第3話-5 【始まりはいつも静けさと共に】

「第一段階として朱璃ちゃんには酉の間で暫く篭って貰う。夜間は必要最低限の物しか持たせてあげられないけど、日中は動けるからそこは我慢して貰うしかない。第二段階は外壁の強化。今日までにある程度は完了してるから、正門と裏手だけを締め直す感じかな。人だと簡単に開けられちゃうから、人払いについてはおじさんに任せてある。第三段階は家の中に結界を張る。おばあちゃんが張ったやつだからかなり強いしそうそう破られないと思うけど、過信は出来ない。だからちょっとだけ細工しようと思ってる。でその手伝いを五具部にもして貰いたいんだよね」

「ほお、あれに細工とはまた強気に出たものよ。あれは既に完成された物。手を加えるのは得策とは思えんが」

「大丈夫、根本を弄るんじゃなくて外枠を弄るだけだから。今ある結界をいくつか切り貼りして酉の間を隠す。自分が迷路に入った時の想像をしてみて。例えば広い迷路の中に一箇所だけ何処からも入れない場所があったとして、その空間の存在にどうやったら気付ける?」

「ふうむ・・・・・・成る程、理には適っておる。然しあれは忌世穢物の中でも異質、寧ろ業そのものと言って差し支えない程に。人の道理が通じるとは思えんが」

「いいやそこは実証済みだよ。元々あいつの移動速度が遅い事は知ってたからね、問題だったのは・・・・・・朱璃、ちゃんと聞いてる?」

「えっあっごめん、それでえっと・・・・・・」

 話しかけてくれたお陰でちょっとだけ正気に戻れそう。心臓はまだバクバク鳴ってるけど、よくよく考えればこんなのが現実にいるわけ無いよね。よく見ると半透明になってて後ろの人形達が薄っすらと身体越しに見えてるって事は、最近流行りの3Dホログラフィックを使ってるんだわ。これだけ敷き詰められてたら人形の隙間にプロジェクターがあっても分かりっこないし、いきなりこんな化け物が現れたらそれどころじゃなくなる。で、その間に入信させるように誘導すると、危ない危ない。今日1日で1ヶ月分くらいの感情の乱高下だった・・・・・・。

「うん、そうだね、オッケー、お父さんもうそこまでで良いから。いやーお父さんがここまで演技派だったなんて知らなかったよ。いつ練習してたの? しかもこの映像も中々凝ってるじゃーん。口の中の動きとか気持ち悪いくらいリアルだし、このデザインも中々良い感じじゃない? てか首にボロい本が乗っかってるのは絶対お父さんの趣味でしょ」

 手の込んだイタズラをやるもんだ全く。まあ、驚いた拍子に気分の悪さも吹っ飛んでいったから? そこはある意味ファインプレイだったってことで。努力は評価しつつもやっぱり呆れちゃうよね、大人の遊び兼悪ふざけって。やってる本人達は楽しくてもこっちも同じとは限らないんだから、やるにしても一介の中学生相手に相応しい内容かどうかってのはもうちょっと配慮して欲しかったな。いくらこっちが気にしてないからってネタにしていいって事じゃ無いんだから。

「余興は十分楽しんだし私は外に出て待ってるよ。折角ご飯作ってくれてるのは凄く嬉しいけど全然お腹空いてないし、ほら、私外に出て活動するのあんまり得意じゃないからさ。そもそも吐く前から結構体調悪かったし、あ、でもまだこれで遊ぶ予定があるんだったらひと段落ついてから連絡くれれば私は大丈夫」

 ってのは建前でこの部屋とオカルト同好会から逃げたいのが本音なんだけど、この二人は察してくれるのかな?いやー絶対そんな雰囲気無いもんなぁ。あのカラフルなおじいさんも話が分かる感じじゃなかったし、これは推して知るべしだし。後悔先に立たず、チケットなんて最高級の餌に釣られてのこのこついて来るんじゃなかったー。

 例えばの話、正月にやる三社参りも受験の時の願掛けも神頼みだし、天国に行こうと熱心に徳を貯めようとする人もこの世界には沢山いる。宝くじが当たるようにとりあえず何かに祈ってみたり、何千年も前の人々が創り出した空想上の神様に見守って欲しかったりするその気持ちは分からなくもない。他の動物とは違って、人は絶えず何かに祈って縋って生きる生き物だ。自分の力だけではどうにも出来ない災害や手術の行方を、人智を超えた力に委ねる習慣は卑弥呼が居た時代よりも前から存在する。目に見えない漠然としたその何かは、目に見えないからこそ効力を発揮する。盲目的に信じられるのはそのおかげであって「私が神の生まれ代わりだ」なんて言い出した日には、どんな目的があろうと利己的な教義を孕む悪どい新興宗教に成り下がる。実際に近所にあったスピリチュアルな健康センターもそうなっていく様を見てきた私が言うんだから、信憑性は高い。

