第3夜 友人Aのバーテンダーの彼女の話1
仕事で一時間ほど遅れてしまった。
居酒屋の引き戸をガラガラと開けると、カウンターにAの丸い背中が見えた。
Aは後ろを振り返り、こちらに向けて手を挙げた。
三ヶ月ぶりのAは、夏服になっただけで、何も変わっていなかった。
「遅れて悪い」
僕が謝ると、Aはうむうむと頷きながら、旨そうにビールを飲んだ。
僕は仕事帰りでスーツで来ているのだが、Aはいつもだらけた格好で来ている。こいつは一体何の仕事をしているのだろう。
ダラリとした首回りの少し色褪せたTシャツ姿のAを見て、今度でいいか、言いさして止めた。
「そう言えば、バーテンダーの娘こがよー」と、Aは二杯目の焼酎のロックを眺めながら言った。
「え?」
何故こいつはそんなにモテるのだろうか。
Aは前の彼女と別れて、また直ぐに彼女ができたらしい。
今度の彼女は、都心から少し離れた場所にある小さなバーでバーテンダーとして勤めているそうだ。
カウンター席が十席ほどしかないので、大抵はAの彼女一人で回している。
その店は雑居ビルの五階にあり、エレベーターを降りると直ぐに店の扉がある。
時刻は午前三時になろうとしていた。
ちょうどお客が途切れたところだった。扉の向こうで、ウィーンとエレベーターが止まる音がした。
店が五階にある為、基本的にはこの店が目的で来てくれるお客ばかりなのだそうだ。
扉には、小さな覗き窓が付いていた。その窓からこちらを覗く目が見えた。
Aの彼女は、「初めてのお客さんかな」と、店の状況を見ようとしているのかと思ったそうだ。
しかしそのお客は、気づいていないフリをして待っていても、なかなか入ろうとしない。
やはり入りづらいのかなと、その覗き窓を見た瞬間、Aの彼女は凍りついた。
その覗いている目が、一つしか見えないのだ。
Aの彼女は、恐怖でその場に立ちすくむしかなかった。そして動けば見つかってしまうのではないかという思いに駆られた。
何秒、何分ほどそうしていたのだろうか、いつの間にかその目は消えていた。
Aの彼女はまだ体は固まったままだったが、何とか店の電気を全開に明るくし、はぁーとため息をついた。
そして意を決して扉を開けた。
そこには誰も居らず、エレベーターは一階に降りていた。
話の最後にAの彼女は、
「入って来られるのも嫌だけど、見られているだけなのも本当に不気味だよね」
とフフっと疲れた様に言ったそうだ。
ちなみに覗き窓は後日ふさいだとの事だった。
話終えるとAは、カウンターにお金を置き、
「悪い、眠くなった。お先に」 と言って丸い背中を更に丸くして、居酒屋を後にした。
僕はまだ半分ほど残っているビールを飲みながら、Aの事を考えていた。
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