光る泥と星夜の語らい

弓チョコ

光る泥と星夜の語らい

「はぁ、疲れた。ようやく帰って来られたわね」


 光歴249年。数ヶ月の『遊学』を終えて、ベルニコ・ヴェルスタンとルミナス・ヴェルスタンはリヒト公国首都の屋敷に戻ってきた。


 ふたりは隣の大陸まで行ってきていたのだ。


「ニコー。まずお風呂入ろう」

「ええ。……いや、汚れを落とすだけなら光泥リームスに浸かれば良いじゃない」

「そんなの何の情緒も無いよ! お風呂入りたいの! 一緒に!」

「…………あなた、きちんと欲望を口にするようになったわね」

「えっ? …………駄目?」

「いいえ。良い傾向よ。浴場へ行きましょう。洗いっこね」

「うん!」


 インジェンによるクーデターから1年が経とうとしていた。公国はまだ大きくは変わっていない。『創造』持ちの獣人アニマレイスの対策も急務。問題は山積み。

 だが。


「あー。気持ち良い。水を好きに使えるって、至福なのね。あの大陸は水が貴重過ぎるのよ。湯船に浸かるのも久々だわ」

「でも勉強になったんじゃない? 水装アープはひとつサンプルで貰ってきたし、設計図とか色々資料も持って帰ってきたんでしょ?」

「…………ええ」


 ひと先ずは、旅の疲れを癒やさなければならない。ふたりの賢い少女は大きな冒険を終えたばかりなのだ。

 大きな浴槽で、肩を合わせて浸かる。


「……ステラ王女、大丈夫かな」

「どうして不安なの?」

「うーん……」


 ルミナの白い髪と三角耳を、自然に撫でるニコ。それが心地良くて、頭をニコの肩に預ける。


「だって、アルファさん、片脚無いしさ。そりゃ剣術は凄いの分かるけど」

「アルファだって、立派な水装士アーバーンなのよ? 水装アープを応用すれば片脚のハンデは無くなる。少なくとも戦闘シーンに於いては心配無いわよ」

「そうかもしれないけど。ステラ王女もまだ若いっていうか」

「そうね。私よりふたつ年下なのに、立派に『王女』をやっていた。私も負けていられないわ」

「うーん……」

「私から見れば良いコンビよ。いえ、良いカップルね。アルファは騎士だから王にはなれないけど。ステラは彼を愛しているようだったし。私達が居なくても、アクアリウスはやっていけるわ。元々、ふたりはふたりきりだったんだし」

「…………うん」


 アクアリウスとは、大陸で世話になった国だ。ステラとはそこの王女。アルファとはその護衛の騎士……否、水装士アーバーンである。


 アープ文明。隣の大陸ではリームス文明とは別の技術によって文明が拓かれており、そこで見聞きした様々なことが、今回の遊学で得た経験として、今後のリヒト公国に活かされていくだろう。


「でもさ、女の人が水装アープ着ると、その、えっちだよね。ラインくっきりで」

「まあ、こっちの大陸には無い意匠というか、センスよね。ぴちぴちの、ぶよぶよした服。水を撥ねる素材。不思議な質感。研究しがいがあるわね」

「着るの?」

「私にえっちな格好して欲しいの? ルミナ」

「うん」

「………………あなた変わったわね」

「そう?」


 ぱしゃり。

 水面近くで、ルミナの方もニコの瑠璃色の髪を弄び始めた。


「どう、活かせるかな」

「技術は、まず軍事。次に医療。そして生活ね。水装アープの量産がこの大陸で可能かどうかを調べなきゃ。できれば軍事力は大幅に増大する。他国はより一層リヒトに手出しできなくなる。そうなると『創造』持ちに注力できる」

「その後は?」

「医療ね。介助として使えるじゃない。あれを着るだけで誰しも運動能力が向上するのだから。それでいて、燃料となるのはただの水だけというのだから。後は建築とか。力仕事ね。頑強ガラス職人の現場にも使えるかも。可能性だけでいえば、無限大ね。ああ、上から普通に服を着れば良いからえっちにはならないわよ」

