第2話

しかし、智子と亮一を探し始めてまもなく4人の前に黒い化け物が出現したのだ。



それを目の前にして4人は足を止めてしまった。



「あの化け物、夜にしか現れないんじゃなかったの!?」



佳奈が悲痛な悲鳴を上げる。



黒い化け物の、刃物になった手がすでに血に濡れていたのだ。



「今まではその法則の中で動いていた。だけど地蔵が動けるようになった今、その法則はなくなったんだ」



明宏が歯ぎしりして説明する。



敵は地蔵だけではなかったのだ。



「地蔵と化け物同時に相手にしろってのかよ」



大輔が苦しげに呻く。



いくら武器を持っていたとしても、強力な敵が複数いる状態では丸腰と変わらない。



「爆竹でひるませるから、逃げよう」



佳奈の提案に誰もが反対しなかった。



ポシェットの中から人束の爆竹を取り出して火を付ける。



幸い化け物たちは襲う対象が多くて、こちらの行動には気が付いていなかった。



化け物は近くを逃げ惑う人々を1人残らず殺そうと、腕を振り回している。



その度に誰かの体が引き裂かれて、血の花火が上がる。



ビチャビチャと音を立てて血が落下して、コンクリートはすでにどす黒い色に変わっていた。



「走って!」



爆竹を投げると同時に佳奈は叫んだ。



弾かれたように走り出す4人。



化け物の足元に落下した爆竹は大きな音と共に爆ぜて、その度に化け物たちは耳があるであろう場所を両手で塞いで転げ回った。



その空きに化け物の横を通り抜けて走る。



コンクリートに溜まった血に足を取られてしまいそうになりながらも、懸命に走り抜けた。



「住民たちが騒ぎを聞きつけて起き出してる。こんな中で智子と亮一を見つけるのは無理だ!」



走りながら明宏が叫んだ。



早朝の早い時間だと言うのに、道路には人々がひしめき合っている。



すでに化け物や地蔵に遭遇した人たちが悲鳴を上げて逃げだし、それを見た人たちが釣られるようにして走り出す。



混乱した街はあっという間に地獄絵図と化しているだろう。



それは数時間後か、あるいはたったの数分で起こるかもしれないことだった。



そうなると自分たちが行動できる範囲も狭められるはずだ。



車やバイクが交通渋滞を起こせば、逃げることだってできなくなる。



いや、その前にあの化け物たちが道を通すかどうかも怪しかった。



もしかしたら数時間後にはこの街の住民たちはひとり残らず消されてしまっているかもしれないのだ。



地蔵の思惑通りに。



走って走ってたどり着いた先は慎也の家だった。



明宏は今の状況では2人を探し出すことはできないと判断したのだ。



明宏が手を伸ばして玄関を開ける寸前、すぐとなりに化け物が迫ってきていた。



油断していた明宏が気づくのが遅れ、手を伸ばしたままで体が硬直する。



「しゃがめ!!」



大輔が怒鳴ると同時に明宏が身を屈めた。



次の瞬間、大輔が持っていたスコップが化け物の頭部にめり込んでいた。



短い悲鳴を上げて倒れ込む化け物。



その頭部に更にスコップを打ち付ける。



「大輔! こっちにもいる!」



春香の悲鳴に振り返ると、路地の奥から5体の黒い化け物が近づいてくるのが見えた。



「そんなに対処できるかよ!」



チッと舌打ちをして倒れている化け物に最後に一撃を喰らわせる。



「家には入ってこられないはずだ!」



気を取り直して明宏が叫ぶ。



しかし次の瞬間、黒い化け物の一体が民家の窓を割って侵入するのを見てしまったのだ。



室内にいた住人の叫び声が轟く。



そしてその悲鳴はやがて静かに消えていってしまった。



「あいつら、どこにでも入れるようになってやがる!」



大輔が奥歯を噛みしめる。



これじゃ家の中にいても安全とは言えない。



逃げ道の確保ができないから、室内の方が危険かもしれないのだ。



明宏は玄関へ伸ばしていた手を引っ込めた。



「とにかく走れ!!」



ここまで走ってきて体力は限界に近かった。



心臓は早鐘をうち、汗は全身から溢れ出す。



だけど足だけは震えることなくしっかりと地面に立っていた。



よし、これならいける。



佳奈は覚悟を決めて頷いた。



他の3人も頷きあう。



化け物が瞬間的に移動してきたその瞬間、4人は同時に走り出していた。



まるで体育祭のリレーのようだと佳奈は思った。



パンッ!という銃声と同時に走り出す。



一秒でも早く、隣を走るやつに追い抜かされないように全力で。



しかし、これにはゴールテープがなかった。



走っても走っても終わりはない。



時には道の目の前から化け物が出現して、それらを避けるために道を変えなければならなかった。



そうしている間に慎也の家はどんどん遠ざかっていく。



次の走者にバトンを渡すこともできない、終わりの見えないリレーだった。



「嘘だろ……」



走って走って、15分以上が経過したとき、大輔が小さな声でつぶやいて足を緩めた。



佳奈は前方を走っていた大輔に合わせて慌てて足にブレーキをかける。



「どうしたの?」



そう聞いて横から前方を確認したとき、絶句した。



目の前に地蔵が立っているのだ。



その姿は人間そのものだったが、色は灰色の地蔵のままなのですぐにわかった。



女の顔をした地蔵は知らない相手なので、智子たちの仲間なのだとわかった。



地蔵はジッとこちらを見つめている。



こちらを見つめているのに、どこを見ているのかわからないような不気味な目元をしていた。



「どうするの」



春香の質問には誰も答えられなかった。



地蔵の素早さと、馬鹿力がさっき散々見せつけられていたことだった。



まともに戦って勝てるとも思えない。



「逃げろ!」



大輔が叫んで踵を返す。



それとほぼ同時に地蔵は動いていた。



大輔たちが逃げ出す方向を察知して、その前に立ちはだかったのだ。



さっきと同じ顔の地蔵が方向転換した先にいる。



大輔は思わず後ろを振り向いて地蔵が1体しかいないことを確認していた。



なんていう素早さだよ!



自分たちが振り向いている間に、その脇をすり抜けていたのだ。



大輔は自分の頬がひきつるのを感じていた。

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