 何が山に棲む化け物だ、科学が発展したこの時代に幽霊だの妖怪だのって。父さんだってあの胡散臭いセンターの行く末を見てきたんだったら、自分が同類になってるって理解してるはずじゃないの?

「朱璃の生死に関わる事で遊びなんてする訳ないだろ? 確実に死ぬって話をしてるんだからもっと真剣に取り合ってくれないと、ただでさえ勝率の低い戦いなんだから」

「知らないよそんな急に死ぬだの戦いだの何だのってさあ、私の事馬鹿にしてるとしか思えないじゃん。こんなドッキリとか嬉しくもなんともないし、そっちが勝手に盛り上がってるだけだからね? はっきりさせとくけど私はオカルトなんか一ミリも興味無いし、信じるつもりもないから。もしこれ以上話広げるんなら私帰る。て言うかむしろ今から帰る」

「帰るって言ったってどうやって帰るんだ」

「まだ夏休み入ってないしピーチでもなんでもあるだろうし、帰りの航空券キャンセルして差額は手持ちから出して今日の便で帰る。正直体調悪くなかったとしてもここでご飯食べようとか本当考えられないって言うか、無理だから。ムーミンとか可愛いやつなら全然良いけど、マジで怖過ぎ、意味分かんない。なんでこんな気味悪い人形とかおもちゃとかこんなに集めてんの? あ、いや別に人の趣味を否定してる訳じゃないよ? ただ私には合わないよって話だからそこは勘違いしないで欲しいって言うかさ、とにかく三人で何かするにしても私を巻き込まないでって話。オーケー?」

「巻き込むってそんな言い方・・・・・・榎野君は朱璃ちゃんの為を思って」

「誰それを思ってとか為になるからとか偉そうな事言ってながら、現代の医療では治療出来ないのでオカルトに頼りましょうって言うんですか? そりゃ確かにこの身体の弱さをどうにかしたいとは思いますよ? 何かと不便ですし、迷惑かけてばっかりですし。現に今日もお世話になっちゃいましたからね。でもだからって宗教を勧めるのやばくないですか、大人としてより人としてやばいですよ。ああ、でもよく聞きますよ勧誘するなら身内からって。断りにくいな、でも身内が勧めるんなら大丈夫だろう、みたいな人の親切心とか弱みに付け込んで無理矢理信者を増やす。もし規則を破ったり脱退したら、勧誘した身内に罰則があると聞かされ辞められない。この科学が発展した時代によくやりますねー、むしろ尊敬しますよ」

 出ました、この苦い顔よ。はいはい分かってますよ、その顔は至る所で見てきましたからねもう慣れっこですよ。

 私がいつもこういう態度を取ってるのはそもそも人付き合いが面倒臭いってのが理由。最初から高圧的な態度を取っておけば大抵の人はドン引くか怖がるか、変人扱いするかして勝手に距離を置いてくれる。それでも近づいて来る奴は馬鹿か変人かそのどちらかになる、九割五分馬鹿だけど。そういうのを除けば、不必要な接触を避けられて余計な心労を掛けられずに済む。言い方があるでしょうと先生や父さんは口酸っぱく言うけれど、私が不快にならないならそれでいい。私の人生なのにどうして血も繋がってない他人に邪魔されなきゃいけないのか、干渉されなきゃいけないのか。

「見ず知らずの三嶋さんもどうもお世話になりました。じゃあお父さん、私は帰るからのんびりどうぞ」

 思ったことをまくしたててその勢いのまま踵を返し、わざと土埃を立てながらドアに向かう。さっさとこのイカれた大人達と視線だらけの部屋から逃げ出さないと、私までおかしくなりそうだ。途中勢い余ってテーブルの角にぶつけた左手が地味に痛くて、それにも無性に腹が立って舌打ちが出る。

「痛っ! チッ、ああもう! くそっ・・・・・・あれ?」

ガチャッ

 ドアが開かないんだけど、誰か締めた?

