困りごと

葦原さとし

 


小腹が空いたのでコンビニに行った。


途中、教会の前で不意に声をかけられた。


「あのぅ…すみません、」まだ若い、中東系の顔立ちのひとだった。

知らない土地で道にでも迷ったかな?


「……どんな御用事ですか?」道を教えるくらいならできる。


そのひとは俯いて、しばらく何か言い淀んだ末、こちらに顔を上げた。


あ、……しまった。


この目つきは知っている。


「……困っています。食べ物……お金……仕事無くなっちゃって……」


……ああ、やっぱり。


「………わたしも仕事無いんだよ、」わたしはそっけなく言い放った。


がっかりした仕草で、そのひとは歩み去っていった。


わたしはコンビニで、値引きになったパンと紙パックのお茶を買い、部屋に戻った。


まだ食べられるだけわたしは幸せだ。

帰る部屋があるだけわたしは幸せだ。

次いつ仕事が入るかわからないが、待てるだけわたしは幸せだ。


そう思いながらパンを頬張り、でも、今食べてるこれを差し出すことぐらいなら出来たんじゃないか、ふと思ってしまった。


最悪だ。


なに変な優越感に浸っているのだ、わたしは。


あのひとは真っ先に食べ物、と言った。


何日食べてないのだろう、随分痩せ細っていた。


そもそも、頼る相手が違うだろう。目の前に教会があるのに。

宗教の違いだろうか。

交番か、市民窓口を紹介……いや、あのひとにとって、この小さな異国の町で、困った時に行けばよい場所なんて、教会以外思いつかない。


今度あんなことがあったら、あの時こうしていれば、そんな愚にもつかない想いだけが、ぐるぐると頭を巡り続けた。


やめよう。


頼られた瞬間、それを拒んでしまった自分をまず認めなければ。

そういう狭量な人間なのだ、わたしは。








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困りごと 葦原さとし @satoshi_ashihara

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