばせば十分に届く位置にある。



しかしその瞬間、地蔵が両手に力を込めた。



春香の悲鳴が途絶え、両目が大きく見開かれる。



大きく開いた口は閉まらずに、声にならない声をほとばしり続ける。



「春香!!!」



大輔が地蔵の両腕にすがりついた。



その腕も石のように固くて冷たい。



「春香を離せ!!」



地蔵の腕を殴り、腹部を蹴りつける。



それでもダメージがあるのは大輔の方で、すべての攻撃を地蔵の強固な体によって跳ね返されてしまっていた。



くそ、どうすりゃいいんだよ!?



春香の顔は真っ赤に充血しはじめている。



このままじゃ、春香が……!



絶望しかけたときだった。



悲鳴と怒号が聞こえる街の中で大きな銃声が轟いたのだ。



そのときは一瞬だけ、銃声以外の音が聞こえなくなった。



耳の奥がキーンと痛み、3人は身を屈めて両耳を塞いだ。



その音が銃声だと気が付いたのは、亮一が何度も打っていたからだった。



音が止むと同時に顔を上げる。



そこには倒れていく地蔵と、手から離されて落ちていく春香の姿があった。



大輔は咄嗟に両手を伸ばして春香の体を抱きとめた。



地蔵の体はそのまま地面に落ちていき、ゴッ! と鈍い音を立てた。



「春香!」



大輔の叫び声に反応して春香が大きく咳き込んだ。



涙が滲んだ薄目を開けて、息を吸い込む。



「よかった、春香!」



「早く、こっちにこい!」



余韻に浸っている暇もなかった。



声がした方へ視線を向けると、1人の男性が猟銃を持って立っていたのだ。



この銃口からは煙が出ている。



あれは誰だろう?



自分たちを助けてくれたに違いないが、一瞬とまどいが走った。



そうしている間に倒れた地蔵の手足がピクリと動いたのを見た。



「こいつ、死んでない!」



大輔は叫び、春香を支えて起こすと走り出した。



「こっちだ」



男性について走ると黒い化け物たちが前方から迫ってきた。



一度立ち止まった男は猟銃を構えて的確に化け物を倒していく。



銃で打たれた化け物たちは一瞬で倒れ込み、そしてもう二度と起き上がることはなかった。



「ここに入れ!」



わけもわからないまま走ってたどり着いたのは、一軒の小さな家だった。



玄関に駆け込み、すぐに鍵をかける。



同時に佳奈はその場に崩れ落ちていた。



全力で走ってきたため心臓は破れてしまいそうなほど早鐘を打っている。



呼吸は乱れて、全身に粘つく汗が流れていた。



「ありがとうございます」



佳奈はそう言うだけで精一杯だった。



よくここまで走ってくることができたと、我ながら驚いている。



きっと自分1人だけならとっくに諦めて殺されてしまっているところだ。



助けてくれた男性をよく見てみると、50代くらいの人だということがわかった。



玄関にはシカの頭の剥製が置かれているし、玄関マットはたぬきの顔がついた皮だ。



この人が敏腕猟師であることは一目瞭然だった。



「銃でも死なない生き物を初めて見た」



男性はそう言って軽く笑って見せた。



それで少しだけ場の空気がなごだ気がした。



「さっきのは地蔵です」



明宏が言うと、男性は目を見開いた。



「地蔵? どうりで灰色をしていた硬いわけだな」



「信じるんですか?」



更に質問されて、男はまた笑った。



目尻にシワが寄って、人の良さそうな顔になる。



「あぁ。世界は広いんだ。俺の知らないことだって山とあるだろうよ」



男は言いながら猟銃に玉を詰め直している。



首無し地蔵やイケニエの儀式について特にしっている様子はなさそうだ。



「僕たちは人を探しているんです」



「やめとけ。こんな状況で人探しなんてできねぇだろう」



窓から外の様子を確認して男は言った。



外ではまだ悲鳴が聞こえてきていて、たくさんの人々が襲われているのがわかった。



「友達を助けないといけないんです」



その言葉に男の表情が変わった。



4人を順々に見つめていく。



「信じてもらえないかもしれないんですが、聞いてもらえますか?」



佳奈は深呼吸をして、男に今までの出来事を説明したのだった。

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