ガチャガチャッ

 再度力を入れて押しても開く気配が無い。私が一番最後に入って来たのは覚えてるけど鍵を締めたかどうかは記憶に無いし、見る限りではこのドアに鍵はついて無い。建て付けのせいかと思ってどれだけ強く押しても引いても、ガシャンとステンドグラスがけたたましく鳴るだけ。

「朱璃、大丈夫か?」

「うるさい! 放っておいて!」

 心配そうな声色がまた私の苛立ちに拍車をかける。怒鳴った勢いに任せてドアを蹴ろうと足を後ろに引き上げた。


「・・・・・・朱璃?」

「朱璃ちゃん?」

「・・・・・・・・・・・・」


 引き上げて、そこで動けなくなった。

 二人の呼び掛けに応えようと口を開いても、か細く息が漏れるだけで上手く言葉にならない。足を戻そうにも動くなって警報が頭の中で鳴り響いてる。半端じゃない緊張感でドアノブを握る手に汗が滲み出てくる。

 動けずにいる間にもぽつ、ぽつ、と鋭くて重く冷たい圧が増えていく。私の背中に突き刺さっているこの圧は一体何? 

 言いようのない圧は「誰かに見られている」時と同じ感覚に似ている気がする。しかも二人や三人じゃない、もっと大量の。授業中、黒板に答えを書きに行く時みたいな。私以外に三人しかいないこの部屋で大量の視線なんて、そんなの、それこそありえない。だってそれは散々否定した妄想そのものなのに。

 部屋中の人形が私を見つめているなんて、どうかしてる。

 なのに、否定したい気持ちと確かな感覚がせめぎ合ってただ後ろを振り返って確認するだけでいいのにそれが出来ないでいる。

 散々オカルトを貶しておいてと思われるかもしれないけれど、「オカルト」と「空気」は全くの別物だと私は思ってる。言い換えれば第六感や直感に近い。日本人ならお得意の空気を読む、察するみたいなやつ。他にも部屋に入る前に人の気配がするなって感じたり、先生が説教している時に教室に起こる張り詰めた空気。そういうなんとなく、でも確かに感じるものの圧。生き物の周りに発生する何とかって電磁波が影響していて、野生動物が獲物を発見する時にも使っているそれを敏感に、時には鈍感に察知しながら私達は生きている。かなり原始的な器官だから野生動物みたいに使用する事はそれなりに難しいらしい。難しいというだけで全く使えないわけじゃなくて、星の動きまで分かる人もいるんだとか。それこそオカルトチックな話だけど、とにかく星の動きが分かろうが分かるまいが、星は現実、幽霊は妄想。


 体感だと一分? いや、それ以上の時間が過ぎた気がする。自分の鼓動の音がどんどん大きく鳴っていくのに比例して、針の様に突き刺さる圧も増えていく。

 ほら、振り向いて確認しなって。それだけでいいんだから、それだけでいるかいないか判明するんだから。自分の言った事を証明しなきゃいけないでしょ? 後ろに二人がいる、人形は動いてなんか無い。それを確認したらさっさとこの気味の悪い部屋を出て帰る。決めたんならあとは動くだけだぞ私。

 鼻から吸い込めるだけ息を吸い込んで、静かに大きく吐き出す。

 ふー、ふ、ふ、ふー・・・・・・

 大丈夫、二人がいるだけ、よし・・・・・・さん、に、いち。



 「・・・・・・・・・・・・ぁ」



 焼け落ちて暗い空になった目、綺麗に磨かれたガラス玉の目、子供に落書きされて真っ赤に塗り潰された目、代わりに豆電球を入れられた目、取れかけた焦げ茶色のボタンで出来た目。

 上から下まで全ての目が私を見ていた。目が動かない物は首を、首も動かない物は体ごと動かして。

 妄想が現実になっていた。いや違う、それだけじゃなかった。

 座っている父さんと三嶋さんも私を見ていた。いつの間にか人形を一体ずつ膝の上に乗せて、瞬き一つせず限界まで目を見開いて私を凝視していた。勿論その人形も私を見ていた。

 声にならない悲鳴を上げて後ずさると、肘がぶつかってステンドグラスがガシャンと大きな音を立てた。その音をきっかけに


 ぼと


 部屋の一番奥、上から四段目のフランス人形の首が何の前触れもなく千切れ落ち、真下にあったテーブルの角にぶつかった衝撃で私の足元まで転がって、私の方を向いて止まった。


ぼと、ぼと・・・・・・ぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼと!!