「…………」


 この大陸では、リームス文明の発信地であるリヒト公国の影響力は大きい。それがさらに別の文明を取り込むことになる。

 達成されれば、ニコは議会での発言力を得ることができるようになる。


「…………受けるの? 縁談」

「……いきなり話が変わったわね……」


 ニコは常に。どんな時も、リヒト公国のことを考えている。愛を囁くような甘い会話など、したことは無い。一度も。


「わたし、ニコのこと好きだよ。けど、ニコは私を選ばないってのも分かってる」

「……ルミナ」


 この度の遊学は、ニコにやってきた縁談から逃げるように決めたという理由もひとつあった。思わぬ成果となったが、元々は、ニコが珍しく自分の感情を優先することを選んだのだった。

 その逃げ道も結局政治に繋がっているのだから、抜け目が無いのだが。


「…………彼とは、実は帰国時に会って話したわ」

「えっ。そうなの?」

「私は結婚しないことを伝えたのよ」

「えっ!」


 パシャリ。

 驚いたルミナが、ニコから離れて目を合わせた。

 立ち上がる。彼女の白い肌が露わになる。


「今私が嫁に行くと、私が公国の政治に携わるテーブルに今後着けなくなるから。私は、今は独身を貫くつもり。少なくとも……。全てのイストリアと決着を着けるまでは」

「ニコ……」

「まあ、私も子供は欲しいし、その時になったら産んであげるとは約束したけどね。結婚はしない。……あなたはどうなの? 獣人アニマレイスの居住区に通って、広報アイドルやってるみたいじゃない」

「うっ」


 パシャリ。

 秘密にしていたことがバレていたと知り、ルミナは浴槽に座り直した。


「…………わたし、身体は『泥男スワンプワン』だから子供産めないもん」

「『再構築』持ちが言っても説得力ないわよ。子宮なんてすぐ創れるじゃないの」

「むぅ……。まだそんなの考えられないよ」

「あら、良い人は居るのね」

「…………………その、ニコそれずるい。何にも言ってないのに、全部バレるじゃん!」

「これでも苦労したのよ。あなたはギャンブラーで、読みにくいから。まあ、その分私の成長の糧になってくれたってことね」

「ニコがどんどん強くなってく……」

「何を言ってるんだか。『獣の眼』になったあなたに、私が一度でも勝ったことがあった?」

「それは……っ」


 パシャリ。

 ニコは立ち上がって、浴槽から出た。


「ステラとアルファに影響されたわね。お互い。……恋愛、してみたくなったってことね」

「それは……ある。だってあんなに、幸せそうに。……だから、ニコも縁談受けるのかなって」

「そうね。それも、ありだった。別に彼のこと、嫌いじゃないし」


 ルミナも続く。浴槽から出て、ぷるぷると頭と尻尾を震わせて水気を飛ばす。


「さあ、上がったら報告纏めるわよ。これが父に認められたら私は屋敷を出てひとり暮らしができる。……私の秘書、してくれるんでしょう?」

「ううん。しないよ」

「えっ」

「わたしがするのは大好きな人のお手伝いだよ。ニコの組織の一員みたいに言わないで!」


 ニコが振り返ると、自慢気に尻尾を揺らすルミナが腰に手を付いて胸を張っていた。


「…………本当、変わったわねルミナ。なんだかんだ、私が縁談を断るって心の中で賭けてた顔してる」

「ニコは変わらないね。結婚とか、恋人なんかよりよっぽど政治が面白いって顔。わたし、『政治』に恋愛で負けるなんて思ってなかったや」

「ふふっ」


 ふたりして歯を出して笑った。


「なら、1勝1敗ね」

「じゃあわたしをずっと側に置いてね? これからもよろしく!」

「……もう、仕方ないわね。代わりにその髪と尻尾。私が毎日梳かすからね」

「やったー!」


 夏の終わり。

 その夜の空は一段と、星が輝いていた。

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