 人形の頭が一斉に床に崩れ落ちてきた。部屋の奥から順に雪崩の様に何十個もの頭が私目掛けて転がってくる。

バキャッ

 避けきれずにピエロの頭を踏み抜き、辺りにバネと割れた頭が散らばった。

 腰が抜けて思わず右手をつくとそこには赤ちゃんを模した幼児用の人形の頭があり、体重を掛けてしまったせいで顔がひしゃげ、圧迫されて飛び出た目玉が人差し指と中指の間に奇妙にはまり込んだ。

 首の雪崩は収まるところを知らず、このままいけば私の上にある人形の頭も降ってくるに違いなかった。

「おと、お父さん! 助けて! お父さん!」

 どれだけ大声で呼んでもこちらをずっと見つめるだけで、身動きひとつ瞬きひとつしないまま。

 他に誰かいないの? そうだ、あのおじさんがいる。これだけ大声を上げたのだから気付かない訳が無い。多分調理中だったから火を止めていただけ、それで遅れたんだ。

 そう思った瞬間、厨房とこの部屋を分ける暖簾がバサっと大きく動いた。

「ぁああああああぁぁああぅぅいぃいいょおおおおおおお」

 現れたのは全身を炎に包まれたおじさんだった。この部屋に来て暫くしてから感じた異臭はこれだったのか、なんて答え合わせをする余裕なんか無く、口をパクパクと開けた状態で固まるしかなかった。両手で顔を覆い隠しているからか喉が焼けているからか、それとも炎の音のせいなのか、絶叫を上手く音として認識出来ない。喉が焼けて肺が爛れ酸素が体に届かなくなり、耐えきれなくなってまた息を吸う。その繰り返しがどれだけの苦痛を生んでいるのかは、きっと体験した者にしか分からない。

 ヒュッ、ぼとっ

 顔のすぐ横を首が落ちていった。女の子が死ぬまで抱きかかえていた熊のぬいぐるみ・・・・・・雪崩がもうここまで来てる。 

 はっと我に返り反射的に体を仰け反らせ、間一髪のところで雪崩との衝突を避ける。

 その勢いのまま後ろに下がりつつ水沼さんに視線を戻す。倒れずに立ったままのおじさんの爛れた声がどんどん小さくなり、頭を抱えたままの形で薪みたいに燃え続けていた。落ちて来た人形がケタケタと面白おかしそうに高笑う。笑っているのは死にゆくおじさんにか、それともこれからそうなるであろう私にか。

 原因も理屈も今はどうでもいい、このままここにいたら間違いなく私も死ぬ。不幸中の幸いなのか私のすぐ後ろにはドアがある。ほんのちょっと手を上げるだけでいい、それだけで外に出られる。ほら、動け私。

 ガチャッ・・・・・・ガチャガチャガチャ

「嘘嘘嘘嘘ちょっと、マジで意味わかんないからっ!」

 何度ノブを回しても虚しく金属音を響かせるだけで、開く気配が全く無い。手の感触的に鍵が掛かっている感じも無い。立ち上がって体ごと押しても堅く閉ざされたまま。押した瞬間にほんの数センチだけ開くのだが、まるで誰かが反対側から押さえつけているみたいに押し戻されてしまう。

 誰かって、反対側にいるのは人なの? まさかそれとも・・・・・・。

 ドアの向こうには大量のおもちゃが所狭しと並べられているのを思い出した。この部屋の中も通路も軒先も、もしかしたらこの家の全ての部屋には所謂曰く付きの物が大量に集められているのかもしれない。遺体安置所。おもちゃ達の墓場。日本のどこそこにある人形供養のお寺や神社と同じ役割をここも担っている、いや、状況が状況だけに供養しているのかは定かじゃない。やっぱりただの安置所か。

 私の中にまだかろうじて残っていた逃げようって気持ちがどんどん萎んでいくのに合わせて、雪崩の音が疎らに、小さくなっていくの背中越しに感じた。

 地面を擦る音が聞こえて振り返ると、二人が椅子から立ち上がって私を見つめていた。父さんが口を開く。

「何年も何年も何年もずっとこうしたいって思ってたんだ。やり方は分かるだろ、ほら、自分から差し出すんだよぉ」

 意味深な言葉を残して微笑み、そして 


 ずるうぅ


 二人の頭が人形みたいに首からずり落ちごとんと鈍い音を立て、盛大に血を撒き散らしながら私の足元に転がった。


 私は悲鳴をあげる事なく、その場で気を失った。

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